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2013/08/29

Isco-Göttingen WESTROGON 24mm F4 (M42)

人の目の視野よりも遥かに広い画角で画面の四隅にメインの被写体を捉える広角レンズ。沢山の物が写り過ぎてしまうことから常用レンズには不向きだが、ここぞという時の一発勝負で面白い構図を実現させてくれる頼もしいピンチヒッターだ。中でも特に面白いのが焦点距離25mm未満の超広角レンズで、四隅をうまく使えば複数のドラマを一枚の写真に同居させることができる。単に風景(遠景)を撮るだけなら30mm~40mmの準広角レンズでも充分だが、超広角レンズは四隅に据えたメインの被写体と画面を支配する風景を高いレベルで融合させることができるのだ。被写界深度が極めて深いため数段絞るだけでパンフォーカスにもなる。

超広角レンズの戦国時代に登場した
ISCOの弩迫力レンズ
1950年に世界初のスチル撮影用レトロフォーカス型広角レンズとなるAngenieux Type R1 35mm F2.5が登場し10年の歳月が流れた。レトロフォーカスの仕組みは単にバックフォーカスを稼ぎ一眼レフカメラへの適合を助けるだけではなく、周辺光量の減少を防いだり、ペッツバール和を抑制し周辺画質を改善させるなど、広角レンズの設計に数多くの利点を生み出すことがわかっていた。こうした長所に目をつけたレンズメーカー各社は、超広角レトロフォーカス型レンズの実現に向け研究開発にしのぎを削っていた。しかし、包括画角を広げながら写真の隅々まで一定レベルの画質を維持するのは容易なことではなく、1959年にCarl Zeiss Jena Flektogon 25mmF4とAngenieux Type R61 24mmF3.5が登場するまで、この種のレンズが焦点距離を10mm短縮させるのに10年近くもの歳月を要している。
今回取り上げる1本はSchnaiderグループ傘下のIsco-Göttingen(イスコ・ゲッチンゲン)社が1959年に発売したM42マウントの超広角レンズWestrogon(ウエストロゴン) 24mm F4である。Schneiderグループと言えばLeitzへのOEM供給として1958年にSuper-Angulon 21mmを先行投入しており、後にレトロフォーカス型広角レンズの分野にも積極的に参入している。ただし自社ブランドによる超広角レンズは意外なことにWestrogonのみであった。本レンズの第一印象はやはり強烈なインパクトを放つ鏡胴のデザインであろう。FlektogonやEurygonのゼブラ柄デザインも凄かったが、Westrogonはそれらに勝るとも劣らない堂々とした存在感である。本品には焦点距離の異なる3本の姉妹レンズがあり、準広角レンズのWestron 35mm F2.8、標準レンズのWestrocolor 50mm F1.9, 望遠レンズのWestanar 135mm F4などがWestrogonと共に市場供給されていた。これらは明らかに旧東ドイツのZeiss製品に対抗することを意識したラインナップである。その決定的な証拠はレンズの光学設計(下図)の中からも読み解くことができる。

Westrogon 4/24の光学系。1960年のチラシからトレースした。構成は6群8枚のレトロフォーカス型。Carl Zeiss Jena Flektogon 35mmの光学系をベースとしており、第2群にはり合わせ面を持つ1群2枚の色消しユニット(新色消し)この部分で非点収差と倍率色収差を強力に補正することで四隅の画質を補強し、超広角に耐えうる性能を実現したものと思われる。
光学系は6群8枚で一見複雑で独特な構成にも見えるが、よく見ると第2群のはり合わせレンズを取り除けばFlektogon 35mm F2.8(初期型1950年登場)の光学系そのもので、後群はBiometarである。つまり、Westrogonは旧東ドイツのZeiss Flektogon 35mmおよびその設計の元になったBiometarから発展したレンズなのである。第2群には「新色消し」ユニットを配置し非点収差と倍率色収差を補正(詳細は上図のキャプションを参照)、更なる広角化のために四隅の画質を補強したレンズということになる。レンズを設計したのは東ドイツのVEB Zeiss Jena社でフレクトゴンの設計にかかわったRudolph Solisch(ルドルフ・ソリッシ)という人物で、1956年にZeiss JenaからISCOに移籍している(Pat. DE1.063.826)。最前部に大きく湾曲した凹レンズを据えているのはレトロフォーカス型レンズに共通する特徴で、バックフォーカスを延長し一眼レフカメラに適合させる働きがある。また、この部分に備わった光線発散作用により第2群の新色消しユニットで補正できない球面収差を補正することができる。両レンズ間の凸空気レンズの働きを利用すれば球面収差の中間部の膨らみを叩く事もでき解像力の向上に効果がある。
 
