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2017/07/24

Steinheil München Macro-Quinon 55mm F1.9 M42 ( Rev.2 )



散り際の鮮やかさ、
シュタインハイル最後の輝き
Steinheil München Macro-Quinon 55mm F1.9(Rev.2)

過去の記事を更新しました。Rev.2になっています。こちらからお入りください。

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2017/01/24

Steinheil München Gruppen-Antiplanet No.2(25mm dia.) 14cm F6.2




歴史の淀みを漂う珍レンズ達 part 2
大胆な設計が目を引くシュタインハイル社の極厚鏡玉
Steinheil München Gruppen-Antiplanet No.2(25mm dia.) 14cm F6.2
シュタインハイル グルッペン・アンチプラネット 
1881年に登場したシュタインハイル社のグルッペン・アンチプラネット(Gruppen-Antiplanet)。このレンズの特徴は何といっても極厚ガラスを用いた特異な設計であろう(上図・右)。その極厚ぶりときたら、19世紀のプリンと呼ぶしかない。レンズには収差を前後群でバランスさせる歴史上重要な技術が導入されており[文献2,3]、この技術は新ガラスの登場と並び、プロター1890年登場やウナー、テッサーなどの名レンズを生み出す原動力となった。キングスレークの本[2]の中にこの技術が生み出される経緯を辿ることができるので、軽くレビューしてみよう。
レンズを設計したのは同社創業者一家の2代目フーゴ・アドルフ・シュタインハイル博士(Hugo Adolph Steinheil[1832-1893]で、彼は収差理論の第一人者ザイデルの協力のもと1866年に名玉アプラナートを完成させている(下図・左)。アプラナートの登場は非点収差を除く4大収差を同時に補正できる高度なレンズが登場したことを意味しており、四隅まで歪曲の少ないレンズは当時画期的であった。この構成を採用したレンズが各社から発売され、アプラナートは大変な成功を収めている。アプラナートは前群と後群が完全対称な「複玉」と呼ばれるレンズであったが、この類のレンズでは遠方撮影時に収差のバランスが崩れ、特にコマ収差の補正が不十分になる性質があった(文献[2,3])。これに対応するため、シュタインハイルは前後群の対称性をやや崩した準対称型とすることで遠方撮影時でも充分な性能が得られるレンズを作ろうと試みた。その第一弾はアプラナートをベースに開発され、グルッペン・アプラナート(Gruppen Aplanat)という名で登場している(下図・中央,  文献[5])。彼は続いてグルッペン・アプラナートのクラウンガラスとフリントガラスの役割を逆転させてみた。すると、前群側の球面収差が大きな補正不足に陥ることがわかったので、後群側を過剰補正にすることで収差をどうにかバランスさせようと試みたのだ。その結果、偶然かどうかは定かではないが、接合面の異なる屈折作用により収差を打ち消す画期的な方法に辿りつき、この方法を採用したレンズを1881年に開発、グルッペン・アンチプラネット(Gruppen Antiplanet )の名で世に送り出している(文献[1])。ただし、前のレンズに対するアドバンテージは小さく、非点収差こそ僅かに良くなっていたがコマ収差は増大し、旧ガラスのみに頼る設計では倍率色収差も大きいと評価されている(文献[2,3])。
接合面の異なる屈折作用を利用したシュタインハイルの方法は後にツァイスのルドルフがプロターの開発に応用することで知られるようになり、設計者の名にちなんで「ルドルフの原理」と呼ばれるようになっている。

Aplanat(図・左)、Gruppen-Aplanat(図・中央)、Gruppen-Antiplanet(図・右)の構成図(カタログおよび特許資料[1,5]からのトレーススケッチ)。現代の写真用レンズは絞り羽を中心に前群と後群を向かい合わせに配置する設計形態が一般的であるが、この形態が登場したのは19世紀半ば頃と言われている。中でも前群と後群が対称な場合にはコマ収差・倍率色収差・歪曲の3収差の自動補正が可能になるため、複雑な計算を行わなくても性能の良いレンズが設計できるとあって、早期から研究がすすめられた。シュタインハイルの考案した3本のレンズは、まさにこうした潮流の中で生み育てられたレンズといえる




