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2024/02/28

Ludwig-Dresden PILOTAR ANASTIGMAT 7.5cm F2.9 (M31 screw mount)



バブルボケレンズに変身する前玉回転方式のトリプレット型レンズ

Ludwig-Dresden PILOTAR ANASTIGMAT 7.5cm F2.9

少し前から前玉回転方式でピント合わせを行うトリプレット型レンズを探していました。焦点距離は標準レンズよりも少し長めで、開放F値はトリプレット型の性能限界にあたるF2.8前後の製品です。そうなるとターゲットは自然と中判用レンズになるわけで、結果として今回取り上げる製品に辿り着きました。かつてドイツのドレスデンにあったE.Ludwig(E.ルードヴィッヒ)社が製造し、1939年から1941年までKW(Kamera Werkstätten)社のPilot Super(ピロート・スーパー)という中判カメラに搭載する交換レンズとして供給したPilotar(ピローター)です[1,2]。

レンズの前玉回転を無限側に固定すると球面収差が過剰補正になり、この設定を維持したまま外部ヘリコイドを使用して近接域からポートレート域の被写体を撮ると、背後にバブルボケがわんさかと出るという見立てです。つまり、前玉回転式のトリプレットレンズを追えば強いバブルボケレンズに行き当たるという仮説を主張したいわけなのですが、この見立てがどれほど有効なのかを自分の目で確かめてみたくなったのです。

絞り F2.9-16, 絞り羽 17枚構成, 最短撮影距離 1m, 重量(実測) 80g,3群3枚トリプレット, M31スクリューマウント, フィルターネジはない,ピント機構は前玉回転式


さて、実際にPILOTARを手にしてみたところ、確かに前玉回転でピントを合わせるレンズでした。しかし、よく見ると繰り出されるのは前玉のみではなく、レンズの1枚目(前玉)と2枚目がセットで繰り出されていることがわかりました。想定外の事態ですが、まぁ、よしとしましょう。ところで、このレンズには何と絞り羽が17枚もありますので、絞っても綺麗な真円のボケになります。

参考文献

[1] McKeown, James M. and Joan C. McKeown's Price Guide to Antique and Classic Cameras, 12th Edition, 2005-2006. USA, Centennial Photo Service, 2004. ISBN 0-931838-40-1 (hardcover). ISBN 0-931838-41-X (softcover). p585.

[2] Instruction for using the PILOT SUPER, Kamera Werkstätten

入手の経緯

PILOTARはカメラとセットで販売されていることが多く、レンズのみが単体で売られているケースは極稀です。私は2022年10月にeBayにてレンズのみの単体を即決価格155ドルで購入しました。レンズのコンディションは「MINTY(美品)。僅かなホコリの混入はあるが、カビ、クモリ等ない状態」とのこと。廉価製品であることは間違いないので、もっと安い値段で入手したかったのですが、いくら待っても状態の良いレンズには巡り会えません。この値段は仕方ないものと判断し、諦めてポチりました。

撮影テスト

さて、いきなりですが予想が的中し、強いバブルボケレンズに出会うことができました!いつもこうである保証はないので、他にも事例を集め、普遍性を確認してゆく必要があります。

一般にトリプレット型レンズの描写はシャープネスとコントラストが高く、中心解像力が高いのが特徴で、画角を広げすぎると四隅の像が破綻気味になります。一方、今回のレンズはトリプレットらしからぬソフトな描写となっています。このような描写傾向は過剰補正型レンズの特徴で、最短側で大幅な補正不足に陥ることを見越した上で、それを打ち消すため、はじめから計画的に強めの過剰補正で設計されているものと考えられます。

球面収差が過剰補正のため、背後の点光源がボケると輪郭部に「火線」と呼ばれる強い光の輪が現れ、バブルボケを形成します。レンズを定格よりも画角の狭いフルサイズセンサーで用いた場合には、写真の四隅までバブルボケが真円に近い理想的な形状を維持しています。反対にピント部前方(前ボケ側)はフレアがたっぷりと盛られ、強い滲みを伴うソフトな描写となります。ただし、少し絞るとシャープネスとコントラストが急激に向上し、滲みは瞬く間に消え、スッキリとしたヌケの良い描写に変わります。ほんとうに絞りのよく効くレンズです。

そんなわけで、前玉回転方式のトリプレット型レンズで、まさに強いバブルボケレンズに出会うことができたわけです。デジタルカメラと中判フィルム機での撮影結果を続けて御覧ください。

