マクロキラーは今日のマクロレンズの原型となるレンズである。鋭くシャープな解像感、濃厚でクッキリとした発色、軽くて小さな美しいボディが魅力。熱狂的なファンがいる
マクロレンズの始祖玉
「マクロの殺し屋」ではございません
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倍率の大きい特殊なレンズを用いて花や虫など小さな被写体を大きく拡大する撮影方法をマクロ撮影という。いわば顕微鏡をカメラ用のレンズで実現するようなものだ。今回とりあげるのはマクロ撮影用レンズ(マクロレンズ)の始祖として名高いキルフィット社のマクロキラー40mm。このレンズは1955年に発表され、世界初の一眼レフカメラ用マクロレンズとして話題を呼んだ製品だ。製作者はドイツHöntrop出身のHeinz Kilfittで、彼の名はRobotという名の個性的なデザインのスパイ用カメラをデザインしたことでも知られている。Heinz Kilfittは1941年にドイツ・ミュンヘンの小さい工場を買収し、光学・精密機器の生産を始めた。1947年に欧州の小国リヒテンシュタインで会社を創設すると、レンズの生産やカメラの生産を行うようになった。その後、会社はミュンヘンに移転するが1966年に米国のズーマー社に身売りし、キルフィット自身は一線から身を引いている。マクロキラーには幾つかのバリエーションが存在し、初期のリヒテンシュタイン製、これとはデザインが若干異なるドイツ・ミュンヘン製、米国ズーマー社製のマクロズーマター銘がある。今回入手したマクロキラー40mmはリヒテンシュタインで製造されたもので、前玉枠の銘板には当初の社名「Kamerabau-Anstalt-Vaduz」のロゴが入っている。
焦点距離/開放絞り値:40mm/F2.8, 最短撮影距離:10cm, プリセット絞り(絞り値:2.8-22), プリセット後は無段階での絞り設定となる。マウント部に絞り連動ピンはついていないので、ピン押しタイプのマウントアダプターを用いる必要性はない。フィルター径:29.5mm, 重量(実測値):144g, 本品はリヒテンシュタイン製でM42マウント用(純正)の仕様。
マクロキラーには2つのラインナップが存在する。撮影倍率が1/2でシングルヘリコイド仕様のモデルEと、等倍でダブルヘリコイド仕様のモデルDである。撮影倍率が大きい程、より小さな物がより大きく撮影できることになる [注1]。モデルEとモデルDの差異はヘリコイドの繰り出し長のみであり光学系は同一、シャープな写りに定評のあるテッサー型の設計である。モデルDにはエクステンションチューブ(接写リング)が1つ余分に内臓されていると考えればよいのだろう。対応マウントはM42以外にエキザクタ、アルパ、コンタレックス、レクタフレックスがある。これらの対応マウントをM42用に変更できる交換改造マウントが存在し、これを用いた改造品が中古市場に多く流通している。
回転ヘリコイドを最大まで繰り出したところ。本品はType-Eなのでシングルヘリコイド仕様だが、Type-Dの場合はヘリコイドが2段構造(ダブルヘリコイド)であり鏡胴はさらに延びる。レンズ先端の銘板上にある赤・青・黄色の3色の刻印●●●は本品が高級なアポクロマートレンズであることを印している。アポクロマートとは特殊な材質で作られた3枚のレンズを組み合わせ色収差を補正する仕組み。色滲みが出にくいと言われている
初期のモデルは開放絞り値がF3.5であったが、1958年に設計が見直され、プリセット仕様で開放絞りが明るいF2.8へとモデルチェンジした。前玉の狭い銘板内に刻まれた極小のレンズ名がいかにもマクロレンズらしい雰囲気を出している。本レンズには黒と銀のカラーバリエーションが存在する。美しいデザインで知られるスパイカメラ"ROBOT"の開発者が手掛けただけのことはあり、現代のお洒落なコンパクトデジカメに付いていたとしても何ら違和感が無い。とても50年前のものとは思えない実にモダンなデザインだ。なお、マクロキラーには中望遠の90mmの製品も存在し、こちらは40mmのものよりもだいぶお値段が高い。
- [注1]・・・撮影倍率とは最短撮影距離で撮影する際に、画像センサーに写る被写体の像の大きさが実際の被写体の何倍の大きさになるのかを表している。例えば撮影倍率が等倍のモデルDならば、画像センサーの横幅と同じ35mmの長さの虫がセンサーの幅にギリギリいっぱいに写る。つまり写真の横幅いっぱいに写るという意味だ(迫力満点だ!)。これに対し倍率1/2のモデルEは少し控えめでセンサーや写真に写る像の大きさは、これらの幅の半分程度となる。
★入手の経緯
本品は2009年9月29日にeBayにてドイツの中古レンズ専門業者から落札した。商品の解説は「エクセレントコンディションのマクロキラー。ガラスは少しの吹き傷がある程度で綺麗。絞りとフォーカスリングの動作はパーフェクト」。出品者紹介には二枚目の若いお兄ちゃんの写真が写っている。フィードバックスコア1900件中99.8%のポジティブ評価なので、この出品者を信頼することにした。いつものようにストップウォッチを片手に持ちながら締め切り数秒前に250ユーロを投じたところ、206ユーロ(2.7万円弱)にて落札できた。送料・手数料込みの総額は216ユーロ(2.82万円)である。なお本品のヤフオク相場は3万円前後、海外相場(eBay)は300-400㌦(2.7-3.6万円)。その後、落札から10日が過ぎて商品が届いた。恐る恐る商品を精査すると、中玉端部のコーティング表面に極僅かにヤケがでている。他にもレンズ内にチリがパラパラあり、お約束どうり薄っすらとヘアライン状の吹き傷もある。お世辞にも綺麗とは言えないが、実写に大きな影響はない。返品せず本ブログでのレポート後にオーバーホールに出すことにした。ガラスの不具合が改善しますようにと神社にお参りしておいた。
