おしらせ


2009/11/06

eBayの中古レンズ業者からオールドレンズを仕入れる

eBay.comは1995年に米国カリフォルニア州で生まれた世界最大規模のネットオークションである。2007年6月時点において世界28ヵ国に拠点を持っている。日本へは1999年に進出したが、YAHOO!オークション(通称ヤフオク)が幅を利かせていたため、シェアを伸ばすことができず、2002年に早々と撤退している。一方、多くの経済大国ではeBayがネットオークション市場のトップシェアを獲得している。外国製のオールドレンズを国内市場よりも安く入手できるのが特徴であり流通量も多い。珍品を探し求めるならば中古店やヤフオクで探すよりも効率が良い。世の中にはアンティークカメラ専門のネットオークションも存在する。West Licht PHOTOGRAPHICAが良い例だ。品質が高く珍しい品が多数出品されるなどeBayよりも魅力的だが、オークションの開催期間が年数回に限定されているため、実際には流通量に勝るeBayが主な入手先になる。
 eBayは大変魅力的な市場であるが、欠陥品がなんの断りもなく売られていたり、品質の劣悪な品がさも良品であるかのような解説で売られていることがよくある。買い手は商品の品質をよく分析し、細心の注意を払いながら購入(入札)する必要がある。万が一、(1ヵ月経っても)商品が届かない、あるいは出品時の解説には無い重大な欠陥を持つ品が届いたら、ためらうことなく出品者に返金、返品を要請しよう。商品を買い手の手元へと確実に届けるのは出品者側の義務とされている。逆に言えば、きちんと返品商品を出品者の手元に届けるのは買い手側の義務なので、ゆうちょ銀行のEMSなど配送状態の照会ができる配送サービスを選ぶほうが無難である。出品者が返品や返金に応じない場合には、送金サービスのPayPalに「異議」や「クレーム」を申し立てれば、出品者はPayPalから対応を迫られ、買い手は一定の限度額まで保護される仕組みになっている。
 いろいろ偉そうなことを述べたが、そんな私でさえ過去に購入した28本のレンズのうち、実際に届いた商品に満足した割合は半数の14本のみである。残りの14本は重大な不具合を持っていた。このうち4本は返品、2本はジャンクとして売却、1本は欠陥を気付かずに所持、2本は未修理のまま使用中、5本は自費で修理した。最後の5本は入手の難しいレアなレンズであったため返品したくなかったのである。下の図は私のeBayにおける2007年から現在までのレンズの購入歴である。レンズの購入にどれだけリスクがあるのかを感覚的に知る一つの手がかりにしていただければ幸いだ。ヤフオクとは異なりeBayでは売り手による商品の評価がかなり甘いし、説明もしっかりしていない。日本では「お客様=神様」といった国民性が市場のモラルを支えているようだが、外国では出品者と購入者は対等なので事情が異なる。出品者は日本人よりも大らかな気持ちで商品を販売している。私たち日本人は特に気をつけなければならない。ボロボロでも完全(パーフェクト)に動く品(完動品)であれば、それだけでも中古品としてはGOODなアイテムとして取り扱われる。購入者には商品に対するシビアな目が要求されている。


赤・・・解説と異なる状態(返品含む) 青・・・解説どうり 黄色・・・微妙; 統計的には購入事例の約半数において、事前の説明にはなかったトラブルに遭遇している。そんな私には偉そうなことを言う資格はないのかもしれないが、これでもかなり気をつけているつもりなのだ