レンズのラインナップとカタログ記載
コマ収差や倍率色収差の補正が十分ではないという指摘[2,3]にも関わらず、シュタインハイル社のカタログには「シャープに写るレンズ」と記されており、通常の撮影に加え、ポートレート撮影、グループ撮影、建築写真、風景撮影、早撮り撮影(Instantaneous Work)、引き伸ばし撮影などマルチに使える万能レンズと紹介されている。レンズのラインナップは焦点距離 48mm(1+7/8 inch)の0番から焦点距離450mm(17+3/4inch)の7番までと、1b番と2b番までを含めた9種類のモデルが用意されていた。私が入手したのは焦点距離143mm(5+5/8inch)の2番で、推奨イメージフォーマットはポートレート撮影時が中判3x4フォーマット、無限遠(風景)撮影時が大判4x5フォーマットとのこと。おそらくポートレート撮影時において写真の四隅で収差の影響が大きくあらわれ、ボケ味にもその影響が顕著に出るのであろう。レンズは米国のAmerican Opticalが製造したSt.Louis Reversible Back Cameraという大判カメラに搭載されていた(文献[4])。
 
参考文献
[1] レンズの米国特許 US. Pat. 241437, A. Steinheil (May 10, 1881)
[2] Rudolf Kingslake, A History of Photographic Lens, Academic Press 1989
[3] 「レンズ設計の全て」 辻定彦著 電波新聞社
[4] Antique & 19th Century Cameras by R.Niederman (Click Here)
[5] グルッペン・アプラナートのドイツ特許 Pat.DE6189, A.Steinheil(1879)
[6] 「カメラ及びレンズ」 林一男 久保島信 著 写真技術講座1

焦点距離 約140mm, 口径比 約F6.2, 前玉径25mm, 絞り機構 スロット式, 鏡胴長(フード込) 38mm, 推奨イメージサークル 大判4x5インチ,  包括イメージサークル 29cm(大判8x9"ではコーナーが暗くなる), 重量(フランジリング込み) 187g
入手の経緯
今回紹介しているレンズは2016年8月にeBayを介してスペインの古典鏡胴専門セラーから275ユーロ+送料12.5ユーロの即決価格で落札購入した。オークションの記述は「1885年に製造されたシュタインハイルのグルッペン・アンチプラネット。経年にしては良い状態で外観は良好、ガラスは十分にクリアーでクリーン。支払いは銀行送金を好むが、ペイパルでの支払いにも対応できる」とのこと。届いたレンズは鏡胴こそ経年を感じるもののガラスは傷のない素晴らしい状態であった。ちなみにスロット式の絞り板が欠品だったので、自分でf9とf13の絞り板を自作することにした。


スロット式の絞り板はF9とF13を自作した。こういうのをつくるのは得意だ



 
撮影テスト
文献[3]ではコマ収差と倍率色収差が十分に補正できないレンズと解説されており、フレアやモヤモヤとした滲み、四隅でのカラーフリンジ等を覚悟していたが、実写からはこの予想とは少し違う結果が得られた。以下では中版6x6フォーマットと大判4x5フォーマットでの写真を順に見てゆく。撮影していて気付いた事だが、極厚鏡玉のため光の透過率の関係で露出がアンダーになりがちになる。撮影時にはシャッタースピードを少し遅らせると適正露出になるようだ。
 

中判カメラでの作例
機材: BRONICA S2, レンズフード装着, Sekonic L398
Film(6x6cm format): Kodak PORTRA 400/ Fujifilm PRO160NS
現像・スキャン:NORITSU QSS-3501(C41処理→16 BASE Direct Scan)

私の手に入れた焦点距離140mmのモデル(2番)は大判4x5フォーマットに準拠したイメージサークルをもつため、一回り小さな中判カメラのイメージフォーマットでは収差のよく出る四隅が切り落とされ、端正で無難な写りになる。光路の細い中判カメラでは鏡胴内部での迷い光の発生が懸念されるが、ブロニカで使ってみた限り全く問題はなく、安定した画質が得られた。大判カメラによる作例も後半に提示する。
近接から遠景まで距離によらず四隅まで安定した画質となり、背後のボケは開放でやや硬いもののよく整っている。グルグルボケや放射ボケは全くみられない。予想に反し開放でもフレアは少なく、ヌケのよいスッキリとした描写である。

F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Kodak Portra 400, 6x6 format)


 
F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Kodak Portra 400, 6x6 format)



F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Kodak Portra 400, 6x6 format)

F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Kodak Portra 400, 6x6 format)
F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Kodak Portra 400, 6x6 format)
F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Kodak Portra 400, 6x6 format

F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Kodak Portra 400, 6x6 format










F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Fujifilm Pro160NS, 6x6 format)

F6.2(開放), 銀塩カラーネガフィルム(Kodak Portra 400, 6x6 format)