入手の経緯
2012年12月にebay(ドイツ版)を介しドイツの写真機材店から即決価格で落札購入した。商品ははじめ179ユーロで売り出されていたが値切り交渉によって159ユーロ(+送料40ユーロ)で手中に収めた。商品の状態については、「グット。鏡胴には僅かに傷がある」と簡素であったが、このセラーは大きな問題を抱えた商品以外で「グット」と簡単に評価するのが慣例文句のようなので、状態は良好と判断。商品は1週間で届き、やはり状態の良い文句なしの品であった。今回は幸運にも安く購入できたが、ややレアなレンズなので本来は200ユーロを超える額で取引されることも珍しくは無い。しかも、中古市場に出回る製品個体はEXAKTAマウントが大半であり、M42マウントの個体が出てくることは極めて稀。本来はもっと高価なのだと思う。ラッキーな買い物であった。
重量(実測)436g, 絞り羽 8枚, 最短撮影距離 0.5m, フィルター径 82mm, 絞り F4-F22, 半自動絞り, 焦点距離 24mm, 光学系は6群8枚構成のレトロフォーカス型, EXAKTAマウントとM42マウントの2種のモデルが存在する
撮影テスト
Camera: デジタル:EOS 6D / 銀塩:minolta X-700
EOS 6Dではフォーカスを無限遠近くにあわせると後玉のガードがカメラのミラーに干渉するので、ミラーアップ・モードで撮影することが必須となる。X-700ではミラー干渉の心配はない。

超広角レンズの描写性能で特に期待を寄せる部分は周辺部の画質だ。WESTROGONの場合は四隅のごく近くで解像力が不足し、開放では若干の周辺光量落ちもみられる。ただし、歪み(歪曲収差)は非常に良く補正されており、微かに樽型だが通常の撮影では殆んど判別できないレベルに抑えられている。ハロやコマは開放でも殆んど目立たずスッキリとヌケの良い写りだ。逆光撮影には弱く、撮影条件が悪いと画面の一端(空などの光源側)からフレアが発生しコントラストが低下気味になる。カラーバランスはノーマルで、フレアさえ出なければ発色も悪くない。黎明期の超広角レンズに解像力の高さを求めるのは期待のかけ過ぎであろう。広い包括画角の全画面に渡り、破綻の無い画質を実現する事が精一杯の目標だったからである。むしろ、これだけまともに写るWESTROGONの描写性能に敢闘賞を捧げたい。
F8, EOS 6D(AWB): このスカッとした開放感は超広角レンズならではのものだ!歪みは殆んど判別できない

F8, EOS6D(AWB): ホイアンの民芸品店。ろくろ台の上に陶土を置き変形させるところ。表情はサブの被写体として四隅に配置した
F8, EOS6D(AWB): そして完成!あっという間の出際良さで、さすがに職人だ。殆んど見ずに造っていたような作業工程だった
F11, 銀塩ネガ(Fujicolor S200): 今度はフィルム撮影。とてもヌケがよくコントラストも良好だ
F8, EOS 6D(AWB): 四隅の近辺で解像力不足がみられる
F11, EOS 6D(AWB): パンフォーカスによる一枚。フレアが出やすいのは、この種の超広角レンズによくあることだ。フードを装着すれば少しは改善するかもしれない(私はケラレの心配を憂慮し未装着)。曇り空のもとフレアが発生するとコントラストは下がり気味で、淡くあっさり目の発色傾向になる。写真はベトナムの日本橋で撮影したもの。この橋はホイアンを拠点に朱印船貿易で財を成した日本人が16世紀に建てたもので、ベトナム戦争でも破壊されず、現在は世界遺産の街ホイアンのシンボルになっている