 

PILOTAR x DIGITAL CAMERA

F2.9(開放) Fujifilm GFX100S (日光, フィルムシミュレーション:CC)ピント部は滲みを伴う柔らかい描写です。背後の点光源が強いバブルボケになっていることがわかります。軟調ですがフジのデジタルカメラが持つ発色傾向と相まって個性的な色味になっています。僕がフジを好んで使うのはこういう描写だからです

F2.9(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光, フィルムシミュレーション:スタンダード) バブルボケを撮る場合にデジタル中判機(GFX)では画角が広すぎるようで、写真の四隅でバブルが歪んでしまいます。あまりおすすめできません。フルサイズ機の方が相性はよさそうです

F2.9(開放)  Fujifilm GFX100S(WB:日光, フィルムシミュレーション:スタンダード) 




F2.9(開放) Nikon Zf(WB: 日光Auto) フルサイズ機で用いたほうがバブルの形は綺麗です。クッキリとした輪郭が出てり、前玉回転で強制的に過剰補正に導いた効果がよく出ています
F2.9(開放) Nikon Zf(WB: 日光Auto) 前ボケは滲み、後ろボケはゴワゴワと硬めのボケ味になるのが、このレンズの特徴です。ニコンのデジタル機なので癖はなく、自然な発症傾向です。画質の評価にニコンのカメラは適しています


F2.9(開放) Nikon Zf(WB: 日光Auto) バブルボケを発生させるには背後の遠方に光るものを捉えるだけです。時々バブルボケが出せないという相談がありますが、シャッターを押せばバブルボケが出るわけではありません。バブルボケを発生させるのは環境要因ですので、その点に留意して沢山写真をとってみてください

F2.9(開放) Nikon Zf(WB: 日光Auto)
Bronica S2のマウント部はM57スクリュー(ネジピッチ1mm)になっており、アダプター経由で他社製レンズを搭載することができます


中判6x6フォーマットでの写真作例

このレンズは中判6x6フォーマットをカバーできるよう設計されていますので、ブロニカS2で用いればレンズの性能を十分に引き出すことができます。この場合の35mm換算値は41mm F1.5です。無限のピントを拾えるようにするため、レンズをブロニカのカメラ内部に沈胴させた状態でマウントしました。こんなに沈胴させてはミラーにヒットしてしまうのではと心配なさる方もいるかと思いますが、大丈夫です。ブロニカS2は唯一無二の特殊な構造のため原理的にミラー干渉が起こりません。

F2.9(開放) Fujifilm PRO160NS(無限固定) : 遠方を開放でとるとこの通りに、かなり柔らかい

F2.9(開放) Fujifilm PRO160NS(無限固定) 中遠景ではフレアは減り、少しシャープになります

F2.9(開放)Fujifilm Pro160NS(無限固定)  ボケはこのくらいの近接でも、まだ硬くバブル気味。でも、フレアは収まった様子です

F2.9(開放)Fujifilm Pro160NS(無限固定) :開放でも、このくらい近接なら、だいぶシャープです



2009/08/07

E.Ludwig Meritar 50mm/F2.9(M42) ルードビッヒ・メリター

 
癖玉メリターはダメ玉なのか・・・

 エルンスト・ルードビッヒ社はドイツのドレスデン近郊にあった小規模の光学機器メーカーである。戦前から眼鏡用レンズやカメラ用レンズを製造しており、1972年に他社に吸収されるまでの間、エントリーレベルの安いレンズの製造を手がけていた。今回テストするメリターはルードビッヒ社が戦前に製造していた主力レンズのVictorをプリセット絞りに発展させたもので、1950年代~1960年代にExa用の標準レンズとして製造されていた。メリターはシンプルな3枚玉のいわゆるトリプレットと呼ばれる設計構造を持つテッサー型のレンズであり、エグザクタマウントとM42マウントの2種が存在する。シンプルゆえの携帯性と画質面での優位性、製造面での低コストを兼ね備えた優れた設計といえる。ドイツレンズらしい青いコーティングと一風代った鏡胴のデザインもメリターの特徴だ。最短撮影距離が80cmと寄れないのは残念。海外のWEBサイトでの評判は劣悪で、描写についてはダメ玉のカテゴリーに入っているようにも感じる。
最短撮影距離 80cm フィルター経:35.5mm 重量:126g M42マウント。本品はプリセット絞りである。マウント部に絞り連動ピンはついていないため、ピン押しタイプのマウントアダプターを用いる必要性はない