大判カメラでの作例
Film: Fujifilm PRO160NS (4x5 format)
機材:Pacemaker SpeedGraphic レンズフード装着
Scan: Epson GT-9700F

このレンズの本性を見るには大判4x5フォーマットのカメラで使う必要がある。中判6x6フォーマットでの端正な描写が一変し、開放では荒れ狂う収差の嵐となる。ピント部は四隅で像面が湾曲し、妙な立体感を醸し出しており、像面も割れて被写体の背後にはグルグルボケ、前方には放射ボケがみられる。ただし、フレアや滲みは少なくスッキリとヌケのよい描写で、コントラストも良好である。予想に反し、とても良く写るレンズであることがわかった。撮影テストを終えたあと文献[6]にこのレンズの描写に関するかなり正確な評価をみつけた。非点収差がやや厳しいものの、コマ収差はそれほど酷くはないのだとおもう。
 
F6.2(開放), 銀塩カラーネガ撮影(大判4x5フォーマット,  Fujifilm Pro160NS)  SCAN: epson GT-9700F 











F6.2(開放), 銀塩カラーネガ撮影(大判4x5フォーマット,  Fujifilm Pro160NS)  SCAN: epson GT-9700F 


F6.2(開放), 銀塩カラーネガ撮影(大判4x5フォーマット,  Fujifilm Pro160NS)  SCAN: epson GT-9700F 中央は高画質。グルグルボケと放射ボケが同時に発生し、妙な立体感を醸し出している。中判撮影では見ることのなかった激しい開放描写だ
F9, 銀塩カラーネガ撮影(大判4x5フォーマット,  Fujifilm Pro160NS)  SCAN: epson GT-9700F: 一段しぼると画質は安定し、ボケも穏やかになる

2014/11/25

Steinheil Culminar 85mm F2.8











ライトトーンの美しい階調描写が魅力
Steinheil Culminar 85mm F2.8
Culminar(クルミナー) 85mm F2.8はオーストリアの数学者J.M.Petzval(ペッツバール)が19世紀半ばに設計したOrthoscope(オルソスコープ)を祖とするポートレート撮影用レンズである[文献1]。Petzvalはレンズの設計に対する数学的理論の裏付けがまだ十分ではなかった時代に史上初めて収差理論をレンズの開発に導入した人物で、2本のレンズを世に送り出している。このうちの1本はVoigtlander(フォクトレンダー)社から1840年に発売されたPetzval式人像鏡玉で、当時まだF14程度がやっとだった写真用レンズの明るさをいきなりF3.4まで高めた歴史的銘玉である。Petzval式人像鏡玉は近年Lomographyから復刻版が発売され話題を集めた。一方、兄弟レンズのOrthoscopeが世に出るのはこれよりも少し後のことで、風景撮影に適したF8の広角レンズが1858年にVoigtlander社から発売されている。Orthoscopeにはやや大きい糸巻状の歪曲があり非点収差も大きいなど広角レンズとして用いるには四隅の画質に課題を残していたが、後群全体が弱い負のパワーを持ちテレフォト性を備えていたため、Steinheil(シュタインハイル)による1881年の修正を経ることで中望遠レンズとしての新たな活路が見いだされた[文献2,3]。このレンズはAntiplanet(アンチプラネット)と呼ばれるようになり、今回紹介するCulminarの原型となっている[文献4,5]。

Orthoscope(左)とAntiplanet(中央)の光学系は[文献2], Culminar(右)の光学系は[文献4]からトレーススケッチした。いずれも構成は3群4枚である


Culminar 85mm F2.8は1948年にSteinheil社製のカメラCasca IIの交換レンズとして登場した。ところが、Casca IIの売れ行きは全く不振だったため、後に対応マウントをライカM39(L39), M42, Exaktaにも広げ交換レンズ単体としても売られるようになった。このうちライカM39マウントのモデルは軽量で求めやすい価格帯にある位置づけが消費者層のニーズをとらえ、売れ筋商品として成功を収めた。今もeBayなどの中古市場に流通する製品個体はM39マウントのモデルが中心である。Leica用の中望遠レンズを供給するサードパーティ製品の市場において、Steinheilのブランド力に対抗できるライバルがいなかったのも成功の要因だったのであろう。
 
文献1:写真レンズのすべて 辻定彦
文献2:Rudolf Kingslake, A History of the Photographic Lens
文献3:Adolph Steinheil,  Pat. US241438 
文献4:Helmut Franz and Edward Reutinger, STEINHEIL MUNCHENER OPTIK MIT TRADITION
文献5:「無一居」さん ブログコラム
 