F8, EOS 6D(AWB): 橋の袂(右下)、ピンク色の壁の付根あたりに注目。四隅での解像力不足が良くわかる。この橋の近くにある屋台でカメラオタク風の3人の外国人観光客(男性)に声をかけられた。3人は既に意気投合している様子で、そこに私がカメラをぶら下げて同席したというわけだ。相手の熱いまなざしに、はじめホモの男喰家集団ではないかと恐れたが、一人はオリンパスのフォーサーズ機にMFレンズを装着したフランス人、2名のアジア人の片方がM42のTakumarをEOS 5Dに装着しており、なんだそういうことかと安心した。その後、私のWestrogon+EOS6D渡すと楽しそうに試写していた。4人でベトナム風あんみつのチェーを食べながらレンズ話に盛り上がったひと時であった


F5.6, EOS 6D(AWB): 我娘もろくろ台を使った陶器造りに挑戦。楽しそう

超広角レンズは使っていてとても楽しいアイテムである。被写界深度が極めて深く目測でもピントあわせができるので、構図を考えることに集中できる。手に入れる機会があれば今度はBIOGON 21mmあたりにもトライしてみたい。


2010/07/03

シュナイダーとイスコ 第5弾:Isco-Göttingen WESTRON 35mm/F2.8(M42) ウエストロン

ISCO Westron 35/.2.8(左手前)とCZJ Flektogon 35/2.8(右奥)

Carl Zeiss Jenaをライバル視した
WESTシリーズの広角レンズ
 1960年代初頭は東独のCarl Zeiss Jena(CZJ)社がスター軍団(FLEKTOGON / PANCOLOR / SONNAR)を揃え、技術力とブランド力において世界最高の光学機器メーカーとして君臨していた。ライバルとなるシュナイダーグループ傘下のISCO社は大胆にも東独スター軍団に良く似た名称で、安くて良く写る対抗商品(Auto WESTシリーズ)を発売し、王者Zeiss Jenaに挑んだのである。WESTシリーズの構成とスター軍団の製品の対応関係は下記のようになっている。

広角レンズ 
ISCO: WESTROGON 24mm, WESTRON 35mm
CZJ:   FLEKTOGON 20/25/35mm

標準レンズ
ISCO:   WESTROCOLOR 50mm/F1.9
CZJ:      PANCOLOR 50mm/F1.8

望遠レンズ 
ISCO:   WESTANAR 135mm/F4
CZJ:     SONNAR 135mm/F4

 WESTシリーズを世に送り出すことはISCOにとって大きな賭けであったに違いない。西独製であることを明示したWESTの名で西ドイツ国民のハートをガッチリ掴むか、さもなくば模倣品を造るダサいメーカーとしてブランド力を失墜させる事になるからだ。


Westron 35/2.8(左)と姉妹品のWestrocolor 50/1.9(右)。両者のデザインは良く似ている。AUTO WESTシリーズのレンズはどれも鏡胴が太く、フィルター径は54mmとこのクラスにしてはかなり大きめだ

 今回取り上げるのはISCOが1960年代初頭に発売したWESTシリーズの広角レンズ、WESTRON 35mm/F2.8である。同じ焦点距離を持つCZJ社のFLEKTOGON 35mmをライバルに見据えた製品だ。マニュアル・フォーカス・フォーラムという海外のマニア専門の掲示板への書き込みによると、当時のWESTRONの製造コストはFLEKTOGON 35mmの1/4程度だったという。この製造コストでFLEKTOGONの性能にどこまで迫るのか、描写の差異にも興味が湧く。

フィルター径:54mm, 最短撮影距離:0.33m, 絞り値:F2.8-F16, 焦点距離35mm, 重量(実測):252g,絞り羽根の枚数:12枚。M42とEXAKTAの2種のマウントに対応している

