おしらせ


アーカイブ:LZOS INDUSTAR 61L/Z-MC 50mm/F2.8 (M42) インダスター61L/Z-MC

にブログエントリーの改訂版があります。
(2016年12月改定)


ロシア・テッサー系の末裔は
星が流れる水道管レンズ

【クルちゃん】ママー。パパがまたカメラ買おうとしてるよ!【パパ】しーっ。違うんだクルチャン。見てごらん。これはお星さまが沢山見える、ずーっと北の国で大昔につくられた秘密の水道管なんだ。すごい秘密があるんだよ。【クルちゃん】へぇー。何がすごいの?【パパ】エヘヘ。さすがクルちゃん。よく尋ねてくれました♪。クルちゃんには教えるけど、これはパパとクルちゃんだけの秘密だよ。いいね。【クルちゃん】うん。【パパ】エヘン。実はこの水道管はね、天の川に星を流すために作られたんだ。夜になると中をキラキラとお星さまが流れるんだよ。ほれぇ!この証拠写真を見てごらん。すごいでしょ。ママは星なんか流れないから買うなって言うけれど、日本の水道管しか知らないんだ。だから、パパとクルちゃんの秘密なの。【クルちゃん】へぇー。すごい。クルちゃんも、お星さまの流れる水道管ほしい。【パパ】エヘヘ。それじやぁ購入ボタンを押そうね「ポチッ」。

インダスター61L/Zはロシア(旧ソビエト連邦)が1980年からモスクワの近郊都市リトカリノにあるLZOS(リトカリノ光学ガラス工場)で製造した50mmの標準レンズである。現在は製造されていないが下の写真のように2005年製のシリアル番号を持つ個体が存在することから、ごく最近まで製造されていたようだ。通称「鷲の目」とも呼ばれシャープでキビキビとした描写で有名なカールツァイスのテッサー(4枚のレンズ構成)を模倣し、ソビエトの技術者SliusarevとSokolovによって設計された。はじめはレンジファインダーカメラのFED用に開発されたが、それをM42マウントに無理矢理対応させようとしたため、レンズが鏡胴の奥まったところに引っ込み、その副作用としてマクロ的な近接撮影が可能になった。
写真左:2005年製(シリアル番号0500323)の最後の新品個体だ。写真右:原型となった初期型ライカL/フェド(M39)用インダスター61 52mm/F2.8

テッサー型レンズには本家ツァイスのテッサーをはじめ、シュナイダー・クセナー、キルフィット・マクロキラー、ライツ・エルマー、ロッコールなど銘玉が数多くある。インダスター61もこれら同様に、合焦面の結像はバリッとして、たいへんシャープだ。 ところが驚いたのはボケ味で、実に綺麗で優雅なのである。テッサー型レンズのボケ味は硬めでザワザワと汚く乱れるのが一般的な認識である。インダスターはさらに絞り羽根が歪な形をとる事から、癖のあるボケ味を楽しめると期待していたが、ちょっと意外だった。ボケ味の硬さ/柔らかさはアウトフォーカス部にある像の輪郭のぼやけ具合に表れる。輪郭のぼやけ具合は球面収差が良く補正されるほど軽減され、その分ボケは硬くなる。その他の乱れも単色収差の補正レベルによって決まる。このレンズは諸収差が良く補正されておりボケ味は硬いが、結像が綺麗に整っている。2線ボケやグルグルボケは発生しない。硬くて綺麗なボケ味がこのレンズの特徴のようだ。
最短撮影距離:30cm, 絞り機構:プリセット式,  焦点距離:50mm, 絞り値:F2.8-F16, 撮影倍率1:約3.5, フィルター径:49mm, 重量(実測):212g, 鏡胴は金属製。ガラス面に施されたコーティングには製造時期により3種類ある。70年代に製造された個体は単層コーティング、80年代前半から中盤は紫色のマルチコーティング、80年代後期から数年間は一部個体でアンバーカラーのマルチコーティングとなる

INDUSTAR 61L/Zの構成図。A. F. Yakovlev Catalog The objectives: photographic, movie, projection, reproduction, for the magnifying apparatuses, Vol. 1, 1970からのトレーススケッチである。かなり肉厚な設計である

綺麗なボケ味を実現させているのは、光学系の凸レンズ部に用いられているランタンSTK-6系のクラウン輝度ガラスである。従来のガラスに比べ屈折率が大幅に大きくなったため、光学設計の自由度が増すとともに収差を無理なく補正できるようになった。球面収差や色収差などの改善により描写力は格段に増し、破綻無く安心して使えるレンズになったのだ。
本品の絞り機構はフルマニュアルである。絞りリングには各指標においてクリック感がなく、絞り羽根は実質的に無段階で開閉する。前玉が鏡胴の奥まったところにあるため、鏡胴自体がフードの役割を果たす。マルチコーティング処理の甲斐もあり、逆光下でもフレアの少ない極めて安定した画像がえられる。コントラストやカラーバランスのレベルは現代のレンズに近く、もはやクラシックレンズの範疇にはない。このように優れたレンズであるが、硬派で色気のない鏡胴デザインについては「水道管に似ている」など酷評が目立つ。さらに販売価格が安いため、チープな第一印象が足を引っ張り、このレンズが本来持っている優れた描写力が正当に評価されることは少ない。この点については日本製の古いレンズについても同じことがいえる。
Industar 61L/Zはアウトフォーカス部にある光点が星形にボケるという一芸を持っており、本や雑誌ではこの部分ばかり目立って取り上げられている。しかし、仮にその点を欠いたとしても、描写力の高い大変魅力的なレンズである。
左はヘリコイドリングを回して前玉をいっぱいまで繰り出した様子。全群移動でかなり長く繰り出される。最短撮影距離は30cmとだいぶ寄れるレンズだ。右は収めた様子。鏡胴側面に描かれた星のマークがロシアンないい味を出している

