おしらせ


2015/07/31

Rodenstock Heligon 80mm F2.8 (Graflex XL)


知人からGraflex用のRodenstock Heligon(ローデンストック・ヘリゴン) 80mm F2.8を半日だけお借りし試写させてもらうことができたので軽く取り上げることにした。このレンズは2012年にeBayを介して写真機材専門業者から290ドルで入手したとのことだ。

 駆け足プチレポート 3 G.Rodenstock Heligon 80mm F2.8 (Graflex XL)
米国Graflex社が1965年から1973年にかけて生産した中判カメラのGraflex XLにはPlanarとHeligonの2本の交換レンズが用意された。勘の良い方は「オヤッ?」と思う事であろう。定番のXenotarではなくHeligonだからである。Xenotarと言えば質感を細密に写しとるシャープな描写で人気を博しRolleiflexやLinhofなどに供給され、Planarと双璧をなした名レンズである。ところが、Graflex XLではHeligonが選ばれた。理由を探るためGraflex XLの1967年のカタログを当たると「有名なZeiss Planarか新製品のRodenstock Heligonが選択可能だ。1本選ぶなら先ずは求めやすい価格で驚くほど高い性能を備えたHeligonをおすすめする」と当時の新型レンズHeligonを大きくとりあげ絶賛している。かつてプレスカメラ界の雄とまで言われたGraflex社が競合他社を相手に巻き返しをはかるには、独自色を強く打ち出しRolleiflaxやLinhof、Hasselbladに流れたユーザー達を呼び戻さなければならなかった。Rodenstockを採用したのは新型レンズの導入にその命運をかけたからではないだろうか。何だかとても良く写りそうな気配が漂うレンズである。
重量(実測)200g, F2.8-F32, 構成 6枚(Graflex xl catalog in 1967参照), 最短撮影距離 2.5ft (75cm), 推奨イメージフォーマット 中判6x7cm, フィルター径 40.5mm, 絞り羽 5枚構成, シャッター XL Compur (B,1-1/500s), レンズ名はギリシャ語の「太陽」を意味するHeliosに「角」を表すGonを組み合わせたのが由来とされている


撮影テスト
開放から破綻なくキッチリと写り、滲みやフレアはほぼみられない。コントラストが高くシャープでヌケの良いレンズである。シャープネスとコントラストはグラフレックス版Planarよりも高い印象をうける。発色は鮮やかで力強くカラーバランスも悪くないが、グリーンのハイライト域に粘りがなく黄色に転びやすい性質は以前取り上げたHeligon 50mm F1.9にもみられる共通の傾向である。解像力は良好であるが、背後のボケは開放でやや硬くザワザワと煩くなることがある。これは解像力を追求したことによる反動であろう。背後のボケがブワーッと力強く拡散し、前ボケが柔らかくとろけるようにみえるあたりは、いかにも大口径のダブルガウス型レンズにみられるボケ味であるが、この性質が中判用レンズでも観られたのはある意味で斬新であった。レンズ構成についてはGraflex XLの1967年のカタログに6枚という記載があるので恐らくダブルガウスであろう。今回は時間の関係により35mmフォーマットのみでの撮影だったので、周辺部の画質やグルグルボケについては評価できない。
F8 Nikon D3 digital,AWB: ブワ~ッと勢いよく拡散する背後のボケと、とろけるような前ボケ。ダブルガウス型レンズがなつかしい。発色は鮮やかで力強い
F4  Nikon D3 digital,AWB: スッキリとヌケが良くコントラストも良好である
F2.8(開放) Nikon D3(AWB): 開放では背後のボケがやや硬くザワザワと騒がしくなるが、ピント部はシャープで高解像だ
F2.8(開放) Nikon D3:解像力が十分にあり、開放でもキッチリと写るレンズであることがわかる

2015/07/27

Carl Zeiss Planar 80mm F2.8 for Graflex XL (グラフレックス・プラナー)




Planar(プラナー)と言えばRolleiflex (ローライフレックス)やHasselblad (ハッセルブラッド)に供給されたレンズがその後のプラナーの評価と人気を決定付けたモデルとして有名であるが、Linhof Technica (リンホフ・テヒニカ)やGraflex XL(グラフレックスXL)に搭載され商業写真や報道写真の分野で活躍したモデルも忘れてはならない存在である。線が細く軽やかでエネルギッシュな描写傾向は戦後のオールドプラナーに度々みられる持ち味の一つであるが、こうした描写傾向はグラフレックス版プラナーにおいてもみられるのであろうか。

