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2015/11/12

Carl Zeiss Jena Tessar 12cm f6.3(初期型 Bテッサー)*



Zeissの古典鏡玉 part 4〔最終回・番外編〕
1886年にZeissのErnst Abbe(エルンスト・アッベ)とOtto Schott(オットー・ショット)は後のレンズ設計に革新的な進歩をもたらす新しいガラス硝材の開発に成功した。その硝材は原料にバリウムを加えることで透過光の分散(色滲み)を抑え、しかもレンズの屈折率を大幅に向上させるというもので、イエナガラス(新ガラス)と呼ばれるようになっている。イエナガラスを光学系の凸レンズに用いれば像面特性を規定するペッツバール和の増大を抑えることができ、従来のクラウンガラスとフリントガラスでは困難とされてきたアナスチグマートの実現が、いよいよ現実味を帯びてきたのである。4年後の1890年にZeissのPaul Rudolph(パウル・ルフドルフ)は最初のアナスチグマートProtar(プロター)を完成させている[注1]。イエナガラスの登場はレンズ設計の分野に大きなインパクトを与え、波及効果は直ぐに広まった。それはまるで生物界に急激な多様化をもたらしたカンブリア爆発のような出来事であった。Protarを皮切りにDagor(ダゴール;1892年), Triplet (トリプレット;1893年), Doppel-protar (ドッペル・プロター;1895年), Planar (プラナー; 1897年), Dialyt (ダイアリート; 1899年)など高性能なアナスチグマートが次々と誕生し、19世紀末から20世紀初頭にかけてレンズ設計の分野は黄金期とも言える彩色豊かな素晴らしい時期を迎えたのである。そして、1902年に後の光学産業の縮図を塗り替えたと言っても過言ではないたいへん高性能なレンズが登場する。ZeissのWandersleb (ヴァンデルスレプ)とRudolphが世に送り出したTessar (テッサー)である。
Tessarは3群4枚という比較的少ない構成にもかかわらず諸収差をバランスよく補正することのできる合理的なアナスチグマートであった。準広角から望遠まで幅広い画角に対応することができ、撮影距離に対する収差変動が小さい特徴をもつため無限遠から近接域まであらゆる用途の撮影に順応できる万能性を備えていた。口径比も登場時はF6.3であったが後にF4.5やF3.5、F2.7にまで対応し、大・中判カメラが主流の時代としては充分な明るさを実現していた。登場から半世紀もの間、Tessarタイプのレンズはあらゆるカメラのメインストリームレンズに採用され、高いコストパフォーマンスで市場を席巻、数多くのレンズ構成を絶滅の淵に追いやっている。その影響はレンズを供給したZeiss自身のラインナップにも及んでおり、ZeissがTessarの上位に据えていた歴代のフラッグシップレンズ達はTessarの圧倒的な人気に押され、活躍の場を奪われている。テッサーの登場はテクノロジーギャップとしてレンズ設計の分野に重くのしかかり、これ以降20年もの間、レンズ設計の分野は目新しい進歩のみられない暗黒時代へと突入してしまうのである。

鷲(わし)の目の異名を持つテッサー
それはドイツ・カメラ産業の救世主なのか?
それとも死神の化身か?
Carl Zeiss Jena TESSAR 12cm F6.3 初期型
TessarはProtarやPlanarを開発したCarl Zeiss社45才の設計士パウル・ルドルフ(Paul Rudolph)と、彼の助手で24才のエルンスト・ヴァンデルスレプ(Ernst Wandersleb)が設計し1902年に登場させた3群4枚構成の単焦点レンズである[文献1]。1893年に英国のH.D.テーラーが開発した3枚玉のTriplet(下図・左)を起点に最後群を新色消しの貼り合わせレンズに置き換えることでペッツバール和を減少させ、画角特性を向上させているのが特徴である[注2, 文献9]。新色消しの導入は球面収差の補正に不利に働くため写真中心部の解像力に限って言えばTripletの方が有利となるが、代わりに包括画角を広げても無理なく非点収差を抑えることを可能にするため、写真の四隅まで均一な画質を実現できる点ではTessarの方が有利な立場にあった[文献2]。後群で増大する球面収差は前群の助けを借りれば補正できる。わずか4枚のシンプルな構成で全ての収差が良好に補正できることからTessarの人気は非常に高く、シャープでハイコントラストな描写性能に対しては後に「鷲(わし)の目」という愛称がついたほどである。1920年にツァイスの特許が切れると光学メーカー各社からコピーレンズが続々と登場している[文献2]。Leitz Elmar, Schneider Xenar, Kilfitt Makro-Kilar, Schacht Travenar, Isco Westar, KMZ Industar, Agfa Solinar, Rodenstock Ysar, Kodak Ektar, Leidolf Lordnar, Meyer Primotarなど例を挙げだしたらきりがない。Tessarタイプのレンズブランドには、語尾に"-AR"がつくという暗黙の共通ルールがあった。ただし、逆に"-AR"がつくからと言って、それが必ずしもTessarタイプであるとは限らず、エルノスター型やゾナー型であるケースもみられる。
左はTriplet, 右はTessarの光学系。双方とも左側が前方(被写体側)である。TessarはTripletの後玉を屈折率の異なる2種の硝子をはり合わせた新色消しレンズ(緑色のエレメント)に置き換えた構成になっている。この置き換えにより非点収差の補正効果を向上させ包括画角を広くとることが可能になっている。新色消しは球面収差の補正ができずこのままでは解像力を損ねる結果に繋がるが、テッサーの場合は前群の助けを借りることで光学系全体でこれを包括的に補正しているので、うまく設計すれば解像力はそれほど悪いものにはならない。ただし、初期のTessarについては、はり合わせる2枚のガラスに分散の差が殆どなく、この部分に色消しレンズとしての効果はほぼ無かった[注2]。当時は硝材の選択肢が限られていたためであろうか?
重量(実測)105g, フィルター径 23.5mm前後, 絞り F6.3-F32, 絞り羽 10枚構成, コンパー 1/250s (MAX), 構成 3群4枚, 焦点距離12cmのモデルの推奨イメージフォーマットは中判6x9cm