入手の経緯
2009年10月にeBayに出品していたロシア・ウクライナの業者・ブラディミル5129(取引件数817件・高評価率99%)から何と39㌦(約3500円)、送料込みで57㌦という格安価格で購入した。写真が極めて鮮明で鏡胴や中玉の状態がたいへん良い事をWEB上でハッキリと確認できた。即決価格が相場よりもかなり安めの設定なので、仮に届いた商品に不具合があっても被害は少ないと思い、不安は無かった。商品紹介ページには"This lens is in excellent condition.... I guarantee very good packaging....You will not be disappointed!...I am only begining seller, but I hope to receive only positive feedbacks. That is why I promise to work very honest. " などと暑苦しい商売哲学が書き込まれており、かなり楽し気な人である。よし買ぅたろ!。(ここでクルちゃんが登場…)
商品は落札後たったの6日で届いた。レンズはプラスティックのケースに格納されており、新品に近い美品であった。
【2010年12月追記】
最近はeBayなどの海外市場でも、以前のようには状態の良いもの(=デットストック)が出回らなくなってしまった。これに連動して中古相場はジワジワと高騰気味になっている感がある。2009年後半では総額80㌦もあれば新品同様の品が入手できたが、2010年後半では100㌦オーバーでないと入手できない。本品の国内相場は綺麗なもので1.2万円~1.4万円程度で安定しているが、海外市場に連動し国内でも今後は高騰すると思われる。

試写テスト
前評判ではロシアレンズに良くある褪せたような地味な発色になるという噂を耳にしていたが、良い意味で裏切られた。地味すぎず派手すぎず、鮮やでしっかりとした力強い発色が特徴のようだ 

・画像の周辺部まで破綻のない整った結像が得られる。各収差の補正は良好で、乱れの少ない優れた描写と、整ったボケ味が特徴。ボケは浅め

・合焦面は絞り開放からたいへんシャープ

・コントラストが高く、メリハリのある撮影画像が得られる

・レンズの前玉が鏡胴の奥まった位置にあり、多少の逆光下でもフレアは目立つほど出ない

・発色に癖が無く、色再現性は極めて高い。カメラ側のカラーバランス調整は特に必要なさそうだ

欠点の少ない完成度の高いレンズだ。癖の無い現代的な描写(つまり無個性)が唯一の汚点なのかもしれない。以下、いつものように無修正・無加工のJPEG撮りっぱなし画像である。
F5.6 左側の画角外には窓があり半逆光気味だがフレアは出ていない。明暗の差が大きいケースだが、白とびや黒つぶれには至っておらず、階調変化は滑らかで破綻がない(なんで乳でてるの?)

F4 色や艶の再現性はパーフェクト。ビビットな素晴らし描写だ


上・下段ともF5.6:合焦面の高いシャープネスとアウトフォーカス部の美しさが魅力

F8:この位の距離のアウトフォーカス部が最も煩く乱れるのだが、このレンズのボケは整っており目障りな程にはならない

F2.8 木更津・駅前大通りの星型イルミネーション。早速ダビデの星が出現している。ほれ、クルちゃん見なさい
F5.6  色が濃く微妙な変化に富む日陰の石段を鮮やかに写すことができる

F5.6 乱れの少ない美しいボケ味。(神社なのに仏を発見。こういうところが日本的だ!)
F2.8 ボケ味は硬めだが、綺麗に優雅にボケてくれる
F5.6 周辺部まで点光源に乱れはない。さすがはテッサー。非点収差は良好に補正されている
F5.6 風で小枝が揺れる場合の星ボケ。面白いボケを演出するためのヒントを得た気がする
F5.6 星ボケはこのとおり普通に撮っても出現する

F4 品格のある色濃いレッドをきちんと再現する。素晴しい

★撮影環境: Industar 61 L/Z-MC 50mm/F2.8 + EOS Kiss x3 + HAKUBA RUBBER HOOD

一般に自然なボケを得るためには、絞り羽根の形が真円に近いほうが良いとされている。こうした理由から現代のレンズには、ほぼ全ての製品で円形絞りが採用されている。ここで言う「自然なボケ」という明確な意味はよくわからないが、アウトフォーカス部の像がボケた点光源の集合体として重ね合わされて結像する際に、どのような状況においても、見た目にいちばん美しいボケ方を与えてくれるのが円形絞り羽根ということなのだろう。インダスター61L/Zは絞り羽根が、歪(いびつ)な星型になるため、パッチワークを当てたような面白いボケが得られるのではと期待していた。ところが、絞りがF4やF5.6で得られたのは、癖の無い自然で平凡なボケであった。もう少し絞ると羽根の形の歪さは増すが、ボケは控えめになってしまう。羽根の形の歪さは光点を撮るとき以外では効果が薄いようなので、いまひとつ面白さに欠ける。ボケの事は別として、私はこのレンズの描写がかなり気に入った。コストパフォーマンスも高く、オススメの一本だ。今度はクリスマスの頃にに持ち出そう。

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