入手の経緯
本品は2012年3月にeBayを介し中古カメラの売買を専門とするローマのセラー(ポジティブフィードバック100%)から落札購入した。これより少し前に他のセラーからM42マウントのモデルが出品されていたため私も入札したが、400ドルオーバーで他者の手にわたっていった。このレンズにはライカスクリューマウントのモデルも存在し、eBayでは350-400ドル程度で売買さている。今回のモデルはEXAKTAマウントなので少しは求めやすい価格になるのではと予想、スマートフォンの自動入札ソフトで最大入札額を301㌦に設定しスナイプ入札を試みた。商品の解説は「素晴らしい状態の完全動作品。EXAKTAでもテスト済み。フォーカスはスムーズで絞りの動きも良い。外観は僅かに使用感があるものの良好。硝子は素晴らしい状態(工場出荷状態に近い)で、カビ、クモリ、汚れ、その他何一つ問題はない。オリジナルレザーキャップとプラスティックケースがつく」とのこと。文面をそのまま信じるなら滅多に出ない素晴らしい状態であり争奪戦になるのではと予想していた。しかし、蓋をあけてみると205.5ドルで呆気なく落札、送料込みでも総額234.5ドルであった。国内での相場は不明だが2013年10月にヤフオクで出品された際は中古並レベルの品が21000円で落札されていた。届いた品は前玉に僅かな拭き傷があり絞り羽根に少し油染みが出ていた。オークションの解説がやや誇張気味だったのか、あるいは検査力の低いセラーに当たってしまったようだ。ただし、ガラスが傷みやすく傷の多い本レンズとしてはとても良好な状態であった。

重量(実測) 200g, 絞り羽 16枚, フィルター径 36.5mm, 最短撮影距離 1m, F2.8-F32, 光学系 3群4枚アンチプラネット型(テッサーを前後逆向きに据えたような構成), 対応マウント M39(L39), EXAKTA, M42, Casca II(本品はEXAKTA), レンズ名の由来はラテン語の「頂上」を意味するCulmen(「カメラ名の語源散歩」新見嘉兵衛著より)



撮影テスト
Culminarはオールドレンズらしいゆるい写りを存分に堪能できるレンズである。コントラストが低く彩度が抑え気味でけっして派手にはならなず、あっさりとした軽い印象の写りが特徴である。そのぶん階調は豊富で濃淡の変化を丁寧に表現できるので、空や雲の繊細でダイナミックなトーンを見事にとらえることができる。解像力は平凡だが開放でもハロやコマなどのフレア(滲み)は殆ど見られずボケも安定している。ポートレート域では後ボケが硬めになり距離によっては2線ボケ傾向にもなるが、反対に前ボケは柔らかくフワッと拡散する。逆光には弱くハレーションがたいへん出やすいものの、ゴーストはあまりみられず発色が濁ることも少ないため、均一で美しい性質の良いハレーションである。これを写真効果として活かさない手はない。開放で逆光気味に構え露出オーバーで撮影すると淡泊で軽い仕上がりとなり、写真全体のイメージも明るく優しいものになる。美しいライトトーンの画はまるで白昼夢のようである。
このレンズにはダブルガウスやトリプレット、クセノターのようなゾクッとするような解像力もなければ破綻の見え隠れするような危うさもない、いわゆる「線の太い描写」の典型だが、テッサーのような鋭い写りにはならなず、穏やかで安定感のある写りを特徴としている。強いていればゾナーをかなり軟調にしたような性格と言ったらいいだろうか。ガラスの傷んでいる製品個体が多く描写性能については一部で酷評もみられるが、状態の良いものを探し当てれば味わい深い素晴らしい写りであることがわかる。軟調描写が好きな人にはたまらないレンズであろう。

撮影機材: Camera: Sony A7 + Metal Lens hood + Exakta-Emount adapter
F4, sony A7(AWB): コントラストが低く彩度が抑え気味でけっして派手にはならない。逆光でもシャドーが粘ってくれる
F2.8(開放), sony A7(AWB): 解像力は平凡だが開放でもハロやコマなどのフレア(滲み)は殆ど見られず、ボケも安定している

F2.8(開放), sony A7(AWB): 空の微妙なトーンをダイナミックに捉えることができるのは軟調レンズならではの長所である
F2.8(開放), Sony A7(コントラスト調整): 開放では少し後ボケが硬めになる