★入手の経緯
 本品は2009年10月にeBayにてチェコの業者が即決価格179㌦で出品していたものであり、値切り交渉により150㌦(13500円)で手に入れた。送料32㌦込みの総額は16000円程度であった。この出品者はレアなアイテムを大量に取り扱っている写真用レンズを専門とする業者だ。eBayでの成績は667件の取引でポジティブ評価が100%と優秀である。どの商品に対しても「クリーンな光学系、スムーズな(フォーカスリングの)ローテーション」が紹介文句である。商品に対する大きくハッキリとした写真を提示してくれるので、光学系の状態と外観については安心できる。商品は落札10日後に届いていたが、旅行中であったため商品を開封したのはそれから2週間後となった。開けてみるとフォーカスリングの回転がカッチンコッチンに硬く片手では回らない。返品規定にあった期限をとっくに過ぎていたので、やむを得ず所持することになった。これも何かの縁であろうと自分を慰め、ドイツカメラ専門店でオーバーホールしてもらった。
 本品の海外(eBay)での中古相場は200㌦程度(過去3件の事例)で、何と今となってはフレクトゴン35とほぼ同じ価格である。国内では流通量が少なく相場はよくわからないが、銀座のL社では過去に22000円で売られていたのを憶えている。中古市場での流通量から言えば、本品はややレアなレンズと言える。ブランド力の低い製品のため発売当時は全く売れなかったのだろう。それが希少価値を高める原因になり、製造から半世紀が経った今、ライバルと肩を並べるほどの価格で取引されているのである。

★撮影テスト
 WESTRONの持ち味は柔らかい結像と開放絞りでのしっとり感、滑らかで美しいボケ味であり、前回のブログエントリーで扱ったWESTROCOLORの傾向に良く似ている。球面収差をきっちり補正するのではなく、適度に残すことでフワッと柔らかい結像を狙っている。開放絞りではフレアやハロが発生しやすく、暗部がやや浮き気味になり、被写体表面の小さな凹凸にメリハリがなくなる。ただし、拡大表示でもしない限り解像力の低下は気になるレベルではないし、ピントの芯もしっかり出ている。良い方向に評価すれば、軟調でしっとり感のある描写を楽しむことのできる個性豊かなレンズである。一段絞ればコントラストは向上し、カリッと硬質で鋭い描写に変化する。アウトフォーカス部の結像はどのような撮影距離においても穏やかで安定している。2線ボケやグルグルボケなどのボケ癖は出ない。優れたボケ味で勝負するレンズと言えるだろう。

F2.8 DIGITAL(EOS kiss x3): 絞り開放ではコントラストが低下し、タマネギ表面の凹凸の解像がやや甘くなる。しかし、気になる程甘いわけではなく、拡大表示でもしない限りはこれで充分だ
 
F5.6 DIGITAL(EOS kiss x3): 2段も絞ればバリッと硬質化し、細部まで解像感のある描写だ
F4 銀塩(Fuji Color Super Permium 400): 背景の建物の柱がフワッと柔らかくボケている
F5.6 DIGITAL(EOS kiss x3): ボケ味は柔らかいうえに滑らかなので、大変綺麗である。ボケ癖はなく、アウトフォーカス部はどのような距離においても穏やかで素直だ
 
F2.8 銀塩(Fuji Color Super Permium 400): 屋根の瓦のしっとり感を開放絞りで上手に引き出してみた。コントラストの高いレンズでは瓦がコンクリートのように乾いた質感になってしまうことがよくある
F5.6 銀塩(Fuji Color Super Permium 400): フードを装着していても晴天下ではフレアが豪快に出る 
F5.6 DIGITAL(EOS kiss x3): 最短撮影距離だと、このくらいの倍率になる


フレクトゴン35との描写の比較
「お前は誰だ! ・・・お前こそ誰だ!!」
WESTRONとFLEKTOGONのピント面におけるシャープネスとボケ味を近距離と中距離における撮影結果で比較した。
 下の作例は開放絞りF2.8と、そこから1段絞ったF4における中距離撮影の結果である。バスの正面の丸いライトの辺りにピントを合わせている。レンズの個性が最も良く出る開放絞り(F2.8)において、両者の描写は全く異質であることがわかる。WESTRONはしっとり柔らかいのに対し、FLEKTOGONは絞り開放からバリッとシャープで、バスの表面の凹凸をキッチリ解像している。コントラストはFLEKTOGONの方が高く、暗部が落ち着いて階調表現に締まりがある。
F2.8  銀塩(Fuji Color Super Permium 400): 左側かWESTRONで右側がFLEKTOGONによる撮影結果
F4 銀塩(Fuji Color Super Permium 400): 両レンズともシャープネスとコントラストが向上している

