おしらせ

 
おしらせ

オールドレンズ写真学校11月ワークショップ
今月は11月23日(祝)に井の頭自然文化園で開催されます。すでに申し込みが殺到し、定員オーバーのためキャンセル待ちになっているようです。

オールドレンズ女子部
12月2日(土) 東京ドームシティ イルミネーション撮影散歩&お茶会 詳しくはこちら

TAIR-41Mのブログエントリーに写真を追加
Oo.ema.oOさんにオリンパスPENで撮影したタイ―ル41M(前記モデル)の写真を提供していただきました。

2015/11/12

Carl Zeiss Jena Tessar 12cm f6.3(初期型 Bテッサー)*



Zeissの古典鏡玉 part 4〔最終回・番外編〕
1886年にZeissのErnst Abbe(エルンスト・アッベ)とOtto Schott(オットー・ショット)は後のレンズ設計に革新的な進歩をもたらす新しいガラス硝材の開発に成功した。その硝材は原料にバリウムを加えることで透過光の分散(色滲み)を抑え、しかもレンズの屈折率を大幅に向上させるというもので、イエナガラス(新ガラス)と呼ばれるようになっている。イエナガラスを光学系の凸レンズに用いれば像面特性を規定するペッツバール和の増大を抑えることができ、従来のクラウンガラスとフリントガラスでは困難とされてきたアナスチグマートの実現が、いよいよ現実味を帯びてきたのである。4年後の1890年にZeissのPaul Rudolph(パウル・ルフドルフ)は最初のアナスチグマートProtar(プロター)を完成させている[注1]。イエナガラスの登場はレンズ設計の分野に大きなインパクトを与え、波及効果は直ぐに広まった。それはまるで生物界に急激な多様化をもたらしたカンブリア爆発のような出来事であった。Protarを皮切りにDagor(ダゴール;1892年), Triplet (トリプレット;1893年), Doppel-protar (ドッペル・プロター;1895年), Planar (プラナー; 1897年), Dialyt (ダイアリート; 1899年)など高性能なアナスチグマートが次々と誕生し、19世紀末から20世紀初頭にかけてレンズ設計の分野は黄金期とも言える彩色豊かな素晴らしい時期を迎えたのである。そして、1902年に後の光学産業の縮図を塗り替えたと言っても過言ではないたいへん高性能なレンズが登場する。ZeissのWandersleb (ヴァンデルスレプ)とRudolphが世に送り出したTessar (テッサー)である。
Tessarは3群4枚という比較的少ない構成にもかかわらず諸収差をバランスよく補正することのできる合理的なアナスチグマートであった。準広角から望遠まで幅広い画角に対応することができ、撮影距離に対する収差変動が小さい特徴をもつため無限遠から近接域まであらゆる用途の撮影に順応できる万能性を備えていた。口径比も登場時はF6.3であったが後にF4.5やF3.5、F2.7にまで対応し、大・中判カメラが主流の時代としては充分な明るさを実現していた。登場から半世紀もの間、Tessarタイプのレンズはあらゆるカメラのメインストリームレンズに採用され、高いコストパフォーマンスで市場を席巻、数多くのレンズ構成を絶滅の淵に追いやっている。その影響はレンズを供給したZeiss自身のラインナップにも及んでおり、ZeissがTessarの上位に据えていた歴代のフラッグシップレンズ達はTessarの圧倒的な人気に押され、活躍の場を奪われている。テッサーの登場はテクノロジーギャップとしてレンズ設計の分野に重くのしかかり、これ以降20年もの間、レンズ設計の分野は目新しい進歩のみられない暗黒時代へと突入してしまうのである。