F2.8(開放), sony A7(AWB), +2EV(露出高め):  ひとつ前の写真と同じ場所にて逆光に構え、露出オーバーで撮影した。もう、夢の世界だ

F2.8(開放), sony A7(AWB): 前ボケの拡散も綺麗







2010/08/26

Steinheil Cassaron 40mm/F3.5 VL



40mm準広角レンズ第一弾
レトロフォーカス化しないまま焦点距離を40mmの準広角域まで短縮させることができた価値ある設計
1950年頃までの一眼レフカメラ用広角レンズには40mmの焦点距離を持つ3枚玉のトリプレットや4枚玉のテッサー型が数多く存在した。現在の主流となるレトロフォーカス型タイプ(6枚玉~)が普及する少し前の事である。この頃の写真用レンズはガラス面における光の透過率が今ほど高くないため、シンプルな光学設計で光の内面反射(ゴーストやフレア)を最小限に抑えることのできるトリプレットタイプやテッサータイプは画質的に優位な設計であった。当時はその存在価値が高く評価されており、発展途上であったレトロフォーカス型広角レンズに比べ、ヌケの良さ、コントラストや階調表現の鋭さで勝っていた。これらの設計は大口径化が難しく、大きくボケる明るいレンズを造るには不利な設計であったが、光軸方向の厚みがないので、ミラーの可動部を確保しながら焦点距離を40mmの準広角域まで短縮させることができた。
しかし、その後のコーティング技術やガラス素材の進歩により光の透過率が向上すると、より複雑な光学系においても高い画質が維持できるようになり、広角レンズの設計の主流は大口径化が容易で焦点距離をさらに短縮できるレトロフォーカス型へと急速にシフトしていった。
今回入手したのはドイツ・ミュンヘンの中堅光学機器メーカーSteinheil社が1951年に発売したCassaronという40mmのトリプレット型準広角レンズだ。同社はレンズの生産を専門とするメーカーで、極めてコンパクトなレンズやハイスペックなマクロレンズなど、個性豊かな製品を製造していた。Cassaronもコンパクトかつ軽量で、重量はたったの104gしかない。ただ小さく軽ければいいというわけではなく、絞り羽根の数はしっかり8枚もあるし、フォーカスリングが使いやすく出っ張っているなど、取りまわしの良さや機能を優先しているよく出来たレンズだ。フィルター枠が銀色に装飾され、個性的でお洒落なデザインに仕上がっている。絞り機構はプリセットタイプが採用され、絞りリングには各指標においてクリック感がなく、絞り羽根は実質的に無段階で開閉する。同社からはほぼ同じ時期に3枚玉のCassar S 50mm/F2.8というトリプレット型標準レンズや、トリプレット型をレトロフォーカス化したユニークな4枚玉のクルミゴン35mm/F4.5という広角レンズも発売されていた。いずれもデザインが良く似ており、パンケーキ型と言ってよい超小型仕様のレンズ達である。なお、レンズ名の由来は同社の創業者C.A.Steinheilの頭文字(C+A+S)から来ており、CassarやCassaritなども同様である。
40mmという微妙な焦点距離が生まれた経緯や意義はともかくとして、本品はフルサイズセンサーを搭載した一眼レフカメラにつけてもAPS-Cセンサーの一眼レフカメラにつけても、標準レンズとして使用することのできる使いやすい画角を提供してくれる。個性的なデザインとコンパクトさ、ユニークな焦点距離など、改めて存在価値が見直されてもいい魅力的なレンズといえるだろう。
光学系は3群3枚, 絞り羽根の枚数:8,絞り値:F3.5-F16,重量:104g,最短撮影距離:0.7m,フィルター径34mm。絞り機構はプリセット。対応マウントはM42とEXAKTAの2種で本品はEXAKTA用
  
入手の経緯
本品は2010年5月22日にeBayを介して、米国ラスベガスの総合中古業者(カメラ専門ではない)から135㌦の即決価格で購入した。送料込みの総額は149㌦(13500円位)であった。商品の状態はMINT+で紹介写真も非常に鮮明。出品者も解説で「パーフェクトな状態。これ以上綺麗な品は出てこないだろう」と自信満々に言い切っていた。国内相場は2万円程度、eBay相場は状態が良ければ200㌦位の品なので、これはとチャンスと判断し「BUY IT NOW(即決購入)」のボタンを押したところ、eBayのエージェントが「購入中のバイヤーがいるので早く送金手配を終えた者の品となる」という緊急性を示してきた。「おー。これはいかん」と思い、せっせと払い込んでしまった。1週間後に届いた商品は確かに美品レベルであったが、レンズ内に埃の混入が目立っていた。