 1段絞ったF4ではWESTRONの画像のコントラストが急激に高くなっている。中央部ピント面における両レンズの解像力は僅差だ。画像端部(例えばバスの屋根の付近)の結像はFLEKTOGONの方が、まだだいぶシャープである。WESTRONによる結果には像面湾曲収差が出ているのかもしれない。
 次にボケが大きくなる近接撮影において、絞り開放(F2.8)にける両レンズのボケ味とピント面のシャープネスを比較した。下の写真の①でピント面のシャープネスを比較し、②の部分でボケ味を比較している。

DIGITAL(EOS kiss x3): 開放絞り(F2.8)にて近距離を撮影した。図の①と②の箇所について、両レンズの描写を比較した結果が以下の画像だ

DIGITAL(EOS kiss x3): ①の拡大図。開放絞りでWESTRONの結果にはフレアが発生し、暗部が明るく浮き上がっている。フレクトゴンの方がコントラストが高く、締まりのある結果が得られていることがわかる


DIGITAL(EOS kiss x3): ②の拡大図。両レンズとも素直で自然なボケ味である。背景の木に注目すると、WESTRONの方がボケ味が柔らかく滑らかであることがわかる。シャープなレンズほどボケ味が硬いというセオリーどうりの結果なので、驚くことではない

以上、WESTRONとFLEKTOGONのボケ味と解像力について描写を比較した。両レンズは性質が違いすぎるため、優劣をつける事はできないが、アウトフォーカス部の美しさとしっとり感を優先するならばWESTRON、シャープでハイコントラストな描写を優先するならばFLEKTOGONを選びたい。


★撮影機材
Pentax MZ-3 / EOS Kiss x3 + ISCO WESTRON 35mm/F2.8 + Steinheil Metal hood(filter size:54mm)



 ISCOを含むシュナイダー・グループのレンズを取り上げ、今回が5本目となった。5本のレンズに共通する性質は柔らかいボケ味であり、どのレンズもアウトフォーカス部の結像がフワッと大きく滲んで見えた。この性質をベースにシュナイダー・クロイツナッハのXenonとCurtagonはコントラストを向上させピント面の解像力を高めたチューニングになっている。一方、ISCOの2本のレンズはボケ味の滑らかさに力を入れているようだ。どのレンズも個性的で優れた描写力を備えている。

2010/06/17

シュナイダーとイスコ 第4弾: Isco-Göttingen WESTROCOLOR 50/1.9 (M42) ウエストロカラー


庶民の味方ISCOのレンズは
安くて良く写るドイツ版タクマーでございます 

 シュナイダー・クロイツナッハ社は傘下にIsco-Göttingen(イスコ・ゲッチンゲン)という名の子会社を持つ。ISCOという社名はシュナイダーの創設者の名を含むIoseph Schneider CO.の頭文字から来ており、親会社とどういう関係にあったのか興味が絶えない。創業は第2次世界大戦前の1936年であり、ナチスドイツ政府によってシュナイダー社から分社化され、ドイツ・ゲッチンゲン市を拠点にスタートした。大戦中は航空撮影用レンズの製造を手がけおり、政府によってクロイツナッハ市の親会社から移動を命じられてやって来たA.W.トロニエの設計・指揮のもと45000個の航空写真用レンズ(ウルトロンタイプとクセナータイプ)を製造したと言われている。
ISCOとSchneiderの双方から開放F値や焦点距離のダブる同一仕様の製品が数多く発売されており、Schneiderが高級レンズ、ISCOが廉価製品を製造するという役割分担の企業イメージが一般的な認識として定着している。たしかにISCOのレンズはどれも安い(ISCORAMAだけは別格)。しかし、設計が全く異なるものばかりであり、廉価版というよりは関連の無い別のブランド製品を作っていたというのが実態に思える。
 今回取り上げる1本はISCOが1960年代前半に製造したWESTROCOLOR 50mm/F1.9という名のガウス型高速標準レンズだ。レンズの名称から本品は明らかにカール・ツァイス・イエナの高速標準レンズであるPANCOLOR 50mmを意識した製品である。ちなみに、同じ時期に発売された姉妹品(ゼブラ柄のAUTO WESTシリーズ)には超広角のWESTROGON 24mm/F4、広角のWESTRON 35mm/F2.8、望遠のTELE-WESTANAR 135mm/F3.5などがあり、これらも当時のツァイス・イエナが製造していたFLEKTOGONやSONNARのレンズ名の一部を真似た名である事がわかる。要するにISCO WESTシリーズは東独スター軍団に対する対抗商品なのである。なお、対応マウントはM42とEXAKTAの2種が用意されている。親会社のシュナイダーから類似製品(Xenon 50mm/F1.9)が出ており、本品との性質の差異に興味が湧く。