鷲(わし)の目の異名を持つテッサー
それはドイツ・カメラ産業の救世主なのか?
それとも死神の化身か?
Carl Zeiss Jena TESSAR 12cm F6.3 初期型
TessarはProtarやPlanarを開発したCarl Zeiss社45才の設計士パウル・ルドルフ(Paul Rudolph)と、彼の助手で24才のエルンスト・ヴァンデルスレプ(Ernst Wandersleb)が設計し1902年に登場させた3群4枚構成の単焦点レンズである[文献1]。1893年に英国のH.D.テーラーが開発した3枚玉のTriplet(下図・左)を起点に最後群を新色消しの貼り合わせレンズに置き換えることでペッツバール和を減少させ、画角特性を向上させているのが特徴である[注2, 文献9]。新色消しの導入は球面収差の補正に不利に働くため写真中心部の解像力に限って言えばTripletの方が有利となるが、代わりに包括画角を広げても無理なく非点収差を抑えることを可能にするため、写真の四隅まで均一な画質を実現できる点ではTessarの方が有利な立場にあった[文献2]。後群で増大する球面収差は前群の助けを借りれば補正できる。わずか4枚のシンプルな構成で全ての収差が良好に補正できることからTessarの人気は非常に高く、シャープでハイコントラストな描写性能に対しては後に「鷲(わし)の目」という愛称がついたほどである。1920年にツァイスの特許が切れると光学メーカー各社からコピーレンズが続々と登場している[文献2]。Leitz Elmar, Schneider Xenar, Kilfitt Makro-Kilar, Schacht Travenar, Isco Westar, KMZ Industar, Agfa Solinar, Rodenstock Ysar, Kodak Ektar, Leidolf Lordnar, Meyer Primotarなど例を挙げだしたらきりがない。Tessarタイプのレンズブランドには、語尾に"-AR"がつくという暗黙の共通ルールがあった。ただし、逆に"-AR"がつくからと言って、それが必ずしもTessarタイプであるとは限らず、エルノスター型やゾナー型であるケースもみられる。
左はTriplet, 右はTessarの光学系。双方とも左側が前方(被写体側)である。TessarはTripletの後玉を屈折率の異なる2種の硝子をはり合わせた新色消しレンズ(緑色のエレメント)に置き換えた構成になっている。この置き換えにより非点収差の補正効果を向上させ包括画角を広くとることが可能になっている。新色消しは球面収差の補正ができずこのままでは解像力を損ねる結果に繋がるが、テッサーの場合は前群の助けを借りることで光学系全体でこれを包括的に補正しているので、うまく設計すれば解像力はそれほど悪いものにはならない。ただし、初期のTessarについては、はり合わせる2枚のガラスに分散の差が殆どなく、この部分に色消しレンズとしての効果はほぼ無かった[注2]。当時は硝材の選択肢が限られていたためであろうか?
重量(実測)105g, フィルター径 23.5mm前後, 絞り F6.3-F32, 絞り羽 10枚構成, コンパー 1/250s (MAX), 構成 3群4枚, 焦点距離12cmのモデルの推奨イメージフォーマットは中判6x9cm







Tessarは1902年の登場時にF10, F6.3, F4.5, F2.7の4種類のモデルが試作されており、このうちF6.3のモデルだけが量産に至った[文献3]。おそらくこれはテッサーを明るくすることに反対したルドルフの意向が働いたたためであろう。しかし、1907年になると小型カメラ用にF4.5とF3.5の2種のモデルが登場、これ以降はF6.3をシリーズIIB、F4.5とF3.5をシリーズIIC, 製版用のApo-TessarをシリーズVIIIと呼ぶようになっている。1925年になるとWanderslebとW.Merte(W.メルテ)がワンランク明るいF2.7のモデルを再開発している[文献7]。ただし、性能的に充分ではなかったのか、2人は同年F2.8/F2.9の明るさを持つ6枚構成のBiotessarを別途開発している[文献8]。WanderslebとMerteは1930年に再びテッサーをF2.8の明るさで再設計(ブラッシュアップ)している。この時代のTessarはZeissにとって最も重要な看板レンズだったようで、ツァイスが「THE EAGLE EYE OF YOUR CAMERA/あなたのカメラの鷲(わし)の目」というキャッチコピーで広告を始めたのも、ちょうどこの頃からである[文献4]。鷲は強さ、勇気、遠眼、不死などの象徴として当時のドイツ・ワイマール共和国(1919-1933)では政府旗や軍艦旗にも用いられていた。これをTessarの広告に用いたZeissには、このレンズに対する特別な思いがあったに違いない。Tessar F2.8は1947-1948年にH.Zollner(ツェルナー)が新種ガラスを用いた再設計によって球面収差とコマ収差の補正効果を大幅に改善させた後継モデルを完成させており、この功績は新種ガラスの導入による最も著しい成功事例としてZeissの社報に大きく取り上げられている[文献5]。戦後はゾナータイプやガウスタイプの台頭により高級レンズとしての地位を追われるが、バックフォーカスを比較的長く取れる利点から一眼レフカメラの全盛時代にも生き残り、Tessarは中口径・廉価カメラの定番レンズとして相変わらず高いシェアを維持していた。しぶといレンズである。
今となっては設計こそ古いが、シンプルでコンパクトな設計上の利点からWEBカメラやコンパクトカメラ、スマートフォン搭載用カメラなどでテッサー型レンズが採用されている。2002年にはTessar誕生100周年の記念モデルとしてContax RTS用の45mm F2.8が限定生産された。