eBayでオールドレンズを購入する場合には、できるだけ"MINT(新同品)"を選ぶののが無難だ。"Excellent"の評価程度では、使用感たっぷりのB級品が届く可能性が大きい。"GOOD"の場合はオンボロ品、"Well used"に至っては、きちんと動くのが奇跡である。 私はレアなレンズを狙ることが多いので、しばしば博打に出てしまう(困った性格だ)。そんなわけで、短期間にいろいろな失敗を経験することができた。以下に商品の解説に目を通す際のポイントを列記しておく。
  • 商品の解説文が明確で、ガラスの状態、鏡胴の状態、ヘリコイドリングのスムーズさなど基本的な項目がきちんと述べている
  • 中玉に光を通し、レンズの状態について鮮明な写真を示している
  • 同じ業者の他の商品をチェックする。商品の欠陥や不具合を包み隠さずに示す姿勢が業者にあれば、その業者は健全だ。逆に写真で判断できる不具合箇所をきちんと文章で解説していない業者はパスしたほうが無難だ
  • 業者による独自の格付け(Mint, Excellent, Good, Well used など)があるならば、その業者の他の商品に対する格付けがどうなっているかを確かめておこう。いつも同じような評価を繰り返しているならば、その業者は真面目に商品を見ていない可能性がある
  • 写真が不鮮明な場合は間違いなくハズレだ。勇気を持ってパスしましょう
商品を返品し返金してもらう場合には、出品者の返品規定(リターンポリシー)に従う必要がある。落札者は入札前にこれに同意しているため、出品者に対してこの規定から外れるような要求はできない。多くの場合、返送費用は落札者側が負担することになっている。私の場合は返送に郵便局のEMSを利用し、約1000~2000円程度の返送費用を自己負担した。出品者は返送品が手元に戻ったことを確認し、代金の総額(落札代金+手数料+配送料)をPayPalを通じて落札者に返金する。この場合、出品者から落札者のクレジットカード会社にPayPalを通じて代金が返り、クレジットカードのその月の利用請求額から返金額分が差し引かれる方法で落札者の手元に戻る。
 商品を返送する際には相手国の税関で税金を二重取りされないように、包装箱に貼る宛名ラベルに、ハッキリと「これは売り手への返品である(返金済み)」などと明記しておく事をオススメする。例えば東欧のチェコでは、商品価値の19%分の税金を取るので(後で売り手から請求される)、思わぬところでコストがかかってしまう場合がある。
 最後に、ドイツ系レンズの出品数が豊富な中古カメラ&中古レンズ専門業者の有名どころを幾つか列記しておく。優良な業者かどうかは私にはわからないので、これらの業者を利用する際は自己責任でおねがいしたい。  

GOKEVINCAMERAS(米国)
品数が豊富でレア物を多く揃えている。商品の写真を大量かつ鮮明に、様々なアングルから示してくれる。不具合の箇所を包み隠さない主義がある。レンズの中玉に光を通し、ガラスの状態を鮮明に示してくれるので安心できる。ただし、解説文は少なめで、写真による購入者の判断に委ねる傾向が強いので、ヘリコイドリングの滑らかさや絞り羽根の開閉の的確さ、各部のガタつき、無限遠方が出るかなどについて購入前に質問したほうがよい。私も1度だけガタつきのあるレンズをこの業者から購入したことがある。

STILL22(ギリシャ) 
品数は少ないが状態のよいレアな品を厳選して出品するのでファンが多い。解説が包み隠さずに的確であることが特徴だ。レンズの中玉に光を通し、ガラスの状態を鮮明に示してくれるので安心できる。M42マウント用のレンズを多く出品するのがこの業者の特徴だ。スナイプ入札を仕掛ける追っかけスナイパーが数多くいるので、商品の落札難度が高い。
 
WWWCAMERAMATECOM(チェコ)
品数が豊富でレア物も揃えている。商品の写真を鮮明に示してくれる。大きなハズレの少ない業者のようだが、商品の解説はいつも同じで「クリーンな光学系、スムーズなヘリコイドの回転」に付加情報を加える程度だ。私が購入したレンズは写真どうりの美品であったが、ヘリコイドのローテーションはかちんこちんに固かったので、先の説明文は形骸化している模様だ。

