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オールドレンズ写真学校ワークショップ
9月23日(土)場所は巾着田 申込制:定員15名(のこり僅かとのことです) 詳しくはこちら スタッフとして参加予定です。
オールドレンズ写真学校 写真展
11月3ー5日 場所は原宿 申込制:定員13名(参加資格有) 詳しくはこちら スタッフとして参加予定です。

2017/01/24

Steinheil München Gruppen-Antiplanet No.2(25mm dia.) 14cm F6.2




歴史の淀みを漂う珍レンズ達 part 2
大胆な設計が目を引くシュタインハイル社の極厚鏡玉
Steinheil München Gruppen-Antiplanet No.2(25mm dia.) 14cm F6.2
シュタインハイル グルッペン・アンチプラネット 
1881年に登場したシュタインハイル社のグルッペン・アンチプラネット(Gruppen-Antiplanet)。このレンズの特徴は何といっても極厚ガラスを用いた特異な設計であろう(上図・右)。その極厚ぶりときたら、19世紀のプリンと呼ぶしかない。レンズには収差を前後群でバランスさせる歴史上重要な技術が導入されており[文献2,3]、この技術は新ガラスの登場と並び、プロター1890年登場やウナー、テッサーなどの名レンズを生み出す原動力となった。キングスレークの本[2]の中にこの技術が生み出される経緯を辿ることができるので、軽くレビューしてみよう。
レンズを設計したのは同社創業者一家の2代目フーゴ・アドルフ・シュタインハイル博士(Hugo Adolph Steinheil[1832-1893]で、彼は収差理論の第一人者ザイデルの協力のもと1866年に名玉アプラナートを完成させている(下図・左)。アプラナートの登場は非点収差を除く4大収差を同時に補正できる高度なレンズが登場したことを意味しており、四隅まで歪曲の少ないレンズは当時画期的であった。この構成を採用したレンズが各社から発売され、アプラナートは大変な成功を収めている。アプラナートは前群と後群が完全対称な「複玉」と呼ばれるレンズであったが、この類のレンズでは遠方撮影時に収差のバランスが崩れ、特にコマ収差の補正が不十分になる性質があった(文献[2,3])。これに対応するため、シュタインハイルは前後群の対称性をやや崩した準対称型とすることで遠方撮影時でも充分な性能が得られるレンズを作ろうと試みた。その第一弾はアプラナートをベースに開発され、グルッペン・アプラナート(Gruppen Aplanat)という名で登場している(下図・中央,  文献[5])。彼は続いてグルッペン・アプラナートのクラウンガラスとフリントガラスの役割を逆転させてみた。すると、前群側の球面収差が大きな補正不足に陥ることがわかったので、後群側を過剰補正にすることで収差をどうにかバランスさせようと試みたのだ。その結果、偶然かどうかは定かではないが、接合面の異なる屈折作用により収差を打ち消す画期的な方法に辿りつき、この方法を採用したレンズを1881年に開発、グルッペン・アンチプラネット(Gruppen Antiplanet )の名で世に送り出している(文献[1])。ただし、前のレンズに対するアドバンテージは小さく、非点収差こそ僅かに良くなっていたがコマ収差は増大し、旧ガラスのみに頼る設計では倍率色収差も大きいと評価されている(文献[2,3])。
接合面の異なる屈折作用を利用したシュタインハイルの方法は後にツァイスのルドルフがプロターの開発に応用することで知られるようになり、設計者の名にちなんで「ルドルフの原理」と呼ばれるようになっている。
Aplanat(図・左)、Gruppen-Aplanat(図・中央)、Gruppen-Antiplanet(図・右)の構成図(カタログおよび特許資料[1,5]からのトレーススケッチ)。現代の写真用レンズは絞り羽を中心に前群と後群を向かい合わせに配置する設計形態が一般的であるが、この形態が登場したのは19世紀半ば頃と言われている。中でも前群と後群が対称な場合にはコマ収差・倍率色収差・歪曲の3収差の自動補正が可能になるため、複雑な計算を行わなくても性能の良いレンズが設計できるとあって、早期から研究がすすめられた。シュタインハイルの考案した3本のレンズは、まさにこうした潮流の中で生み育てられたレンズといえる