フィルター径:54mm, 絞り値;F1.9-F22 /焦点距離:50mm, 最短撮影距離:0.5m, 重量(実測):226g, 光学系の構成は4群6枚のガウス型, 絞り羽根の枚数:12
 
★入手の経緯
 本品は2010年3月1日にeBayを介してギリシャの有名・優良業者still22から購入した。商品の状態はエクセレントであり、「レンズのエレメントはすべてクリアー。絞りリングとフォーカスリングはともにスムーズで精確に動作する。鏡胴には使用感がある」とのこと。このレンズはISCOの中でも珍しいタイプであり中古市場にはあまり出回っていない。過去に出品された時には200㌦付近まで値が上がった。150㌦を投入し入札したところ何と88㌦(約8000円)で呆気なく落札してしまった。送料込みでも10000円程度だ。一体、どうしたのだろうか。有名なstill22の品なので商品の品質に大きな外れはない。届いた商品はやや羽根にオイルがまわっていたが、羽根の開閉はスムーズで支障はなく、他の部分は解説のとうりであった。

★撮影テスト
 開放絞りでは結像がやや甘くコントラストは低下気味になるものの、しっとりとした描写が楽しめる。シュナイダーの製品に良く似てボケ味が柔らかく色ノリがよい。中でも青や緑が鮮やかでとても綺麗である。絞り羽根の枚数が12枚もあり、開口部はどのような絞り値でも真円に近い形になるので綺麗なボケとなる。グルグルボケや2線ボケは出ず、どのような距離においても穏やかで素直なボケ味であることが本品の特徴だ。1~2段絞ればコントラストば向上し、結像はスッキリとシャープになる。以下作例。

F1.9 開放絞りでは結像がやや甘くコントラストも僅かに低下気味だがしっとりとしたいい雰囲気が出ている。発色はとても鮮やで安価なレンズとは思えないいい描写だ。レンズ専門のメーカーというだけのことはある
F4 2段絞ればカリッとシャープになりコントラストも向上する
F4 ボケ味がフワッと柔らかいところはシュナイダーのクセノンに良く似ているが、グルグルと流れることはなく素直で穏やかなところがクセノンとは異なる。質の高いボケ味と言える
F5.6 ややフレアが出てしまったが、絞ってしまえばコントラストは高く、階調表現もなだらかで良く写るレンズだ

F5.6 良い味出してる椅子を発見!と、ここでコントラストの高いシビアな撮影条件を試してみた。やや白飛び気味となった

★上位のモデルにあたるSchneider-Kreutznach Xenon 50/1.8との描写の比較
 WestrocolorとXenonはともに焦点距離が50mmで開放絞りがF1.9、光学系は4群6枚のガウス型レンズだ。同じシュナイダーグループから同一仕様のレンズを2本も出す必要が何故あったのか?両レンズを揃えたので、これを機に差異を調べてみた。