駆け足プチ・レポート2
Carl Zeiss Planar 80mm F2.8(Graflex XL)
報道用カメラのSPEED GRAPHIC (通称スピグラ)で名を馳せた米国Graflex(グラフレックス)社。今回取り上げるレンズは同社が1965年から1973年にかけて生産したGraflex XLという中判カメラに対し、旧西ドイツのCarl Zeissから供給された交換レンズである。このカメラに対してはG. Rodenstock (ローデンストック)社からもHeligon (ヘリゴン) 80mm F2.8が供給されており、Planar 80mmとHeligon 80mmがメインストリームレンズという扱いでカメラのカタログに並んで収録されていた。カタログではHeligonについて「求めやすい価格で驚くほど高い性能を備えたレンズ」「ブライダルフォトグラファーの最初の1本に最適」と紹介した上で、Planarについては上位のモデルという位置づけで「色再現・解像力・コントラストにおいて最高画質を求めるならばベストな選択だ」と絶賛している。今回のレンズは何だかとても良く写りそうな予感がする。

レンズの設計構成はGraflex XLの1967年のカタログ[文献1]に5枚と記載があるのみで詳しいことは明らかにされていない。さっそくガラスに光を通すと前群側には明るい反射が4つ、後群側には明るい反射が4つと暗い反射が1つあり、4群5枚の逆ユニライト(逆クセノタール)タイプであると判断できる。このタイプのレンズについてがはZeissのJ.Berger(ベルガー)とG.Lange(ランゲ)による1950年代初頭の研究があり、構成図の米国特許が複数公開されている[文献2-4]。

左はレンズを前玉側からみたところで4つの明るい反射がみられるので構成は2群2枚、右はレンズを後玉側からみたところで4つの明るい反射①②③⑤と1つの暗い反射④がみられるので2群3枚である。構成は明らかに4群5枚の逆Uniliteまたは逆Xenotarであると判断できる


Graflex XL Planarの特徴は後玉が前玉よりも大きい事と包括画角(対角線画角)が58°とやや広い事である。こうした条件にあう構成図を探すと、ZeissのG.Langeによる1954年の米国特許[3]の中の1本が当てはまる(下図)。Langeは有名なRolleiflex 2.8C用Planar (1954年登場)を設計した人物でもあり、J.Bergerと共にHasselbrad 500C用のPlanar 80mm F2.8(1957年登場)の設計にも取り組むなど、プラナーブランドの育ての親と呼べる設計者である。Graflex XL Planarと同一構成で後玉の大きいモデルとしては他にもLinhof TechnicaのPlanarがある。Linhof用とGraflex XL用は生産された時期が近く、イメージサークルやレンズ構成の一致に加え、ラインナップの共通性、前・後玉のサイズや曲率の類似性など共通項は多い。おそらく両者の設計は同一であろう。

G. Lange, US Pat 2799207(1957), FIG.1からのトレーススケッチ。Graflex Planar 80mm F2.8と100mm F2.8の設計構成の原型と考えられる。前玉外側と後玉外側の2面の曲率操作のみでコマの補正をおこなうことができる
Graflex XL用レンズのラインナップには95mmや100mmの焦点距離を持つモデルもある。これらは中判6x7フォーマットでライカ判の標準画角に相当するレンズであり、本来ならばメインストリームレンズになるところだ。しかし、実際には80mmの準広角モデル(ライカ版の焦点距離39mmに相当)の方が多く出ていた。理由は80mmのレンズの方が丈が短く、それまで主流だったフォールディングカメラにギリギリ内蔵できたためである。また、被写体までの距離を詰めることでフラッシュ光を効果的に利用できるというメリットもあった。中判カメラを用いる写真家達の間では80mmの焦点距離が当時の定番となっていたようだ。
 