レンズのラインナップとカタログ記載
コマ収差や倍率色収差の補正が十分ではないという指摘[2,3]にも関わらず、シュタインハイル社のカタログには「シャープに写るレンズ」と記されており、通常の撮影に加え、ポートレート撮影、グループ撮影、建築写真、風景撮影、早撮り撮影(Instantaneous Work)、引き伸ばし撮影などマルチに使える万能レンズと紹介されている。レンズのラインナップは焦点距離 48mm(1+7/8 inch)の0番から焦点距離450mm(17+3/4inch)の7番までと、1b番と2b番までを含めた9種類のモデルが用意されていた。私が入手したのは焦点距離143mm(5+5/8inch)の2番で、推奨イメージフォーマットはポートレート撮影時が中判3x4フォーマット、無限遠(風景)撮影時が大判4x5フォーマットとのこと。おそらくポートレート撮影時において写真の四隅で収差の影響が大きくあらわれ、ボケ味にもその影響が顕著に出るのであろう。レンズは米国のAmerican Opticalが製造したSt.Louis Reversible Back Cameraという大判カメラに搭載されていた(文献[4])。
 
参考文献
[1] レンズの米国特許 US. Pat. 241437, A. Steinheil (May 10, 1881)
[2] Rudolf Kingslake, A History of Photographic Lens, Academic Press 1989
[3] 「レンズ設計の全て」 辻定彦著 電波新聞社
[4] Antique & 19th Century Cameras by R.Niederman (Click Here)
[5] グルッペン・アプラナートのドイツ特許 Pat.DE6189, A.Steinheil(1879)
[6] 「カメラ及びレンズ」 林一男 久保島信 著 写真技術講座1

焦点距離 約140mm, 口径比 約F6.2, 前玉径25mm, 絞り機構 スロット式, 鏡胴長(フード込) 38mm, 推奨イメージサークル 大判4x5インチ,  包括イメージサークル 29cm(大判8x9"ではコーナーが暗くなる), 重量(フランジリング込み) 187g
入手の経緯
今回紹介しているレンズは2016年8月にeBayを介してスペインの古典鏡胴専門セラーから275ユーロ+送料12.5ユーロの即決価格で落札購入した。オークションの記述は「1885年に製造されたシュタインハイルのグルッペン・アンチプラネット。経年にしては良い状態で外観は良好、ガラスは十分にクリアーでクリーン。支払いは銀行送金を好むが、ペイパルでの支払いにも対応できる」とのこと。届いたレンズは鏡胴こそ経年を感じるもののガラスは傷のない素晴らしい状態であった。ちなみにスロット式の絞り板が欠品だったので、自分でf9とf13の絞り板を自作することにした。


スロット式の絞り板はF9とF13を自作した。こういうのをつくるのは得意だ



撮影テスト
文献[3]ではコマ収差と倍率色収差が十分に補正できないレンズと解説されており、フレアやモヤモヤとした滲み、四隅でのカラーフリンジ等を覚悟していたが、実写からはこの予想とは少し違う結果が得られた。以下では中版6x6フォーマットと大判4x5フォーマットでの写真を順に見てゆく。撮影していて気付いた事だが、極厚鏡玉のため光の透過率の関係で露出がアンダーになりがちになる。撮影時にはシャッタースピードを少し遅らせると適正露出になるようだ。
 

中判カメラでの作例
機材: BRONICA S2, レンズフード装着, Sekonic L398
Film(6x6cm format): Kodak PORTRA 400/ Fujifilm PRO160NS
現像・スキャン:NORITSU QSS-3501(C41処理→16 BASE Direct Scan)

私の手に入れた焦点距離140mmのモデル(2番)は大判4x5フォーマットに準拠したイメージサークルをもつため、一回り小さな中判カメラのイメージフォーマットでは収差のよく出る四隅が切り落とされ、端正で無難な写りになる。光路の細い中判カメラでは鏡胴内部での迷い光の発生が懸念されるが、ブロニカで使ってみた限り全く問題はなく、安定した画質が得られた。大判カメラによる作例も後半に提示する。
近接から遠景まで距離によらず四隅まで安定した画質となり、背後のボケは開放でやや硬いもののよく整っている。グルグルボケや放射ボケは全くみられない。予想に反し開放でもフレアは少なく、ヌケのよいスッキリとした描写である。
 
F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Kodak Portra 400, 6x6 format)



F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Kodak Portra 400, 6x6 format)
F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Kodak Portra 400, 6x6 format)

F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Kodak Portra 400, 6x6 format)
F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Kodak Portra 400, 6x6 format)
F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Kodak Portra 400, 6x6 format

F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Kodak Portra 400, 6x6 format










F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Fujifilm Pro160NS, 6x6 format)

F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Kodak Portra 400, 6x6 format)





大判カメラでの作例
Film: Fujifilm PRO160NS (4x5 format)
機材:Pacemaker SpeedGraphic レンズフード装着
Scan: Epson GT-9700F