Xenon 50/1.9(左)とWestrocolor 50/1.9(右)。Xenonの方が一回り小さい

XenonとWestrocolorを比べると後玉のサイズはWestrocolorの方が若干大きく、Xenonの方がやや画角が広い。世にある多くのレンズは表示よりも焦点距離が僅かに長く製造されているのに対し、Xenonの焦点距離は厳密に50mmなのだと思われる。このあたりはライカと関係の深いシュナイダーならではの仕様といえる。厳密な焦点距離を持つライカのレンズに基準を合わせているということであろう。このようにXenonとWestrocolorは設計が異なるため、上位版/廉価版という関係の製品ではなく、全く別の製品のようである。
撮影結果の比較からはXenonのほうが開放絞りでコントラストやシャープネスが高くカリカリとした描写になることがわかる。対するWestrocolorは開放絞りでの描写がやや甘く、コントラストも低めのしっとりした描写だ。一段絞ればXenonとの差はなくなり、スッキリとシャープでコントラストも向上する。ボケ味は両レンズとも柔らかいが、Xenonの方がクセが強くザワザワと煩くなったりグルグル流れることがあった。

左はXenonで右はWESTROCOLOR。双方とも開放絞りF1.9で撮影した。Xenonは開放絞りでもコントラストの低下は少ない。対するWestrocolorは少し白っぽくなっている。ヌイグルミの右側の樹木を比較すると、左側のXenonはザワザワと煩いのに対し、右側のWestrocolorは穏やかだ。三脚をたてて撮影したので気付いたのだがXenonの方が少し画角が広い

ピント面の拡大写真。双方とも開放絞りF1.9での撮影結果だ。Xenonの方が解像感があるのに対しWestrocolorは結像がやや甘い
Xenon 50/1.9(左)とWestrocolor 50/1.9(右)のボケ味の比較。双方ともF1.9にて撮影した。Xenonは背景の結像がグルグルと流れている様子がわかる。Westrocolorの方が周辺部まで均質で素直なボケ味のようだ

 シャープで高コントラストなXenon、ボケ味の優れたWestrocolorという描写面での差異がよくわかった。

★撮影機材
EOS Kiss x3 + WESTROCOLOR + Steinheil metal hood (54mm特殊径)


 フィルター径が54mmと特殊なのには困った。このレンズは高級ブランドというわけではないし、純正フィルターやフードがあるわけでもない。何か理由でもあるのだろうか?偶然に手元にあったシュタインハイルのMACROシリーズの純正フードが54mm径に対応する品なので代用してみたところ・・・あんれまぁ、ピッタリお似合いですこと。

2010/03/02

BEROGON 35mm/F3.5 (M42) ベロゴン

OEMブランド第二弾

ISCO製か? 旧西ドイツで生まれた謎のレンズ

 通常、レンズの銘板には製品のブランド名に加え、製造したメーカー名の刻印が記されている。しかし、オールドレンズの中にはメーカー名の無い製品がある。例えば有名なところでは、米国のVivitarやドイツのRevuenonなどのブランド製品である。これらはいわゆるバイヤーズブランドと呼ばれるものであり、通販会社や写真機材専門店などのディーラーが中小規模の光学機器メーカーと手を組んで製品化したブランドだ。発注元のディーラーは自社の販売網を提供し、製造メーカーは覆面商品をOEM供給するという相互依存の関係になっている。覆面とは言っても、製品の特徴を見ればどのメーカーが製造したものであるのか、多くの場合には直ぐに判明する。日本製のレンズではコシナや富岡光学などの製品が有名であり、数多くの銘玉を生み出している。しかし、中には製造元が全くわからないものもある。今回入手したBEROGONはそういう類のレンズである。困ったことに手がかりすらない。
 BEROGONを手にした最初の印象は、コンパクトで洒落たデザイン、そして重量が軽いことなどである。重量は実測値でたった148gしかない。光学系の構成は不明だが、開放絞りからそこそこシャープな結像を示し、ボケ味は硬め。収差は比較的小さく、画像周辺部まで均質で整った結像が得られ、癖のない色濃く自然な発色を示すなど、テッサー型のレンズに共通する特徴を感じる。描写は本ブログでも取り上げたマクロキラーやインダスター61L/Zに近い。おそらくテッサー型をベースとし、最前面に凸レンズを追加することによって包括角を広げ、レトロフォーカス化したものが本レンズの設計ではないだろうか。対応マウントはM42に加えエキザクタが存在する。
 ドイツの掲示板には本品がISCOによって製造されたとの自信たっぷりの記述を見つけることができる。Iscoの製品にはBeroを接頭語とするBerolinaブランドがあるからだろう。証拠は提示されておらず、予想の域を脱していない。他の候補としてはプラスティックの材質やデザイン、銘板に刻まれた字体の特徴からENNA社、もしくは同社のLithagonブランドと関連の深い製造プラントではないかとも思われる。はたして製造元はどこなのであろうか。
重量(実測):148g, 絞り値/焦点距離: F3.5-22/ 35mm, フィルター径:49mm, 最短撮影距離: 0.6m, 絞り機構: プリセット。レンズ構成は不明だが、前玉が奥まったところにあるのでフード無しでもある程度はフレアを防止できる