入手の経緯
レンズは20119月にヤフオクを介してrakringjpさんから落札購入した。商品の解説は「目立つキズはなく美品。些少のスレはあるが打撲キズはない。レンズに目立つキズ、クモリ、カビなどはない。前玉裏側中央に気泡、中玉に僅かにホコリがある。いろいろな部品を組み合わせM42マウントに改造している」とのこと。グラフレックスXLPlanarは後玉径がとても大きく改造の難度は高いはず。どうやってM42マウントに変換しているのかにも興味があった。見ると改造に用いられているパーツやヘリコイドは全て日本製のBORGブランドであり、部品点数も多い。重量級のレンズなので高耐久な部品で固められているのであろう。改造は技巧に富んでおり、相当なアイデアと製作コストが費やされているように感じられた。オークションは予想どうり数人による激しい争奪戦になったが、最後は43800円で自分のものとなった。届いたレンズを改めてみると巨大な後玉を通すために太いヘリコイド(BORG 7757, M57 Helicoid S)が用いられており、ヘリコイドの内径が大きく広げられているなど手の込んだ改造が施されている。貴重なレンズが手頃な価格で手に入り、とてもいい買い物であった。
 
フィルター径: 49mm, 絞り指標: F2.8-F22, 構成: 4群5枚, コンパーシャッター(1/400s),  最短撮影距離 0.75mm, 推奨イメージフォーマット: 中判6x7cm(カタログ値), 重量(実測): 460g (改造品のため部品込), 写真の左と中央ではマウント部の部品を外し後玉を露出させている。右はすべての部品を装着しM42マウントにしたところ




参考文献
[1] Graflex XL (1967) Graflex Inc.; グラフレックスXLカタログ
[2] Rudolf Kingslake, A History of the Photographic Lens; ルドルフ・キングスレーク「写真レンズの歴史」 朝日ソノラマ
[3] Gunther Lange, US 2799207 (1954)
[4] Gunther Lange, Johannes Berger, US 2744447 A (1953)
[5] 「オールドレンズレジェンド」澤村徹 著、和田高広 監修 翔泳社 2011年

撮影テスト
軟調系レンズなのにスッキリとヌケが良く発色も力強い。こうした反則的な性質はグラフレックス版プラナーの大きな魅力である。
開放ではピント部を僅かなフレアが纏い、線の細い繊細な描写となる。このためコントラストが低下しシャドーが浮き気味になるが、中間階調は豊富に出ており、発色が淡泊になったり濁ったりすることはない。ハイライトの階調には粘りがあり、露出をハイキーに振っても白とびを起こしにくいため、気持ち良く伸び上るダイナミックなトーンを捉えれば力強く鮮やかな発色と相まって、このレンズならではの素晴らしい描写表現が可能である。良く晴れた日に屋外で用いれば、軽やかでエネルギッシュな写真表現に出会うことができるであろう。
解像力は充分なレベルであるが、補正をチューンし過ぎていないあたりが特徴のようで、背後のボケは適度に柔らかく2線ボケ傾向にも陥らない。「質感の細密描写に偏重しすぎず、あくまでも叙情性を残す」。Graflex Planarはオールドプラナーの描写理念を正しく受け継いだツァイスの正統派レンズである[文献5]。

デジタルカメラ(35mm版フルサイズ機)での写真作例
Camera: Sony A7 / Canon EOS 6D
Image circle trimming tool
F2.8(開放), Sony A7(AWB)+イメージサークルトリミングツール: 近接では線が細く軽やかでエネルギッシュな描写傾向だ
F2.8(開放), sony A7(AWB)+イメージサークルトリミングツール:階調がなだらかなうえハイキーに振っても白とびを起こさずに階調が粘ってくれる
F2.8(開放), EOS 6D(AWB)+イメージサークルトリミングツール:ピント部は四隅まで安定しておりヌケも良い。ここまで開放で3枚撮ったが不安材料は全くない。開放でポートレート域を撮ると距離によっては極稀にグルグルボケがみられることがある

F4, EOS 6D(AWB)+イメージサークルトリミングツール:晴れた日に持ち出し少しハイキー気味に撮ると、雰囲気良く写る

中判6x7フォーマットの銀塩カラーネガフィルムによる撮影
Camera:  Graflex Pacemaker Speed Graphic(4x5) +Horseman Rollfilm holder 6x7cm
Film: Fujifilm Pro160NS (120 rollfilm)

続いてカラーネガフィルムによる撮影結果を示す。レンズの推奨イメージフォーマットは中判6x7cmである。スピグラに中判120フィルム用のロールフィルムバックを装着し定格イメージフォーマットで撮影した。
F8,  銀塩撮影(Fujifilm Pro160NS カラーネガ, 6x7 medium format ) 伸び上がるハイライト部のグラデーションを大きくとらえることで、エネルギッシュな描写表現が可能である
F8,  銀塩撮影(Fujifilm Pro160NS カラーネガ, 6x7 medium format )
F2.8(開放), 銀塩撮影(Fujifilm Pro160NS カラーネガ, 6x7 medium format)
F2.8(開放), 銀塩撮影(Fujifilm Pro160NS カラーネガ, 6x7 medium format) 開放でこれだけ写れば充分ではないだろうか
F4  銀塩ネガ撮影(Fujifilm Pro160NS, 6x7 medium format ) ボケは概ねどのような距離でも安定しており、適度に柔らかい