このレンズの本性を見るには大判4x5フォーマットのカメラで使う必要がある。中判6x6フォーマットでの端正な描写が一変し、開放では荒れ狂う収差の嵐となる。ピント部は四隅で像面が湾曲し、妙な立体感を醸し出しており、像面も割れて被写体の背後にはグルグルボケ、前方には放射ボケがみられる。ただし、フレアや滲みは少なくスッキリとヌケのよい描写で、コントラストも良好である。予想に反し、とても良く写るレンズであることがわかった。撮影テストを終えたあと文献[6]にこのレンズの描写に関するかなり正確な評価をみつけた。非点収差がやや厳しいものの、コマ収差はそれほど酷くはないのだとおもう。
 
F6.2(開放), 銀塩カラーネガ撮影(大判4x5フォーマット,  Fujifilm Pro160NS)  SCAN: epson GT-9700F 











F6.2(開放), 銀塩カラーネガ撮影(大判4x5フォーマット,  Fujifilm Pro160NS)  SCAN: epson GT-9700F 


F6.2(開放), 銀塩カラーネガ撮影(大判4x5フォーマット,  Fujifilm Pro160NS)  SCAN: epson GT-9700F 中央は高画質。グルグルボケと放射ボケが同時に発生し、妙な立体感を醸し出している。中判撮影では見ることのなかった激しい開放描写だ
F9, 銀塩カラーネガ撮影(大判4x5フォーマット,  Fujifilm Pro160NS)  SCAN: epson GT-9700F: 一段しぼると画質は安定し、ボケも穏やかになる

2017/01/16

Article "KMZ Industar 50-2" is revised!

KMZ Industar 50-2 50mm F3.5(M42)の過去の記事をフルサイズ機による写真作例を加え、リニューアルしました。
 
CLICK HERE(こちらです)