撮影テスト
描写には良くも悪くもシンプル構成のレンズに良くある性質が滲み出ている。1950年中ごろの製品としてはヌケが良くハイコントラストな長所と、中間階調が奮わず硬質な撮影結果になりやすいという短所を持つ。階調変化はなだらかさを欠き、明部から暗部へストンと落っこちてしまう傾向がある。こうした欠点は柔らかい階調変化を示す富士フイルムのPRO400Hや最近のデジカメに搭載されているダイナミックレンジ拡張機能(HDR合成等)を利用することで、いくらか改善すると思われる。収差の補正がやや過剰気味のようでボケに滑らかさがない。開放絞りでは距離によって2線ボケの発生することがある。一段絞れば素直なボケ味だ。発色はやや淡白。

F5.6 カリッと硬い階調変化によって鋭い描写に仕上がる
F11 小さな口径や少ない構成枚数のおかげであろうか?モノコート仕様にもかかわらず厳しい逆光でもフレアは出にくい
F3.5 開放絞りで撮影すると距離によっては2線ボケが発生し、滑らかさを欠いたやや目障りな描写になる。発色はやや淡白かな?
F5.6 少し絞っておけば素直なボケ味だ。こちらも背景のシャドー部の階調表現に粘りがなくストンと落ちてしまった
F3.5 近接では収差の影響からか柔らかくボケ、目障りにはならない
F5.6 トリプレットにしては、なかなかいいレンズではないだろうか


ハイダイナミックレンジ(HDR)合成機能を用いれば階調変化の弱点を補うことができるか?
最近のデジイチに搭載されはじめたHDR合成機能とは露出の異なる写真を何枚か連射で撮影し、複数の画像を合成処理することでダイナミックレンジを拡張する新機能だ。この機能を上手に用いれば本レンズにおいても中間階調が豊かになり、画質が大幅に改善するかもしれない。HDR合成機能はCASSARONの救いになるだろうか。...comming soon!

撮影機材
Sony NEX-5 + Steinheil Cassaron 40/3.5

2010/04/02

Steinheil MACRO-QUINARON 35mm/F2.8
シュタインハイル マクログィナロン(マクロキナロン)


最大撮影倍率2.0を実現したマクロレンズ界のモンスター

MACRO-QUINARONはシュタインハイル社が1963年に発売したMACROシリーズ4製品の中で焦点距離が35mmと最も短いレトロフォーカス型広角レンズである。本ブログで過去に取り上げたAuto-D-QUINARONをマクロ撮影用に特化した製品となる。ヘリコイドの構造は全群繰り出し型の2段式で、1段目のヘリコイドをいっぱいに繰り出したときの鏡胴の長さは約10cm、2段目をいっぱいまで繰り出した最長の状態では約13.5cmにもなる。オールメタルのズシリと重い鏡胴で、重量は515gもある。

ワーキングディスタンス:約0.5cm, 重量(実測):515g, 焦点距離:35mm, 光学系: 5群7枚, 絞り値:F2.8-F22, フィルター径:54mm, 最大撮影倍率:2.0倍, 本品はEXAKTAマウント用,

本レンズの特徴は何と言っても最大撮影倍率が2.0倍もあるという点だ。マクロレンズの多くは0.5倍から1.0倍であり、これだけ高倍率のレンズは他に見当たらない。撮影倍率とは撮像面(フィルムやセンサー)に投影される被写体の像の大きさが、原寸の何倍であるのかをあらわしている。特に被写体に近づき最短撮影距離で接写撮影したときの倍率を最大撮影倍率とよび、このときに10mmの虫が10mmの大きさで撮像面に写るならば最大撮影倍率は1.0倍、20mmの大きさで写るならば2.0倍である。撮影倍率が大きい程、小さなものをより大きく拡大して撮影できることになる。
このレンズを用いて倍率2.0を実現させるには前玉を被写体に5mmの距離まで近づけなければならない。まるで一般道をレーシングカーで走行するかのような実用性の無さ・・・。嫌いではないが、一体どう使いこなせば良いというのだ。