参考文献
文献1 Pat. DE142294(1902), US.Pat.660202
文献2 Kingslake, A History of the Photographic Lens(写真レンズの歴史)
文献3 Carl Zeiss Jena台帳:Carl Zeiss Jena Fabrikationsbuch Photooptik I,II-Hartmut Thiele
文献4 Zeiss Objective(Zeiss Photo Lens Catalog) 1933
文献5 Jena review (2/1984) カルツァイス機関紙
文献6 Pat. DE603325, US1849681, Brit.369833(1930)
文献7 British Pat 273274(1926);  B.J.A. 1926, p324
文献8 Brit Pat 256586(1925), DRP 451194(1925), US Pat 1697670(1925)
文献9 写真レンズの基礎と発展(朝日ソノラマ)小倉敏布著

注1・・・アナスチグマートとは補正難度の高い非点収差の攻略によって5大収差の全ての補正を合理的に達成できたレンズである。イエナガラスを用いて非点収差を補正したレンズとしてはProtarよりも先の1888年にH. L. Hugo Schroeder, Moritz Mittenzwei, and Adolph Mietherらが設計した2群4枚のレンズがあり、見方によってはこちらを世界初のAnastigmatと呼ぶこともできる。しかし、非点収差が補正されているだけで他の残存収差は多く、このレンズは不成功に終わっている。こうした事情から一般にはProtarを最初のAnastigmatとする見解が優位なようである。

注2・・・テッサーの初期型では後群の張り合わせレンズに色消しの作用はなく、第3凹レンズに屈折率の低い硝子硝材KF(n=1.52)、第4凸レンズにはショットの新しいイエナガラスSK(n=1.61)が用いられていた[文献9]。両者には分散の差が殆どないので色消しレンズとしての効果はなく、非点収差(ペッツバール和)の補正のみに力がそそがれていたとのことである。

入手の経緯
2015年6月にebayを介し英国のセラー(カメラ屋)から12.5ポンド(2500円)+送料8.5ポンド(1700円)のお手頃価格で落札した。商品の解説は「カールツァイスのビンテージ・レンズ。外観は良好な状態で、マウンティング・リングが付属している。光学系はクリアでカビはないがチリは少々ある。絞り羽は綺麗で完全に作動する。シャッターは作動するが速度は精確ではなく、低速側が粘る。マウント部のネジ径は約33mmで、箱詰め前の重量は0.135kgである」とのこと。届いたレンズは実用レベルとして全く問題のない品であった。

撮影テスト
今回取り上げるF6.3系列のSeries IIBは発売当初より写りが良いことで評判が高く、Bテッサーと呼ばれ多くの写真家に愛用されてきたモデルである。解像力は控えめだが開放から滲みやフレアはなく、線の太いクッキリとした階調描写とスッキリとしたヌケの良さを持ち味としている。ピント部の画質には安定感があり、四隅まで均一性が高く、近接域から遠景まで距離によらずに良く写る。この時代のテッサーはノンコートのため戦後のテッサーに比べると階調は軟らかく発色も若干淡いが、晴天下の撮影でも階調が硬くならず中間部の階調もよく出ている。ボケは開放でもよく整っており、グルグルボケ、2線ボケは全く見られない。安定感がありよく写るレンズである。強いて不満を言えば描写傾向が平面的で立体感に乏しく面白味に欠けるところだ。
テッサーというレンズ名はギリシャ語の「4」を意味するTessaresを由来としており、このレンズが4枚玉であることを意味している。20世紀初頭にテッサーの登場を目の当たりにした世の写真家達はここまでキチンと写るレンズに出会い「なんだ。4枚の構成で充分ではないか!」と、さぞ驚いたことであろう。それまで一世を風靡していた6枚玉のダゴールや8枚玉のドッペル・プロターも高い万能性と素晴らしい描写を誇るレンズであったが、テッサーはこれらと比べ何ら遜色のない高い描写性能を僅か4枚のレンズ構成で実現していたのである。