2017/01/02

Carl Zeiss Jena Flektogon 20mm F4 (M42) Rev.2

1952年に広角レトロフォーカス型レンズのフレクトゴン 35mmを世に送り出し、この分野を独走していた人民公社カールツァイス・イエナが次に取り組んだのは、焦点距離の更に短い超広角レンズの開発である。包括画角90度を超える超広角レンズの開発はこれまでどのメーカーも成し得なかった未踏の領域への挑戦であった。レンズの設計は極めて複雑で困難になることが予想されたが、ツァイス・イエナは1955年に世界に先駆けレンズ設計用のリレー式コンピュータOPREMAを開発し、技術的なハードルを乗り越えている(文献[1])。
OPREMAが実現させた未踏の超広角レンズ
Carl Zeiss Jena DDR FLEKTOGON 20mm F4
フレクトゴン(Flektogon)は旧東ドイツの人民公社カールツァイス・イエナ(VEB Carl Zeiss Jena)が一眼レフカメラ用に開発した広角レトロフォーカス型レンズのブランドである。その第一弾は1952年に焦点距離35mmで登場し、黎明期のレトロフォーカス型レンズの中においてコマ収差を有効に補正できる唯一無二の存在として注目された(文献[2])。続く1959年には焦点距離を25mmまで短縮させたフレクトゴン25mm F4を開発し、翌1960年のLeipzig Spring Fairで発表、さらに西側の競合他社が送り出したアンジェニュー (Angenieux) R61 3.5/24mmやイスコ社ウエストロゴン (Westrogon)  4/24mmなどの猛追を退けるため、翌1961年10月には焦点距離を20mmまで短縮させた新型モデルを発表している(文献[4])。このレンズが実際に登場したのは発表から2年後の1963年春に開催されたLeipzig Spring Fairからで、市場に出回り始めたのは同年夏からとなっている。その後の1964年11月(シリアル番号7,206,500以降)に光学設計がマイナーチェンジされている。レンズの販売額は487マルクと当時としては高価であったが、焦点距離20mmのレンズでしか撮れない写真が撮れるとあって、たいへんな人気商品となり、世界中の写真家達がフレクトゴン20mmを愛用した。フレクトゴン4/20は1970年代も生産が続き、後継モデルのMC Flektogon 2.8/20(Eberhard DietzschとGudrun Schneiderが設計)と短期間だけ同時供給された時期もあったが、1978年に生産を終了している。
フレクトゴン4/25と4/20を設計したのはZeissのレンズ設計士W.ダンベルグ(Wolf Dannberg)とE.ディーチェ(Eberhard Dietzsch)で、ダンベルグはPancolar 50mm F1.8(1965年登場)とPrakticar 135mm F3.5(1965年設計)、ディーチェはSonnar 180mm F2.8(6x6フォーマット用1959年設計)、Flektogon 20mm F2.8(1971年設計)、Prakticar 50mm F1.4(1979年設計)、Prakticar 28mm F2.8(1976年設計)、Prakticar 200mm F2.8(1979年設計)を手がけた人物でもある。彼らは同社のコンピュータエンジニアW.カメレル(Wilhelm Kämmerer)とH.コルトム(Herbert Kortum)らが率いる技術チームの協力を借り、同チームが1955年に完成させた最新式コンピュータのオプリーマ(Oprema= OPtik-REchen-MAschineの略)を利用することで、それまで人の手による計算では不可能とされてきた超広角レンズの複雑な設計に取り組んだ(文献[5])。オプリーマはレンズの光線軌道計算を主目的とする旧東ドイツ初のリレー式コンピュータ(クロック周波数は約100ヘルツ)であり、一回の和算を120ミリ秒、乗算と除算を800ミリ秒で処理することができる優れた演算処理性能を備えていた。それまで120人ものチームで取り組んでいた光線軌道計算が1台のコンピュータのタスクに置き換わり、正確かつ短時間で結果が出せるようになったのだ。Flektogon 4/25と4/20では前群に据えた2枚の発散性メニスカスにより、レトロフォーカス型レンズで一般的にみられる樽型歪曲の補正に成功している(文献[6])。世界に先駆けレンズ設計にコンピュータを導入したZeiss Jenaは1960年代も光学分野における世界のリーディングカンパニーとして活躍し続ける事になる。西側光学メーカーの猛追を退け、更なる高みへと躍進を遂げたZeiss Jenaの采配の陰には、当時の数学部部長でフレクトゴンの生みの親でもあるH.ツェルナーの尽力があった(文献[7])。
Flektogon 20mm F4の光学系(文献[4]からのトレーススケッチ)。構成は6群10枚のレトロフォーカス型である。Flektogon 20mmにはDannbergらが考案した歪みを抑える新たな設計技法(Pat.GDR No.17177, 22nd Dec.1956)が導入されている。この技法はOpremaの力を借りて実現したものであり、広角レンズでは一般的にみられる樽型歪曲収差を前群に設けた2枚の発散性メニスカスを利用して抑えている。この設計技術ははじめ1955年の広角化アタッチメントの開発に利用された(文献[6])
参考文献
[1]     Marco Kröger Zeissikonveb.de  (2016)
[2] Flektogon 35mm特許 US2793565(May 28,1957/Filed April 1955)
[3] オールドレンズライフ VOL.6 玄光社MOOK 澤村徹 編著(2016)
[4]  Flektogon 20mm特許 DDR Pat.30477 (1963)
[5]  robotrontechnik.de: Computer OPREMA (29.11.2016)
[6] DDR Pat. 23457(1955); Pat.GDR No.17177(1956)
[7]  H. Zollner, The Photo Lens in Practice, Development and Manufacturing, Jenaer Rundschau, 2/56, p.36ff
[8] オールドレンズパラダイス 澤村 徹  (著), 和田 高広 (監修, 監修) 翔泳社(2008)

入手の経緯
レンズはeBayやヤフオクにたくさん流通しており、価格はM42マウントのモデルが30000円~40000円程度、Exaktaマウントのモデルが20000円~30000円程度で取引されている。eBayとヤフオクでの価格に大差はない。今回紹介する製品個体は2013年頃にeBayを介し、米国のカメラ店から350ドル+送料22ドルの即決価格で入手した。自身として2本目で、一度は売却したもののI miss you、後悔の末に買いなおしたレンズだ。オークションでの記述は「新品に近い状態で、光学系はパーフェクトコンディション。絞りの開閉やフォーカスリングの回転はスムーズだ。外観は写真で確認してくれ」とのこと。届いた品はやはり非常に良好なコンディションで、ホコリの混入も極めて少ないクリーンなレンズであった。レンズのマウントネジにスレ跡が全く見られないので、ほぼ未使用の個体だったのであろう。
フレクトゴン20mmとの出会いは澤村徹さんが2008年頃にパソコン雑誌のPC Fanに寄稿していた「吾輩は寫眞機である」の連載記事であった(文献[3])。当時、一眼レフカメラで使用できる「MF仕様の寄れる広角レンズ」を探していた私はジャストミートでこの記事を読み、フレクトゴンのド迫力な前玉とレトロなゼブラ柄デザインの虜になったのだ。さんざん探しeBayを介してウクライナのカメラ屋から入手したのが、最初に手に入れた1本目の個体であった。そうした経緯もあり、澤村さんの1冊目の著書「オールドレンズパラダイス」を発売前に予約で購入し、オールドレンズに対する知識を深めた(文献[8])。何とマウントアダプターよりもフレクトゴンを先に入手してしまったわけで、どうしたものかと困っていたところ、アダプターについて丁寧な解説のあるこの本に救助されたのを今でもよく覚えている。
Carl Zeiss Jena DDR Flektogon 20mm F4(M42マウント): 重量(実測)320g, 絞り F4-F22, 最短撮影距離 0.15m, フィルター径 77mm, 絞り羽根 6枚構成, 対応マウントはM42とExakta (Praktina用は焦点距離25mmのモデルの供給され、20mmのモデルは供給されなかった)。フレクトゴンという名称はラテン語の「曲がる、傾く」を意味するFlectoにギリシャ語の「角」を意味するGonを組み合わせたものを由来としている