全群繰り出し式の直進ヘリコイドであり2段目のヘリコイドまでをいっぱいに繰り出したときの鏡胴の長さは約13.5cmにもなる(写真右)。

★入手の経緯
本品は2009年10月にドイツ版eBayにて個人の出品者から452ユーロ(6万円弱)にて落札購入した。配送先を欧州に限定していたので掲示板を介して出品者に日本への配送を交渉したところOKとの返事をもらえた。オークションの解説には「光学系の状態は傑出している。傷・チリ・補修を要するダメージは無く、カビもない。2段のヘリコイドまで滑らかに回転する。マウント部は綺麗で傷はない。非常にレアなドイツ製品だ。これはプライベートな販売なので保障はつかない。」と書かれていた。入札額は締め切り数日前からじわじわ高騰しており、本品が注目度の高い商品であることを感じ取ることができた。私は300~400ユーロで落札したいと願っていたが、締め切り6時間前には既に325ユーロの値をつけていた。締め切り時刻は日本時間の午前5時15分で、5分前に365ユーロをつけ、そのまま安定していたので1分前に401ユーロで入札してみたがダメ。直ぐに451で再入札したがダメ。まさか競買相手は500なのかとビックリした。500も払う気はなく予算オーバーなので、10秒前に試しに476を投じてみたら452で落札できた。どうやら競買相手の設定額は451ユーロで私と同じ端数の手を使うようであった。記録には入札者数12人、入札件数28とあり、最後に競り合ったスナイパーは5日まえからちょこちょこ威嚇入札していた。
MACRO-QUINシリーズは元々かなりの高級品であることに加え、流通している個体数の少ないレアなレンズなので、中古相場は高値で安定している。市場に流通しているのは主にEXAKTAマウント用であり、M42マウント用はさらに稀少である。本品の国内中古店での相場はEXAKTAマウント用で10万円前後、海外での相場(eBay)は500-700㌦程度であろうと思われる。参考までに同じ時期にeBayに出品されていた姉妹品のMACRO-QUINAR 100mm(M42マウント用)は使用感のある品ではあったが560㌦(5万強)で落札されていた。また同じレンズの美品(エキザクタマウント用)が660㌦で売られていた。クラシックカメラ専門のオークションPHOTOGRAPHICA AUCTIONでは純正フード付きのMACRO-QUINARON(M42マウント用のMINT品)が660ユーロで落札されていた。

★試写テスト
本ブログで過去に取り上げたノーマル仕様のAUTO-D-QUINARONは開放絞り付近での柔らかい結像が持ち味であった。これに対してMACRO-QUINARONは光学系のチューニングが全く異なるようだ。球面収差の補正が過剰気味で開放絞りから極めてシャープに結像するが、この反動で後ボケは大変硬めである。撮影距離によってはアウトフォーカス部がガサガサと煩く、さらに5枚の絞り羽根が不自然なボケ味を演出してしまう。しかしながら、硬いボケ味は近接撮影になるほど軟化し(収差変動)、マクロ領域では程よいシャープネスとボケ味の柔らかさ滑らかさが同居した優れた描写に変化する。本レンズは通常の撮影距離での描写力をやや犠牲にする代わりに、接写撮影時に高い描写力を発揮するよう設計されているようだ。

以下、本レンズの描写力をまとめると、

●ガラス面のコーティングが単層なので逆光には弱いが、フレアの発生さえ防止すればコントラストは充分に高い。レベル曲線は端部まで平坦で安定している
●開放絞りからシャープに結像する
●発色は癖のない素直で自然な仕上がりだ。鮮やかな色ノリで、難しい中間色に対しても高い再現性がある。WEB上ではメタリック系の色の表現力が素晴らしいというユーザーレポートを目にする
●前ボケは柔らかく後ボケはかなり硬い。絞り羽根の構成枚数が僅か5枚のため開口部が5角形になる。これが原因で中遠景の撮影の際には滑らかさを欠いた不自然なボケ味になる事がある
●近接撮影では諸収差がしっかり補正されており画像周辺部まで歪みや乱れの少ない均質な画質得られる。ボケ味も柔らかく滑らかである。これに対して中遠景になると非点収差らしい結像の流れ(グルグルとした回転)が見える時がある

まさにマクロ撮影のために生まれてきたレンズである。近接撮影で最高の描写力を発揮できるようチューニングされている。以下、JPEG撮りっぱなしの作例を示す。レンズ本来の能力を知るためにコントラストや色調など一切の補正は行っていない。

上段はF4における屋内での撮影結果/下段は上段の写真のレベル曲線(輝度分布)。このとおり輝度成分が幅広い領域にわたって充実している。コントラストが高いことがわかる。発色は自然だ

F5.6 難しい光沢感のある紫色。多くのレンズではもっと淡い色になってしまうが、MACRO-QUINARONはほぼ完璧に再現している。メタリック感の表現も実に素晴らしい