★入手の経緯
本品は2010年2月にYAHOOオークションを通じて神奈川の個人から7500円で落札購入した。オークションの記述は簡素なものであったが写真が鮮明であり、悪い記述が見あたらなかったので、そのまま入札に加わる。オークションは6500円でスタートしたが自分を含め3人の入札があったのみで、たいして盛り上がらなかった。おかげで安く入手できた。届いた商品の状態は良く、いい買い物であった。久々にヤフオクでのショッピングだが、eBayに比べ安全度が高いことを改めて実感した。ちなみに本品のeBayでの相場は100--150㌦くらいであろう。

★撮影テスト
F3.5とやや暗めの設計だが、開放絞りから実用的な描写力を持っている。

●ピント面は絞り開放から大変シャープ
●ボケは浅く硬めのティストで、アウトフォーカス部がやや煩くなる時がある
●すっきりとヌケが良く写る
●ガラス面のコーティングが単層のため逆光には弱く、ゴーストやフレアが豪快に出る
●画像周辺部の歪みは小さく結像が流れるようなことはなかった。周辺減光も気になるレベルではない
●グルグルボケの心配は無い
●発色は濃い。癖は無く自然であり、色の再現性は良好だ

F3.5 絞り開放でこの描写とは実に素晴らしい。シャープな結像と癖のない自然な発色だ

F3.5 開放絞りにおいてもピント面には解像感がある。ボケ味は硬めなので背景がザワザワと煩くなることがある。赤や緑の発色は色濃く、色の再現性は高い

F3.5 画像周辺部まで歪みは少ない。色の再現性は高く、カメラ側の設定に頼る必要はない

F5.6 実にすっきりとしたヌケの良いレンズである
F5.6 ガラス面に施されたコーティングが単層なので、逆光に弱くフレアが出やすい。ただし、フレアも使い方によっては上手く活用できる。幻想的な写真を撮るときには好都合な場合がある

F5.6 調子にのって羽目を外すと、このとおりに火傷する。物凄いゴーストとフレアだ

F5.6 岩の質感を上手く出すのはとても難しい。乾いたコンクリートの様な岩質になってしまうからだ。全体が暗くならない程度で露出をアンダー目にとり、ギリギリの補正をかけている

無名のレンズということもありBEROGONは安物だったのであろう。しかし、高い描写力を持つ優れたレンズであることは間違いない。おそらくは技術水準の高い名のあるメーカーが供給していたはずだ。どなたか情報をお持ちの方がおりましたら、ぜひ手がかりをお寄せください。

★撮影環境:BEROGON 35mm/F3.5 + EOS Kiss x3 + PENTACON HOOD

 

なぜ癖玉や珍品を好んで手に入れるのかと尋ねられることがあるが、どうも私には子供じみた変身願望があり、それを癖玉探しに求めているようなのだ。常識では理解できない凄い癖玉を探し求めているのである。例えて言うならば、製造メーカーは不詳、外観のデザインは平凡、描写力は全く駄目という具合に冴えないレンズなのだが、特定の使い方をしたり厳しい撮影条件下にさらすとレンズ工学的に型破りな性質が発症して、他のレンズでは到底真似できないようなとんでもない描写力が引き出せるレンズである。はたして、そんな凄い癖玉に出会うことは今後あるのだろうか。