Tessarは1902年の登場時にF10, F6.3, F4.5, F2.7の4種類のモデルが試作されており、このうちF6.3のモデルだけが量産に至った[文献3]。おそらくこれはテッサーを明るくすることに反対したルドルフの意向が働いたたためであろう。しかし、1907年になると小型カメラ用にF4.5とF3.5の2種のモデルが登場、これ以降はF6.3をシリーズIIB、F4.5とF3.5をシリーズIIC, 製版用のApo-TessarをシリーズVIIIと呼ぶようになっている。1925年になるとWanderslebとW.Merte(W.メルテ)がワンランク明るいF2.7のモデルを再開発している[文献7]。ただし、性能的に充分ではなかったのか、2人は同年F2.8/F2.9の明るさを持つ6枚構成のBiotessarを別途開発している[文献8]。WanderslebとMerteは1930年に再びテッサーをF2.8の明るさで再設計(ブラッシュアップ)している。この時代のTessarはZeissにとって最も重要な看板レンズだったようで、ツァイスが「THE EAGLE EYE OF YOUR CAMERA/あなたのカメラの鷲(わし)の目」というキャッチコピーで広告を始めたのも、ちょうどこの頃からである[文献4]。鷲は強さ、勇気、遠眼、不死などの象徴として当時のドイツ・ワイマール共和国(1919-1933)では政府旗や軍艦旗にも用いられていた。これをTessarの広告に用いたZeissには、このレンズに対する特別な思いがあったに違いない。Tessar F2.8は1947-1948年にH.Zollner(ツェルナー)が新種ガラスを用いた再設計によって球面収差とコマ収差の補正効果を大幅に改善させた後継モデルを完成させており、この功績は新種ガラスの導入による最も著しい成功事例としてZeissの社報に大きく取り上げられている[文献5]。戦後はゾナータイプやガウスタイプの台頭により高級レンズとしての地位を追われるが、バックフォーカスを比較的長く取れる利点から一眼レフカメラの全盛時代にも生き残り、Tessarは中口径・廉価カメラの定番レンズとして相変わらず高いシェアを維持していた。しぶといレンズである。
今となっては設計こそ古いが、シンプルでコンパクトな設計上の利点からWEBカメラやコンパクトカメラ、スマートフォン搭載用カメラなどでテッサー型レンズが採用されている。2002年にはTessar誕生100周年の記念モデルとしてContax RTS用の45mm F2.8が限定生産された。

参考文献
文献1 Pat. DE142294(1902), US.Pat.660202
文献2 Kingslake, A History of the Photographic Lens(写真レンズの歴史)
文献3 Carl Zeiss Jena台帳:Carl Zeiss Jena Fabrikationsbuch Photooptik I,II-Hartmut Thiele
文献4 Zeiss Objective(Zeiss Photo Lens Catalog) 1933
文献5 Jena review (2/1984) カルツァイス機関紙
文献6 Pat. DE603325, US1849681, Brit.369833(1930)
文献7 British Pat 273274(1926);  B.J.A. 1926, p324
文献8 Brit Pat 256586(1925), DRP 451194(1925), US Pat 1697670(1925)
文献9 写真レンズの基礎と発展(朝日ソノラマ)小倉敏布著

注1・・・アナスチグマートとは補正難度の高い非点収差の攻略によって5大収差の全ての補正を合理的に達成できたレンズである。イエナガラスを用いて非点収差を補正したレンズとしてはProtarよりも先の1888年にH. L. Hugo Schroeder, Moritz Mittenzwei, and Adolph Mietherらが設計した2群4枚のレンズがあり、見方によってはこちらを世界初のAnastigmatと呼ぶこともできる。しかし、非点収差が補正されているだけで他の残存収差は多く、このレンズは不成功に終わっている。こうした事情から一般にはProtarを最初のAnastigmatとする見解が優位なようである。