撮影テスト
焦点距離20mmのフレクトゴンでしか撮れない写真がある。1960年代当時、487マルクもした高価なレンズが大ヒット商品となるには十分な理由であった。時代的には焦点距離35mmの広角レトロフォーカスがようやく成熟期に達した頃であり、ドイツの光学メーカー各社はやっとの思いでレンジファインダー機用のビオゴン35mmに匹敵するシャープな画質を一眼レフカメラでも実現できるようになったばかりであった。これに対し、ツァイス・イエナは更なる高みを目指し、焦点距離20mmのウルトラワイドレンズを実現させるべく、未踏の領域を突き進んでいたわけだ。
フレクトゴン20mmは開放でも収差が充分にコントロールされており、初期のレトロフォーカス型レンズによくあるモヤモヤとしたフレア(コマフレア)も十分に抑えられている。また、この種のレンズでは一般的に見られる樽型の歪みも非常に小さい。ピント部は開放からヌケがよく、クリアでシャープな像が得られる。解像力はダブルガウスやトリプレットに比べると明らかに見劣りするが、レトロフォーカス型レンズとしては良好な水準である。階調描写は明らかに軟調でオールドレンズらしいなだらかなトーン描写であり、発色も逆光時は淡泊になる。ただし、中間部の階調は豊富で深く絞り込んでも硬くなることはない。ボケはレトロフォーカス型レンズらしく概ね安定感があり、グルグルボケは近接域で極僅かに出る程度で全く目立たない。テレセントリック(光の直進性)を考慮していない広角レンズを大型のイメージセンサーを搭載したミラーレス機で使用する際には、周辺部で色被りの発生が問題となる事があるが、フレクトゴンの場合はバックフォーカスの長い一眼レフカメラ用レンズなので、この点については大きな問題にならない。コントロールできない弱点と言えば、逆光に弱くゴーストやハレーション(ベーリング・グレア)が出やすい点であろう。最短撮影距離が16cmと極めて短いため、パースペクティブを活かしたマクロ撮影により、このレンズならではの迫力のある作品を創出できる。
私にとってフレクトゴン20mmのような超広角(ウルトラワイド)レンズは常用せずに何処かにしまい込み、年に数回程度持ち出す程度でちょうどよい。ときどき飛び道具のように持ち出すと、ある種のショックに近い解放感が得られ、写真を撮ることがますます楽しくなる「リフレッシュ・アイテム」なのだ。極めて広い包括画角、極めて深い被写界深度、極めて短い最短撮影距離まで縦横無尽に活躍できる東欧の大怪獣フレクトゴン。強烈なパースペクティブ(遠近感)とパンフォーカス効果に打ちのめされれば、写真表現に新たなインスピレーションが生まれるに違いない。今回はデジタルカメラのSony A7と35mm銀塩カメラの双方でフレクトゴンの楽しさを思いきり堪能してみた。このレンズを使い始めて8年になるが、今でも持ち出すたびにドキドキとした鼓動の高鳴りを感じる。

デジタル撮影
F8, sony A7(AWB): 




F8, sony A7(AWB): 

F11, sony A7(AWB): 






F8, sony A7(AWB)

F4, sony A7(AWB)








銀塩撮影
F8, 銀塩撮影(Fujifilm 業務用カラーネガISO400)


F11, 銀塩撮影(Fujifilm 業務用カラーネガISO400)
F5.6, 銀塩撮影(Fujifilm 業務用カラーネガISO400)












F5.6, 銀塩撮影(Fujifilm 業務用カラーネガISO400)