 銀塩カラーネガフィルム(35mm判)での写真作例
Camera: Yashica FX-3 super 2000(M42マウント仕様)
Film: Fujifilm Superia Venus 800 and Kodak Ultra Max 400

今回入手したPlanarはM42マウントに改造されているので、一眼レフカメラでも使用することができる。せっかくなので35mmのカラーフィルムで撮影した結果も提示しておく。もともと中判用のレンズではあるが、35mmフォーマットで用いても画質的に無理はなく、撮影結果は良好である。やはりハイライト部が美しいレンズであるという印象に変わりはない。
F4,銀塩カラーネガ( Fujifilm Superia Venus 800/35mm判) 



F4, 銀塩カラーネガ (Kodak Ultramax 400/35mm判)












2015/07/08

Schneider Kreuznach Cine-Xenon 25mm F1.4 Arriflex Standard mount

駆け足でプチ・レポート 1 Schneider Kreuznach Cine-Xenon 25mm F1.4
オールドレンズ写真学校の生徒さんに頼まれeBayでお買い物・・・。購入したのはドイツのSchneider(シュナイダー)社が生産したシネマ用レンズのCine-Xenon(シネ・クセノン)である。入札を代行し購入を手伝ったご褒美に1日だけ試写させてもらえる事になった。Xenonにはスチル撮影用からプロジェクター用まで実に様々なモデルが存在するが、今回紹介するのは映画(シネマ)撮影用レンズでドイツのARRI社が生産した16mm映画用カメラのArriflex(アリフレックス)に搭載する交換レンズとして供給されていたモデルである。撮影した映像は大画面のスクリーンに投影されるため、この種のレンズにはスチル撮影用を遥かに凌ぐ高い性能が求められていた。シリアル番号をたどると本品は1960年頃に製造された個体であることが判る。レンズ構成は4群7枚でダブルガウスからの発展型である[文献2]。
Arriflex Cine-Xenon F1.4の光学系。構成は4群7枚のズミタール型で、前玉が色消しの張り合わせ(たぶん旧色消し)になっている。分厚い前玉の第1レンズのおかげで、かなりの明るさを稼いでいるようだ。絞りに接する両側のガラス面の曲率差(曲がり具合の差)でコマ収差を補正している。文献2からのトレーススケッチである
最短撮影距離 0.35m, 重量(実測) 147g, フィルター径 49.5mm前後, 絞り値 F1.4-F22, レンズ構成 4群7枚(文献1,2参照), 絞り羽 5枚構成(形状は6角形), Arriflexスタンダードマウント。本品はシリアル番号6144888(1960年前後製造)の前期モデルである。1000万番あたりから後ろの後期モデルではM4/3機での使用時にケラれが顕著に目立つそうである
参考
入手の経緯
レンズは2015年6月5日にデンマークの個人出品者から落札購入した。この出品者は写真機材ばかりを取り引きしており205件の取引でポジティブ・フィードバック100%の優秀な成績を残していた。オークションの解説は「中古だが、とてもよいコンディションで、フォーカス機構、絞り機構は良好に機能している。アダプターを用いてデジカメで使用可能」とのこと。スマートフォンの自動スナイプソフトにて最大額を約40000円に設定し放置したところ30500円+送料3000円で落札することができた。届いたレンズは外観がパーフェクトでガラスも小さなクリーニングマークが1本あるのみと経年品にしては良好な状態であった。

撮影テスト
シネマ用に設計されたモデルと言うだけのことはあり、少し絞ってからの解像力は圧倒的で、スチル撮影用レンズとは別次元の高密度な描写を体感することができる。イメージサークルは16mmシネマ用フィルムを想定したサイズにデザインされているが、少し余裕がありマイクロフォーサーズ機で用いても四隅が僅かにケラれる程度で、実用性に大きな支障はない。解像力は非常に高く、コントラストや発色は良好で、とてもシャープな像が得られるレンズである。収差設計はやや過剰気味で、その反動のためポートレート域で人物などを撮ると背後のボケがやや硬くザワザワと騒がしくなり2線ボケも出る。一方、前ボケは柔らかく、近接域で草花を撮影する場合には背後のボケも柔らかい。開放付近ではややグルグルボケも発生するが、これはイメージサークルを目一杯まで活用しているためである。少し絞れば全く目立たなくなる。
F4, Pen E-PL6(AWB): 解像力が高く緻密な描写である。中央部を拡大したのが下の写真