撮影機材
Camera Bronica S2(6x6cm), Graflex Pacemaker Speed Graphic+ Horseman rollfilm back (6x9cm,6x7cm)
f8, 銀塩ネガ撮影(Fujifilm Pro160NS, 6x6 medium format ), Bronica S2

F8, 銀塩ネガ撮影(kodak portra 400, 6x6 medium format ), Bronica S2, Scan EPSON GT-X820

f11, 銀塩ネガ撮影(Fujifilm Pro160NS, 6x7 medium format ), Speed-Graphic pacemaker + 6x7 rollfilm holder


F6.3(開放), 銀塩ネガ撮影(Fujifilm Pro160NS, 6x9 medium format),  Speed Graphic pacemaker+ 6x9 rollfilm holder
f8, 銀塩ネガ撮影(kodak portra 400, 6x6 medium format ), Bronica S2, Scan EPSON GT-X820

数々のレンズ構成を絶滅させレンズ設計の進化を停滞させた「TESSARの呪縛」は1920年代半ばまで続いた。この呪縛を解き放ったのは後にSONNAR(ゾナー)へと進化するERNOSTAR(エルノスター)タイプやGAUSS(ガウス)タイプなど次世代にその存在を開花させる明るいレンズ達であった。TESSARは20世紀後半まで売れまくるが、Sonnarタイプ、Xenotarタイプ、Gaussタイプなどの高級新型レンズの猛追により徐々にトップスターの座から廉価版レンズという位置づけにシフトしてゆく。20世紀前半から後半にかけて世界中のあらゆるカメラに搭載されたテッサータイプのレンズは、史上最も多く生産されたレンズ構成だったに違いない。
 
Part 1:Biotessar, Part:2: Doppel-Protar, Part 3: Planarと続いた特集「Zeissの古典鏡玉」は今回でおしまいです。ありがとうございました。

2015/11/11

Wollensak Dumont CRO Oscillo-Raptar 50mmF1.5*


米国生まれのUFOレンズ Part 2
Wollensak Oscillo-Raptar 50mm F1.5
Wollensak(ウォーレンサック)社のOscillo(オシロ)シリーズはオシロスコープの波形を記録する用途のために開発された産業用レンズである。Oscillo-RaptarとOscillo-Amatonの2種のモデルが知られており、軍や大学の研究機関に数多く納入されていた。いずれもカメラ用の民生品とは桁違いの製造コストで造られたプライムレンズなので飛び抜けて高い描写性能を期待することができるわけで、実際に私がこれまで試写したOscillo-Raptar 50mm F1.9とOscillo-Amaton 75mm F1.9は開放から解像力が非常に高くシャープでヌケの良いレンズであった。このOscilloシリーズにF1.5のモデルがあることを知ったのはごく最近になってからである。幸運にも手に入れる機会が廻ってきたので軽くレポートしたい。
レンズを使用してみると、近接域では解像力がずば抜けて高く開放からシャープでスッキリとヌケのよい写りであるのに対し、ポートレート域以上の遠方になると人物を綺麗に撮るのに適した柔らかい描写傾向に変わる。これは恐らくレンズがオシロスコープの波形を記録することを想定し近接域で最高の画質が得られるよう設計されているからで、遠方は専門外のためであろう。背後のボケは柔らかく綺麗だし発色も良いので、産業用としておくにはもったいないレンズだ。