他にもオススメの業者がありましたら、ぜひ教えてください。

2009/10/26

Steinheil Auto-D-Quinaron 35mm/F2.8

Steinheil Auto-D seriesにはM42マウント用の他に何とNikon-Fマウント用が存在する
 
ニコンマウントを採用したオールドレンズ界の異端児
 私がM42マウント用のレンズにこだわるのは、この規格がマウントアダプターを介してpentax, Canon, Sony(minolta), Contax, Olympus・・・など多くのカメラで使用できるからだ。ところでM42マウントと同じように多くの種類のカメラで使用することのできるマウント規格が存在する。ニコンFマウントだ。ドイツの老舗光学機器メーカー・シュタインハイル社は1961年に通称"Auto-D-Quinシリーズ"と呼ばれる製品を発売し、ニコンFマウントにも対応させた。
 シュタインハイルといえばドイツのミュンヘンを拠点とし、戦前はツァイスと肩を並べるほどの大規模メーカーであった。しかし、戦災の被害により2000人以上いた従業員は800人以下に減るなど事業規模が大幅に縮小してしまう。戦後はローデンストックと連携し、西ドイツのカールツァイスの再建に協力した。
 今回入手したのは、戦後のシュタインハイル社が製造したQuinシリーズの中の、広角レトロフォーカス型レンズAuto-D-Quinaronだ。このレンズの特徴は最短撮影距離が20cmと短く、近接撮影が可能なことである。極めてよく似た特徴を備えたレンズに、旧東ドイツのツァイス・イエナが製造したフレクトゴン35/2.8があり、Auto-D-Quinaronはこのレンズを意識した対向商品だったと思われる。大きなゼブラ柄のストライプと、バズーカのような迫力のある鏡胴が格好良い。姉妹品として標準レンズのAuto-D-Quinon(55mm)、望遠で100mmと135mmのAuto-D-Quinarが存在し、さらにマクロ撮影に特化した別のラインナップ、Makro-Quinaron/Quinon/Quinarも存在する。Quinシリーズに対する同社の意気込みは相当なものだ。極めてレアなようだがMacro-S-QuinシリーズなんてのもeBayで売られていた。こちらの詳細は不明だ。なお、初期のモデルはシルバー・クローム鏡胴であったが、1965年のモデルチェンジで誕生したAuto-Dシリーズからはゼブラ柄デザインになった。

フィルター径49mm 重量220g 最短撮影距離20cm レンズ構成は5群7枚 Nikon Fマウントを象徴するカニ爪が出ている
ヘリコイドリングをまわし前玉をいっぱいまで出した状態(右)と収めた状態(左)。本品は最短撮影距離が僅か20cmでありマクロレンズのような接写撮影が可能である
 
銘板に刻まれたAuto-Dの頭文字"D"は絞り(Diaphragm)のことで、マルチコーティングを意味するわけではない。対応マウントはエグザクタ、M42(希少)、そしてニコンFマウント(極めて希少)である。レア物好きの私が入手したのは、もちろんNikon-Fマウント用だ。
  
入手の経緯
Auto-D-Quinシリーズは135mm/F3.5のTele-Quinarを除いて、どのモデルも希少性が高く、手に入れるのは難しい。中でもTele-Quinar 100mmの入手は絶望的であろう。本品は2009年10月5日に米国イリノイ州オレアノの中古カメラ業者がeBayに出品していたものだ。340㌦の即決価格で落札し、送料込みの総額375㌦(約3.4万円)で入手した。商品の解説には

 [1] 光学系の状態はVERY GOODで傷やカビはない
 [2] コーティングはパーフェクトに見える
 [3] 硝子はクリアーだが、気泡が1~2個ある
 [4] ピントリングと絞りリングはパーフェクトに作動する
 [5] 鏡胴には多少使用感がある。ペイントは100%大丈夫
 
とあった。流通量が少ないため、中古相場が幾らなのかハッキリとはわからない。ニコンFマウント用とM42マウント用はエグザクタマウント用よりも高額で取引されている。
 さて、10日後に商品が届き恐る恐る検査をした。すると前玉のコーティングにスポット状の剥離が2箇所見つかった。業者はこれを気泡と解説していたのである・・・。なんだか嫌な予感がした。他にはヘリコイドの回転が極めて硬く、レンズ内にはチリがパラパラと見られた。描写への影響はギリギリセーフだが清掃が必要であった。光学系の状態を「パーフェクト」ではなく「Very good」と表現していたことにもっと早く気づくべきだった(シクシク)。続けてニコンのカメラにつけて撮影してみたところ、嫌な予感が的中し重大な欠陥が判明した。絞り連動レバーがレンズに内臓されているスプリングの力だけでは下がらないのである。絞り羽根が閉じるのは開放からf3.5までで、これ以上絞りリングをまわしても羽根が出てこない。恐らく羽根がオイルで汚れており、これが抵抗になって羽根の開閉を困難にしているのだ。前玉の銘板内に誇らしげに記されたAuto-D表記が褪せて見えた。さらに無限遠点への合焦が困難であり、指標を無限遠点のマークにあわせても焦点が合うのはせいぜい10~20m先までであった。業者にこれらの問題点を伝え返品を要請したところ、修理代を払うので日本で修理してくれないかと提案してきた。しかし、オークションの解説写真に比べると、届いた実物はずいぶんと使用感があり品質に落差を感じていたので(そのことは業者には述べずに)返品することに。業者には週末に返送すると伝え、2-3日の間このレンズの描写力を堪能した。
 