上の写真の一部を大きく拡大し切り出しているにも関わらず依然としてギッシリとした密度感が保たれている。スチル撮影用レンズとは別世界の圧倒的な解像力に開いた口が塞がらない・・・

F2.8, Pen E-PL6(AWB): コントラストや発色は良好でXenonらしい清楚な写りだ。マクロ域でのボケ味は柔らかい


F2.8, Pen E-PL6(AWB): 開放から2段絞るだけでかなりシャープな像である。やはり解像力はとても高い。ポートレート域になると背後のボケはザワザワと騒がしく、被写体の種類によっては2線ボケ傾向もみられる。中央を拡大したものが下の写真である


上の写真の拡大。高解像だ。怖いもの見たさの真剣な眼差しに将来は大物になる予感のするワンショットだ



絞りは不明, Olympus Pen (AWB): 最近は多重露光にも少しハマりだした。この写真はオールドレンズ写真学校の撮影会での1コマ。作例が不足していたので現所有者からも提供していただいた

F1.4(開放), Olympus Pen(AWB):  これもオールドレンズ写真学校の撮影会での1コマで、レンズの現所有者から頂いた写真だ。ちなみに被写体は




2015/07/03

Dallmeyer Speed Anastigmat 1inch(25.4mm) F1.5 C-mount






シネレンズ界の沼底に鎮座するマニア垂涎の一本
Dallmeyer speed anastigmat 1 inch (25.4mm) F1.5, c-mount
一部のレンズマニアたちがレンズの構成に惹きつけられて止まないのは、一つには知的好奇心で、そこに何か特別な意味を見出だそうとしているからであろう。今回取り上げるDallmeyer(ダルマイヤー)社の16mmシネマ用レンズSpeed Anastigmat (スピード・アナスティグマート)も手に取る者達を魅了し、虜にし、時には裏切り、狂喜させる罪深き魔性のレンズと呼ぶことのできる一本である。オークションでのレンズの中古相場は10万円前後とCマウント系レンズとしては比較的高価な部類にはいる。はたして、このレンズはオールドレンズ・ライフを豊かにするための道しるべとなりえるのか、それとも破滅への罠か。
レンズの構成はPaul Rudolph(パウル・ルドルフ)博士が1922年に考案したKino-Plasmat(キノ・プラズマート)と同一であり、下図のように大きく湾曲した凹メニスカスを絞りを挟んで対称に配置した独特な設計形態となっている。キングスレークの「写真レンズの歴史」(朝日ソノラマ)[文献1]にはKino-Plasmatタイプの構成に対する解説があり、「凹メニスカスをこのように配置することは球面収差の補正にきわめて有効であるが、画角が制限される。ただし、映画用として使うぶんには画角は狭くてもよいので、この点は問題にならなかった」と述べている。自分なりには周辺画質にある程度の犠牲をはらい中心解像力の高さと明るさを優先的に追求した冒険心溢れるレンズであると解釈することにした。F1.5の明るさを僅か6枚の構成で実現するというのは、たいへん画期的なことだったのであろう。

Speed Anastigmatの構成図 ( 文献[3]からのトレーススケッチ )
Speed Anastigmatとの出会いは2013年夏に京都で開かれたお散歩撮影会でのことである。神賀茂神社を回るグループでご一緒したホロゴンさんという方がこのレンズをPanasonicのミラーレス機につけて楽しんでいた。写真を拝見するとかなり面白そうな写りだったので興味を持つようになり、それ以来、レンズをeBayで探すようになった。ところが中古相場は1000ドル前後とCマウント系レンズにしては例外的に高く、火遊びをするにはやや危険な価格帯であった。手に入れるチャンスが転がり込んできたのは、まさに諦めようとしていたその時である。
重量(実測)124g(フード込で137g), 最短撮影距離 30cm, 絞りF1.5-F16, 絞り羽 8枚, Cマウント, 構成 4群6枚(キノプラズマート型), 推奨イメージフォーマット 16mmシネフィルムおよびSuper 16mmシネフィルム(拡張時), イメージサークルはフードを除去した場合においてAPS-Cをカバーできる