★ボケ味についてのテスト結果(通常の撮影倍率)
本レンズは中遠景の撮影時においてボケ味に弱点を持つ。それを再現したテスト撮影の結果をお見せする。
F4  皿の輪郭に注目すると前ボケは柔らかく後ボケは硬い事がわかる
F2.8 肩のラインやテーブルの境界線、紺色のエプロンの水玉模様などに注目すると後ボケが硬いことがよくわかる

F2.8 これに対して前ボケは柔らかく、瓶の輪郭部がフワッと滲むように見える
F5.6 これくらいまで絞ると絞り羽根の開口部の形が5角形になり、点光源を撮影すると5角形状にボケる。半逆光なので若干フレアが発生気味で、暗部が持ち上がりコントラストが低下しているが、おかげで黒潰れが回避され中間階調域が充実した目に優しい仕上がりになっている

F2.8 このとおり通常の撮影距離ではボケ味が極めて硬く、特にハイライトのボケ味が不自然になる
F4 これくらい遠い撮影距離ではボケ味に滑らかさなくガサガサと煩い。非点収差がでているのかな?結像が流れグルグルと回っているように見える

★高倍率マクロ領域での描写
通常の距離で撮影をおこなう際の描写の特徴は、シャープな結像と極めて硬いボケ味であった。一方、高い倍率にて近接撮影をおこなう際には球面収差が増大するためか結像がややソフトになり、アウトフォーカス部も柔らかく程よい結像具合になる。他の収差はしっかりと補正されており、中距離の撮影時に顕著化した非点収差(結像の流れやグルグルボケ)は全く表れない。画像周辺部まで歪みや乱れの少ない均質な画質が得られる。

F5.6 近接撮影では諸収差の補整は良好。歪みが出たりグルグルと結像が流れるようなことは全くない。アウトフォーカス部の結像もよくととのっている。ボケ味はだいぶ柔らかくなっている
F5.6 ここまで近接になるとボケ味は柔らかく滑らか
F4 ピント面の程よいシャープネスとボケの柔らかさが共存した高い描写力である
F5.6 こちらも周辺部まで良く整っている。花びらの繊細な色彩が見事に表現されている

★エクステンションチューブを付けて超高倍率撮影を行う
キターーーー。規格外倍率での撮影だ。今回は新宿の中古カメラ市場で倍率を最大で3.5倍化できるマクロエクステンションチューブを入手した。チューブをすべて継ぎ足し3.5倍化したときの最大撮影倍率は約7倍である。撮影倍率を強制的に高め、どこまで画質を維持できるのかテストしてみた。
Ihageeエキザクタマウント用マクロエクステンションチューブを接続してみた。チューブを全て用いると撮影倍率は最大7倍程度まで高められる


撮影対象は上段の左側に示したボールペンの先端である。2段目のヘリコイドをいっぱいに繰り出しレンズ単体の最大倍率(x2.0)で撮影した(上段・右)。ピントの芯をつかむことができ、ペン先のボールをしっかり解像している。次にマクロエクステンションチューブを付け倍率を約3倍に高めてみた(下段・左)。球面収差が急激に増大しておりピント面の解像感が落ちてきた。被写界深度はかなり狭いが、何とかピントの芯は出ている。このあたりが画質的には限界に思える。最後にチューブを継ぎ足し倍率4倍で撮影した。ペンの先が前玉に接触してしまうすれすれでの撮影結果だが、ピントの芯を得ることができなかった。これ以上倍率をあげても無駄であると判断し、継ぎ足すのをやめた。
レトロフォーカス型の光学系を持つMACRO-QUINONにエクステンションチューブを装着し撮影したが、倍率を2倍化した段階で既に画質の低下が著しく、収差の爆発的な増大には対応できていないことがわかった。ちなみにチューブを全て連結し倍率を7倍まで高めてみたが全く結像しなかった。これに対して、ガウス型の光学系を持つMACRO-QUINON(55/1.9)では、マクロチューブを用いて最大撮影倍率を2倍化しても、そこそこシャープな結像を保っていた(前回ブログ参照)。このあたりの耐性の差はガウス型の光学系によるアドバンテージなのであろうか。

★撮影機材:Steinheil MACRO-QUINARON 35mm/F2.8 + EOS Kiss x3 + Steinheil Metal Hood(54mm径)

このレンズ、やはり私には使いこなせない。もっと写真の腕を磨かなくては、このレンズの設計者に申しわけない。