Wollensak Optical Company
Wollensak(ウォーレンサック)社は1972年まで存在していた米国ロチェスターの総合映像機器メーカーだ。大判カメラ用レンズ、シネマ用レンズ、プロジェクター用レンズに加え、工業用、軍事用、核実験記録用にレンズを供給していた。他にもテープレコーダーや双眼鏡の製造で知られる。古くはボシュロム社で絞り機構付きシャッターを設計していた機械工のAndrew Wollensakが、Union Brewing Companyの元社長S.Rauberの支援を得て1899年に創業したRauber and Wallensak社を起源としている。その2年後にRauberが死去したため、社名をWallensak Optical Companyへと変更した。翌1902年にはカメラ用シャッターに加えレンズの生産も開始、1905年にはRochester Lens Companyを買収するなど事業を拡大していった。会社としての最盛期は1950年代で、この頃の従業員数は千人を超えた。ベル研究所が発明したプリズム回転式ハイスピードカメラの原理を採用し1秒間に10000フレームの撮影を実現したWollensak FASTAXはハイスピードカメラの草分け的存在として人々の記憶に残る映像アーカイブを数多く残している。同社は後にリビア・カメラ社や3M社など幾つかのメーカーに買収され、1972年に企業活動を停止している。Wollensak社が生産したレンズのブランド名にはAmaton, Optar, Raptar, Verito, Velostigmatなどがあり、米国のムービーカメラブランドには同社のVelostigmatが多く採用された。また、OptarはGraflex社の報道用カメラSpeedGraphicに供給され報道写真の分野で活躍している。Veritoはソフトフォーカスレンズとして古くから有名で、日本にも小西本店が大正時代から輸入していた。Raptarは同社の最上級ブランドに位置付けられており、軍や研究所に納入された産業用レンズや映画用レンズに多く見られる。
絞り羽根 15枚, フィルター径 50.5mm, 絞り F1.5-F8, Alphaxシャッター(-1/100), 設計構成 ダブルガウス



入手の経緯
レンズは2015年8月にeBayを介し米国のカメラ機器を専門に売買しているセラーから落札購入した。商品の解説は「50mm F1.5のオシロ・ラプター。カビ、クモリはなくとても良い状態」とのこと。14日以内の返品対応を宣言していたので思い切って入札した。万が一の場合にもヤフオクとは違いeBayはセラーとバイヤーの間に入り、返金に至るまで強力にサポートしてくれる。商品は300ドルで売り出され3人が入札したが、私が自動入札ソフトを使いスナイプ入札の末415ドルで落札した。配送料は30ドルである。3年ほど前まではeBayでも100ドル程度で購入できるレンズであったが、最近になって改造品が出回るようになり値段も500ドル程度するようになってしまった。

後玉側の鏡胴径は50mm前後である。テープを巻き52mm-M42ヘリコイドチューブ(25-55mm)にスポッとフィットさせミラーレス機で使用することにした。バックフォーカスの関係でEOSなどの一眼レフカメラで用いるのは無理



撮影テスト
Oscilo-Raptarは近接撮影時に最高の画質がえられるようチューンされたレンズである。近距離では開放からシャープでヌケが良く中央部は解像力も素晴らしい。花や虫などを撮影するマクロ撮影のシーンで「出番到来!待っていました」とばかりに質感をキッチリと出すことができる。一方、中距離から遠距離になるとモヤモヤとしたフレア(コマ収差由来)が発生し、人物の撮影に適した柔らかくシルキーな描写へと変化する。工業用レンズとは言えポートレート撮影にも十分に通用する描写である。ただし、少し絞れば遠方でもシャープで高コントラストな描写となり、F2.8まで絞れば良像域は写真の四隅まで広がる。背後のボケは近接域のみならずポートレート域においても柔らかく綺麗に拡散している。グルグルボケは若干でるが目立たないレベルである。発色は鮮やかで特に赤系統がコッテリとした色になる。なかなか使い手のあるレンズである。
機材: Sony A7+M42-E Camera mount +M52-M42 Helicoid tube
F2.8, Sony A7(AWB): あらら。ピント部はとても高解像だ。赤の発色が高彩度である

上の写真のピント部を拡大したもの


F5.6, Sony A7(AWB):  背後のボケは柔らかく綺麗。参考までにこちらには開放での作例を提示する
F1.5(開放), Sony A7(AWB): 続いて開放。中央は高解像である。近接撮影ではスッキリしたヌケの良い描写である。ピント部を拡大表示した写真を下に示す

上の写真の中央を拡大したもの。うーん。開放なのに凄い描写力だ




F1.5(開放), Sony A7(AWB): ポートレート域では開放時に若干のコマが発生し柔らかい写りとなる。ただし、少し絞ればコマは消えシャープに写るようになる