試写テスト
本品に対する前評判を文献上やWEBサイト上で探し回ったが、描写に関する情報は極めて少なかった。姉妹品のAuto-D-Quinon(55mm)については、あちこちのWEBサイトで優れた描写力に対する高い評価を目にする。本レポートが有意義な情報源になれば幸いだ。なお、前述のように私が入手したAuto-D-Quinaronは欠陥品であるため、テスト撮影は絞り値がF2.8とF3.5の場合のみで行った。 

  • 鮮やかで癖の少ない素直な発色が特徴。どの色も忠実に再現されるが、色飽和を起こすことが度々あるとのユーザー報告を目にした。金属などのメタリック色の描写が素晴らしいとの定評がある。
  • 収差が充分に補正されており端部に至るまで均質な結像が得られている。結像が流れたり、グルグル回ることなどはない
  • 最短撮影距離が20cmと短くマクロ的な撮影を楽しめる
  • 接写撮影時に背景のボケが煩くなることがあり、球面収差の補正が不充分である。最短距離20cmは少し無理な設計であったのかもしれない。ツァイス・フレクトゴン35mm(ゼブラ)に対抗するための焦りだろうか?
  • 上と同じ理由により近接撮影時のシャープネスはさほど高くない。、柔らかい描写が本レンズの特徴といえる
  • フレアは同時代のフレクトゴン35よりも出にくいとのユーザー報告があるが真偽は不明
かなり優秀なレンズに思える。本製品はフレクトゴン35よりも遅れて発売された。中古市場の流通量の少なさから考えると、発売当時はあまり売れなかったと思われる。

F2.8 横浜・みなと未来 いい色が出ている。遠景撮影時のシャープネスは高くないが、遠景の場合には開放絞りでも実用的なレベルだ

F2.8 東戸塚西武:こちらも絞り開放で遠景を撮影した。シャープネスは充分
F3.5 横浜みなと未来:定評のあるメタリック色の描写は実物よりも渋めになる。重厚感がひきたつ

F2.8 色の再現性はこの時代のレンズにしては優秀。近接撮影時におけるボケは煩く、乱れ方は独特。下段の写真は上段の写真の中央に向かって接近し20cmの最短距離で撮影したもの。近景では結像がやや甘い。見てのとおり柔らかい描写だ

F2.8 横浜・関内:いろいろな距離で撮影したが非点収差はよく補正されておりグルグルボケは殆ど出ない


F2.8 周辺部まで均質で良好な結像が得られている。モノコートなので逆光に弱く、木のあたりにフレアが出ている

F2.8 難しい紫の発色だが実物よりも若干淡い程度で良く再現できている。このレンズは青系の色が極僅かに淡くなる傾向があるので、そのためであろう。
F3.5 コスモスのピンクはよく出ているが色が飽和気味だ
F3.5 次は黄色。こちらもしっかりした発色で再現性も高い

撮影環境
Steinheil Auto-D-Quinaron 35mm/F2.8(Nikon F) + Nikon D3 + Hakuba rubber hood
重くてデカイD3の迫力にも負けない存在感のあるデザインが魅力だ

もう少し時間に余裕があれば、フレクトゴン35とのガチンコ勝負など面白い企画が立てられたのだが、非常に残念だ。いい勝負をしたかもしれない。本品は米国の出品者の元に返品された。ところで、ちゃんと返金してくれるのだろうか。