入手の経緯
 以前からトリプレット構造のレンズに惹かれていた私。メリターがかなりの癖玉だとは知らずに勢いで購入してしまった。私が入手したのはM42マウント仕様のレンズであり、2007年3月にeBayにて出品されていた。誰も入札しなかったため私の手に¥6000で寂しく落札された。銀座と新宿の中古店にもM42マウントの同じものが置いてあり1万2千円前後の値段で売られていた。
 
試写テスト
 購入後さっそく撮影してみたが、やはり凄い癖玉だというのが第一印象であった。あまりの凄さに数ショット撮影した後、そのまま部屋のどこかにしまい込んでしまったのだ。しばらく時が経ち本ブログを開設して一人で盛り上がっているSPIRAL。そんな中、メリターが蝉の幼虫のようにヒョッコリと顔をだしたので真っ直ぐに向き合うことにした。 メリターの描写性能についてまとめると、


●コントラスト幅がたいへん狭く、暗部は明るく浮き気味、明部は簡単に白トビを起こす。

●階調表現に粘りが無い。輝度の空間変化が失われ平坦になる傾向にある。例えば植物を撮影すると造花のような作り物みたいな画になってしまう。


●カラー彩度が大幅に低く異様な発色となる。まるでモノクロ写真の世界に引きずり込まれてしまいそうな、そんな結果が得られる。ちなみのこのレンズはモノクロ写真が幅をきかせていた時代に作られたレンズである。カラー写真に適したチューニングは施されていない。使い方次第では結構面白い写真が撮れるかもしれない。

●開放絞りでは中央部から解像度不足になる。ブレているのかと思うくらい結像が甘い。2段絞っても中央に解像感が得られる程度であり、シャープネスは期待ほど高まらない。これにはちょっと泣かされる。

●ボケは汚い。二線ボケも出まくる。開放では周辺部で像が流れグルグルボケがでる。収差がちゃんと補正されていないようだ。

 描写に関してはまともに評価できる箇所がまるでない。開き直って、癖を生かした写真を狙うしかない。発色だけに関しては、このレンズでしか撮れない異様な写真が得らそうだ。
なんかだか変な発色。彩度がとっても低い。まるでモノクロ写真をカラー化したような画像だ。 f4

ハイライトに粘りが全くなく、植物の実の部分が白とびしている。コントラストが高い画像でもないのにいったい何なのか?暗部も締まりがなく、明るく浮いている。同じ構図をPancolarやHeligonのテスト撮影の時にも撮影したので比較して欲しい。時期が1ヵ月ほど後のため花が散り実になってしまったが・・・ f5.6

開放絞りでの撮影結果。シャープさに乏しくボケも汚い。暗部に締まりがない。紫の発色も現物より淡い f2.9

上の写真のレベル曲線。勿論無修正のままだ。明部も暗部もちゃんと出ていない。明暗幅(コントラスト)がたいへん狭い

遠方の植木の緑を見て欲しい。階調変化が不自然で、まるで造りものみたいな気持ち悪い画になっている。何かが出てきそうな恐ろしげな発色だ f5.6

暗部にしまりはないものの、時にはこういう具合にましな描写を示すこともある f5.6

昼下がりの東戸塚西武 f8: メリターは発色に爆弾を抱えている。彩度が急降下し異様な画像になることが度々ある。この爆弾がいつ、どのような条件下で炸裂するのか、もうすこしテストを繰り返し真相を探ってみたい。 
撮影機材: E.Ludwig Meritar 50mm/F2.9 + Eos Kiss x3

 癖玉とは必ずしも高性能ではないが描写に個性を持ち、使い方次第で撮影者の表現意図がより一層強調できるレンズとされている。メリターが持つ薄気味悪い発色は間違いなくこのレンズの持つ個性である。これをどうやって生かすかが、癖玉なのかダメ玉なのかの分岐点になる。メリターを通して見た画像は、確実にリアルであるが何となく作り物のように見えてしまう。それを見る者に密かに気付かせ、それが偽物ではあるまいかと心のどこかで疑わせるよう企てられた魔物の住む写真。このレンズを用いると、そんなものが撮れそうだ。メリターは魔物を映し込むレンズになれるかもしれない。