★エクステンションチューブ
撮影倍率が足りないときのために、ドイツのシャハト社製のエクステンションチューブ(接写リング)を購入した。このチューブはM42マウント用レンズに装着できるものだ。エクステンションチューブといっても、単なるスペーサー(要するに筒)であり構造はシンプル。補正レンズなどは一枚も入っていないので、マクロ・テレコンバータとは異なりレンズの光学性能を大きく損ねることはない。エクステンションチューブは地味なデザインのものが多いが、このチューブに限っては大変かっこいいゼブラ柄なので直ぐに目に留まった。eBayでの即決落札価格は15㌦とお手ごろだ。このチューブをポケットから取り出し、レンズとカメラマウント部の間にサッと取り付けると撮影倍率が上がる。被写体を大きく撮りたい時には重宝する。撮影倍率1/2のType-EマクロキラーでもType-D(等倍)を超える撮影倍率を実現できる。
Schacht社製エクステンションチューブ。ゼブラ柄がクラシックレンズによく似合う。3本構成となっており7通りの組み合わせが可能。様々な長さにできる
チューブ1+2を装着すると21.9mmになる。絞り値因子は2.1倍と暗めになる
エクステンションチューブを全て装着した時の様子。なんだか凄い
★撮影テスト
エクステンションチューブをポケットに入れ早速ぶらりと試写してみた。本レンズに対する前評判は以下の通り。
- 開放絞りでは焦点面の結像が若干甘い
- 絞るとテッサー型らしい鋭いシャープな描写となる
- 近接撮影時のボケはマクロレンズらしく豪快だが2線ボケがでることがたまにある
これらに加え、私が試写してみた印象としては、
- 発色はこってりと濃厚で、しっかりと出る。青が色濃い
- 色の再現性が高く、難しい中間色であっても実物に近い自然な発色が得られる
癖の少ない素晴しい描写のようだ。以下、手持ち撮影なので、多少のボケ/ブレは我慢してくださいまし。
F5.6: 被写体本来の色に近い発色だ。これはいいレンズかも・・・胸が高まる
F8: こちらも実物に近い発色である。スバラシイ!
F8 発色は若干こってり目の派手気味だが、再現性は高く好印象だ
F11 赤もたいへん鮮やかに出る
F11 最近接距離まで寄ると、このとうり複眼までバッチリ見える
F11: テッサー型の構造を持つだけありシャープな描写だ
F4 台風一過の青空。それにしても青が濃すぎないかコレ
写真(上)はレンズ単体による最短距離での撮影結果。絞り値はF8である。写真(下)はSchachtのエクステンションチューブを3本全て用いたときの最短距離での撮影結果(F値は変倍されている)。手持ち撮影なのでピント合わせは絶望的だが、ご覧の通りの高倍率だ。倍率1.5ぐらいは出ているだろうか。この草の実の紫色は難しい中間色だが、実物の色をかなりよく再現しておりスバラシイ。同じ被写体を同時代のツァイスやライカで撮影しても、こううまくは再現できない。例えば描写に定評のあるLeicaのズミクロンR 50/2で撮影した結果が下の写真。淡い赤紫色になってしまう。
Leica Summicron-R 50/2で同じ草の実を撮影した結果。実物よりも淡くなり赤紫色っぽくなってしまう。同じものをZeiss Flektogon 35/2.8で撮ると、もっと白っぽい発色になる
★マクロ撮影専用設計ってそんなに凄いのか?(工事中)
エクステンションチューブを用いれば普通のノーマルレンズでも容易に撮影倍率を上げることができ、マクロ撮影が可能になる。わざわざ高価なマクロ撮影専用レンズを手に入れる必要などないと思う人も多い。しかし、光学系が近接撮影用に設計されているマクロレンズでは、収差の補正が近接撮影時に最大の効果を生むよう最適化されている。つまり、ノーマルレンズにチューブを付けた場合よりも色滲みが少なく、シャープネスが高く、ボケもきれいになるように設計されているというわけ。ただし、ここで問題となるのは、その差が目に見えてわかるほどハッキリとしているか否かであろう。ノーマルレンズに対するマクロレンズのアドバンテージがどれ程なのか実写テストしてみたい。
比較対照を検討中です。マクロチューブをつけるノーマルレンズとして何を採用すればよいのか、いいアイデアがありましたら、ご提案ご教示ください。
★撮影環境: Kilfitt-Makro-Kilar (APO) Type-E 40mm/F2.8 (M42-mount) + EOS Kiss x3
マクロキラーは今日のマクロレンズの原型となるレンズである。とても50年前の製品とは思えない美しい鏡胴のデザイン、軽くコンパクトなボディ、高いシャープネスと優れた色再現性など、魅力たっぷりのレンズだ。熱狂的なファンが多いのもよくわかる。こうなったらレンズの状態が良くなりますようにと、もう一度お参りしておこう。