入手の経緯
このレンズは2014年3月にeBayを介してブレゲカメラ東京オフィスから落札購入した。全く同じレンズがヤフオクでも90000円のスタート価格(110000円の即決価格)で売り出されていたが、こちらはパスし、スタート価格が低く設定されているeBayでの落札を狙うことにした。オークションの記述は「Cマウントレンズのダルマイヤー・スピード・アナスティグマート。イメージサークルはAPS-Cセンサーをカバーすることができ、アダプターを用いてソニーNEXシリーズやオリンパス/パナソニックのMicro 4/3機に装着し使用できる。外観のコンディションはA/B++(エクセレント++)で、写真に提示するように鏡胴には中古品相応の使用感がある。光学系にキズ、クモリ、カビはなく、ピントリングやヘリコイドリングの動作にも問題はない。純正フードが付属する」とのこと。状態は良さそうである。eBayやヤフオクでの中古相場は900~1000ドル程度である。スマートフォンの自動入札ソフトでスナイプ入札を試みたところ、驚いたことに510ドル(5万5千円前後)で落札することができた。送料は世界各地へ一律30ドルと提示されていたが、今回は国内への発送なので送料の変更をリクエストし10ドルにしてもらうことができた。届いたレンズは僅かなコバ落ちのみで拭き傷すらなく、経年を考えると素晴らしい状態であった。
 
参考文献
[1]  Rudolf Kingslake, A History of the Photographic Lens;ルドルフ・キングスレーク著『写真レンズの歴史』朝日ソノラマ
[2] US Patent 1565205 (1922)
[3] Arthur Cox, THE MANUAL OF PHOTO TECHNIQUE (1943), P.153
 
撮影テスト
このレンズは中心解像力が高いことに加え、開放ではフレアや滲みが強く発生するのが特徴である。逆光で用いるとしっとりとした湿気感の漂う雰囲気たっぷりの写真が撮れる。また、コントラストがたいへん低く発色も淡いので、ハイキー気味に撮影すると被写体を取り巻く空間をどこか現実離れした白昼夢のような世界に変えてしまう面白さがある。とても個性的な写り方をするレンズである。ただし、撮影条件に敏感で描写コントロールがとても難しいので、慣れないうちは期待どうりの写真を得ることができず苦労するかもしれない。上級者向けのレンズであることは明らかである。定格イメージフォーマットは16mmシネマ用フィルムである。M4/3機やAPS-C機など大きなイメージセンサーを持つデジタルカメラで使用する場合には、写真の四隅に向かって本来は写らない領域まで広く写るため、収差による画質の破綻が四隅で著しく目立つようになる。具体的には非点収差の影響による解像力の低下とピント部背後でのグルグルボケ、前方での放射ボケである(下の写真)。こうした画質の破綻にはシュールな雰囲気をつけ添える効果があるため、上手く利用すれば先の湿気感やデイドリームと相まって素晴らしい写真表現が可能である。なお、F2.8まで絞ればピント部の滲みはほぼ収まりコントラストが向上、F4まで絞ればフレアも消えスッキリとヌケのよい像になる。ここまで絞ると中心部はかなりシャープである。

撮影機材
Fujifilm X-Pro1 + C-Fxマウントアダプター(中国製ノンブランド)
Olympus Pen E-PL6 + muk selectオリジナル Cマウント-Penアダプター
上の写真はAPS-Cセンサーを搭載したX-pro1においてアスペクト比1:1のイメージフォーマット(15.6x 15.6mm)で撮影した写真である。レンズの方は16mmシネマ用フィルム(10.3x 7.5mm)に準拠した設計であり、これより大きなイメージフォーマットのカメラで用いると周辺部に激しいグルグルボケと放射ボケが出る。しかし、本来は写らない領域なので、これらがレンズ本来の特徴であると考えるにはやや無理がある。中央部を16mmシネフィルムの大きさに合わせトリミングすると、グルグルボケは大きくは目立たないレベルに収まっていることがわかる