注2・・・テッサーの初期型では後群の張り合わせレンズに色消しの作用はなく、第3凹レンズに屈折率の低い硝子硝材KF(n=1.52)、第4凸レンズにはショットの新しいイエナガラスSK(n=1.61)が用いられていた[文献9]。両者には分散の差が殆どないので色消しレンズとしての効果はなく、非点収差(ペッツバール和)の補正のみに力がそそがれていたとのことである。

入手の経緯
2015年6月にebayを介し英国のセラー(カメラ屋)から12.5ポンド(2500円)+送料8.5ポンド(1700円)のお手頃価格で落札した。商品の解説は「カールツァイスのビンテージ・レンズ。外観は良好な状態で、マウンティング・リングが付属している。光学系はクリアでカビはないがチリは少々ある。絞り羽は綺麗で完全に作動する。シャッターは作動するが速度は精確ではなく、低速側が粘る。マウント部のネジ径は約33mmで、箱詰め前の重量は0.135kgである」とのこと。届いたレンズは実用レベルとして全く問題のない品であった。

撮影テスト
今回取り上げるF6.3系列のSeries IIBは発売当初より写りが良いことで評判が高く、Bテッサーと呼ばれ多くの写真家に愛用されてきたモデルである。解像力は控えめだが開放から滲みやフレアはなく、線の太いクッキリとした階調描写とスッキリとしたヌケの良さを持ち味としている。ピント部の画質には安定感があり、四隅まで均一性が高く、近接域から遠景まで距離によらずに良く写る。この時代のテッサーはノンコートのため戦後のテッサーに比べると階調は軟らかく発色も若干淡いが、晴天下の撮影でも階調が硬くならず中間部の階調もよく出ている。ボケは開放でもよく整っており、グルグルボケ、2線ボケは全く見られない。安定感がありよく写るレンズである。強いて不満を言えば描写傾向が平面的で立体感に乏しく面白味に欠けるところだ。
テッサーというレンズ名はギリシャ語の「4」を意味するTessaresを由来としており、このレンズが4枚玉であることを意味している。20世紀初頭にテッサーの登場を目の当たりにした世の写真家達はここまでキチンと写るレンズに出会い「なんだ。4枚の構成で充分ではないか!」と、さぞ驚いたことであろう。それまで一世を風靡していた6枚玉のダゴールや8枚玉のドッペル・プロターも高い万能性と素晴らしい描写を誇るレンズであったが、テッサーはこれらと比べ何ら遜色のない高い描写性能を僅か4枚のレンズ構成で実現していたのである。

撮影機材
Camera Bronica S2(6x6cm), Graflex Pacemaker Speed Graphic+ Horseman rollfilm back (6x9cm,6x7cm)
f8, 銀塩ネガ撮影(Fujifilm Pro160NS, 6x6 medium format ), Bronica S2

F8, 銀塩ネガ撮影(kodak portra 400, 6x6 medium format ), Bronica S2, Scan EPSON GT-X820

f11, 銀塩ネガ撮影(Fujifilm Pro160NS, 6x7 medium format ), Speed-Graphic pacemaker + 6x7 rollfilm holder


F6.3(開放), 銀塩ネガ撮影(Fujifilm Pro160NS, 6x9 medium format),  Speed Graphic pacemaker+ 6x9 rollfilm holder
f8, 銀塩ネガ撮影(kodak portra 400, 6x6 medium format ), Bronica S2, Scan EPSON GT-X820

数々のレンズ構成を絶滅させレンズ設計の進化を停滞させた「TESSARの呪縛」は1920年代半ばまで続いた。この呪縛を解き放ったのは後にSONNAR(ゾナー)へと進化するERNOSTAR(エルノスター)タイプやGAUSS(ガウス)タイプなど次世代にその存在を開花させる明るいレンズ達であった。TESSARは20世紀後半まで売れまくるが、Sonnarタイプ、Xenotarタイプ、Gaussタイプなどの高級新型レンズの猛追により徐々にトップスターの座から廉価版レンズという位置づけにシフトしてゆく。20世紀前半から後半にかけて世界中のあらゆるカメラに搭載されたテッサータイプのレンズは、史上最も多く生産されたレンズ構成だったに違いない。
 
Part 1:Biotessar, Part:2: Doppel-Protar, Part 3: Planarと続いた特集「Zeissの古典鏡玉」は今回でおしまいです。ありがとうございました。

2 件のコメント:

  1. Spiralさん

    >20世紀初頭にテッサーの登場を目の当たりにした世の写真家達はここまでキチンと写るレンズに出会い「なんだ。4枚の構成で充分ではないか!」と、さぞ驚いたことであろう。

    今見てもそう思います。
    すばらしい写りですね。35mmフォーマットより中盤で見たほうがよりこのレンズの良さがわかりますね。

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    1. ヨッピーさん
      こんばんは。
      広い画角をカバーできるレンズであるからこそ、その真価をみるには規格どうり
      中版6x9フォーマットで使うということなのでしょうね。安定感のあるレンズです。

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