F2.8 Sony A7(AWB): ピントは中央の蓮の花。コマフレアを避けるためF2.8まで絞っている。参考までに開放での作例もこちらに提示する




F2.8, Sony A7(AWB):  開放での作例をこちらに示す


UFOレンズ part 1 Oscillo-Amaton 75mm F1.9の過去の記事はこちら

2015/11/09

Camera Shop Guide 2: Foto:Mutori

プロショップガイド part2 
古典鏡玉の楽園
Foto: Mutori
気ままにオールドレンズ専門店を巡る旅の第2弾ですが、今回は東京の代官山に2014年6月にオープンした古典鏡玉・寫眞機材商のFoto:Mutori(フォトムトリ)を訪れました。代官山と言えば雑貨・小物屋、アンティークショップ、高級ブティック、カフェなどが点在するお洒落な街の筆頭ですが、Foto:Mutoriもこの町の雰囲気に溶け込んだアンティークショップそのものの店構えです。お店の名は宮沢賢治の作品に出てくる主人公の名前にちなんでいるそうです。ホームページがこちらにあります。


店舗はモダンな鉄筋建物の2階にあり、階段を昇ると美術品や骨董品が飾られたステキな内装が広がっています。店内の中央にあるショーケース(写真・上)の中に並べられているのは19世紀から20世紀初頭にかけて作られた各国の歴史的な古典鏡玉です。入手難度の高いとされる商品や面白い商品が厳選して置かれています。1世紀も前に造られた古い製品が大半なので、今後もなるべく長く使えるよう、しっかりとメンテナンスが施されています。商品の品揃えは豪華で、マニア層が喜ぶ逸品・珍品が数多くあり、眩しいばかりの商品ラインアップに見ているだけでワクワクした気持ちになります。
 

店長の木村さんにお店で扱う商品コンセプトについて尋ねたところ「みることは楽しいこと。カメラや写真用レンズのみに拘るのではなく、顕微鏡や天体望遠鏡、ステレオカメラなど光学機器全般を扱ってゆきたいです」と期待以上のステキなコメントが返ってきました。とても明るい方で、私の写真仲間の女性からも「私が求めるレンズの描写をお伝えすると親身になって相談に乗ってくれました。結局この店でズマリットを購入。とても親切な方でした」と良い評判が聞こえてきます。 
  
左手奥のガラスケースには1920年代から戦後間もない頃にかけて製造された小型カメラ用のレンズが置かれています。注意:写真に写っているのは木村さんではありません。小学生の娘です(汗)。。。
木村さんから商品のレンズについて説明を受ける時にいつも印象に残る口癖があります。木村さんはレンズのことを「この子」と呼び、「この子はとても繊細で云々・・・」と話すのです。商品1つ1つにまっすぐ向き合い、特徴や良さを伝え、大切にしてくれる次の里親を探す。そんな木村さんならではの心意気とレンズに対する愛情溢れる姿勢が印象的です。レンズの価値がわかる人に訪れてほしい店だと思います。
 
お店の入口
思い返せば私が初めてお店を訪ねたのは開店後間もない2014年の9月でした。その頃はVoigtlanderのHeliarに興味があり店の門を叩いたのですが、木村さんに「今、面白いレンズが入ったばかりなのですが、どうでしょう?」と紹介していただいたのがフランス製のE.Krauss Planar-Zeiss 60mm F3.6でした。私の知人に熱狂的なE.Kraussの大ファンがいましたし私自身もPlanarの初期型にはたいへん興味がありましたので、直ぐに購入を決めました。メンテナンスの行き届いたとても状態の良い製品個体で満足のゆく買物でした。このレンズは今でも知人が大切に使用しています。


 
交通
最寄駅は東急東横線の「代官山」から徒歩5分、JR山手線と営団地下鉄日比谷線の「恵比寿」からも徒歩15分の位置にあります。月曜・火曜日が定休です。それ以外にも買い付けのための定休期間があるようです。お出かけの際はfacebook等でご確認を!