Fujifilm X-Pro1(APS-C機)での撮影テスト
本品は16mmシネマカメラ用として設計されたレンズであるが、イメージサークルにはかなりの余裕があり、付属品の純正フードを外せばAPS-Cサイズのイメージセンサーにも対応可能である。フードをつけた場合には写真の四隅がケラれるが、カメラの設定でイメージフォーマットをアスペクト比1:1の正方形に変えてしまえば問題はない。とにかく雰囲気のよくでるレンズである。
F1.5(開放), Fujifilm X-Pro1(Aspect ratio 1:1, AWB): 絞りを開けるとモヤモヤとしたコマフレアが増え、しっとりとした印象の写りになる
F1.5(開放), Fujifilm X-Pro1(Aspect ratio 1:1, AWB): 開放では滲みもよくでる。F4まで絞る場合はこんな風に写る。私は開放描写の方がどちらかと言えば好きだ

F1.5(開放), Fujifilm X-Pro1(AWB, セピア): 純正フードをつけるとAPS-C機ではこの通りに四隅がケラれるが、逆にそれを活かすのも面白い。このシーンはカラーでも撮っており、こんな風に写る

F2.8, Fujifilm X-Pro1(Aspect ratio 1:1, セピア): 中心解像力は高く、繊細な写りである
F1.5(開放), Fujifilm X-Pro1(Aspect ratio 1:1, AWB, セピア): ややハイライト気味に撮影しフレアを際立たせている。いわゆる現代レンズ風な意味での「高描写」とはかけ離れた写り方をするレンズなので印象で勝負することになる
F5.6, Fujifilm X-Pro1(Aspect ratio 1:1, AWB): 絞り込んでも遠方撮影時にはモヤモヤ感が残る
F2.8, Fujifilm X-Pro1(Aspect ratio 1:1, AWB): 白昼夢。何かが写っていそうな気分になる不安感の残る写真だ。ごく一般的なレンズでこの場面を狙うなら人を入れて撮るのが定石であろう。しかし、このレンズを用いるならば話は別となる。どこか非現実感が漂い、しかし、ギリギリ現実の世界にとどまっているような画づくりは見るものを釘づけにするに違いない


 F2, Fujifilm X-Pro1(AWB): 四隅の妖しい写りを利用
F1.5(開放), Fujifilm X-Pro1(Aspect ratio 1:1, AWB):  グルグルボケもこのレンズによる重要な写真表現のひとつだ

F1.5(開放), Fujifilm X-Pro1(Aspect ratio 1:1, AWB): 植物の葉と点光源ボケの境目を融合させている
F1.5(開放),  Fujifilm X-Pro1(AWB): しかし、本当によく回る・・・

F1.5(開放), Fujifilm X-Pro1(AWB): 時々ワープが起こるのも、このレンズの面白いところ。これはピント部前方に発生する放射ボケによるものである














Pen E-PL6(M4/3機):アスペクト比3:4
オリンパスのPenシリーズは写真のアスペクト比を設定することにより様々なイメージフォーマットに対応することのできる魅力的なカメラである。中でも特に有用性が高いと考えられるのはアスペクト比3:4(13x9.8mm)であり、Speed Anastigmatの規格である16mmシネマ用フィルム(10.3x7.4mm)や拡張規格のSuper 16mmシネマフィルム(12.5x7.4mm)に近いため、レンズ本来の画質が得られるのである。
F4, Pen E-PL6(AWB, Aspect Ratio 3:4): 絞ればスッキリとヌケが良く、かなりシャープである

F2, Pen E-PL6(AWB, Aspect Ratio 3:4): この通りポートレート撮影でも十分に威力のある写りである
F1.5(開放),  Pen E-PL6(AWB, Aspect Ratio 3:4): 絞りを全開にすると良像域は中心部のみとなり、中心から外れたところでは荒々しい像の流れに見舞われる


Pen E-PL6(M4/3機):アスペクト比16:9
続いて写真のアスペクト比設定を16:9に変え、少し大きなイメージフォーマットで撮影をおこなった。これぐらいのイメージフォーマットになると四隅の乱れがだいぶ目立つようになる。
F2.8, Pen E-PL6(AWB, Aspect ratio 16:9): フレアをともなう妖艶な写りである
F2.8, Pen E-PL6(AWB, Aspect ratio 16:9): あまり見すぎると乗り移ってきますよ。ホラ


F2.8, Pen E-PL6(AWB, Aspect ratio 16:9) : 中心部から写真の四隅に向かって画質の破たんが急激に進む。まるで急な坂道を転がり落ちるようである

F1.5(開放), Pen E-PL6(AWB, Aspect ratio 16:9, 階調補正:黒締め): セルフポートレート