定休日 月・火曜
営業時間 14:00-20:00



店内の撮影機材
Voigtlander NOKTON 50mm F1.5/ CZJ Flektogon 20mm F4
Sony A7
Copyright(C) M42 SPIRAL
お店の写真は承諾を得たもを掲載しています。転用はご遠慮ください


SPIRAL的かめら屋めぐり PART1
FLASHBACK CAMERA(千葉県流山市)は
こちら


2015/11/08

FUTURA FREIBURG BR. EVAR 50mm F2 (M34 Futura Screw)*




プリモプランとは似て非なる変形エルノスター
FUTURA (FREIBURG BR.) EVAR 50mm F2 
Primoplan(プリモプラン)の同型レンズと聞いて俄然興味が湧いてきたので思い切って入手してみた。Futura Kamerawerk(フトゥーラ・カメラ)が1950年代に生産したEvar(エバール) 50mm F2である。事実ならとても珍しい種族のレンズだが、試写してみたところ、どういうわけか描写傾向が全く異なるので興味は増すばかりである。Primoplanは中心解像力こそ高いが、写真の四隅を捨てたような開放描写と荒々しく回る背後のグルグルボケを特徴とするジャジャ馬のヤンキーレンズである。明らかに非点収差が大きく、こうした描写傾向を加味して本ブログの過去のエントリーでは第2群のはり合わせが「旧色消し」であるとの大胆な予想を立てていた。これに対してEvarはピント部四隅まで画質が均一に保たれグルグルボケも出ない優等生で、像面湾曲や非点収差が良好に補正された別人格の写りとなっている。Evarは本当にプリモプラン型なのであろうか。下に示すような構成図が手に入った。構成は4群5枚の変形エルノスター型で、第2群に接合面を持つプリモプランとよく似た設計となっている。特許資料が手に入らないので断定はできないが、接合面のカーブがだいぶ緩いので、恐らく第2群の接合レンズはPrimoplanとは異なる「新色消し」ではないだろうか。「新色消し」の導入は非点収差の補正に有利に働くので四隅の画質を良好に補正できるものの球面収差の補正には不利となる。Evarの描写傾向はこうした予想ととてもよくマッチしている。ちょうどトリプレットとテッサーの関係を思い起こしてもらうとよいが、この場合にはトリプレット的なのがPrimoplanでテッサー的なのがEvarという対応になる。なお、Evarの第2群で増大した球面収差は他のエレメントの助けを借りて光学系全体で補正できるので、硝材の選択がうまくゆけば中心解像力もそれほど悪いものにはならないとのこと。さて、Evarがどんな写りになっているのかは見てのお楽しみである。
 
レンズの構成図(スケッチ):左は原型となったErnemann Ernostar F2(4群4枚)、中央は発展型のMeyer Primoplan F1.9(4群5枚)、右は同じく発展型のEvar F2(4群5枚)である



Futura
Futura Kamerawerk(フトゥーラ・カメラ)は第二次世界大戦中にドイツ空軍に従事しカメラや光学機器の製造に携わっていたがFritz Kuhnert(フリッツ・クーネルト)という人物が1950年にドイツのFreiburg(フライブルク)に設立したカメラメーカーである。Kuhnertは1942年にOptische Anstalt Fritz Kuhnert(フリッツ・クーネルト光学研究所)を設立しFreiburgに工場を建てたが、1944年10月の連合軍の爆撃で大破している。戦後はグンデルフィンゲン(Gundelfingen)の郊外に新工場を建て1947年にEfka 24という24x24mmフォーマットのビューファインダーカメラを発表、続けて上位機種のFuturaレンジファインダーカメラを開発し1950年の第一回フォトキナで発表した。この頃Kuhnertの会社は経営難に陥っていたがハンブルクに拠点を置く船舶会社のオーナーが会社を買収し新たなオーナーに就くとともに会社名を改称し、有限会社Futura Kamerawerk (以後はFuturaと略称する)を再スタートさせている。Futuraは1950年から1957年までの間に4種類の35mmのレンズ交換式レンジファインダーカメラ(Futura, Futura P, Futura S, Futura SIII)を発売している。これらは主に米国などへの輸出用として市場供給されていた。交換レンズのラインナップは大変充実しており、Ampligon 4.5/35, Futar 3.5/45, Frilon 1.5/50, Evar 2/50, Elor 2.8/50, Frilon 1.5/70, Tele Futar 3.8/75, Tele Elor 3.8/90, Tele Elor 5.6/90に加えSchneider Xenar 2.8/45が用意されていた。レンズ名の幾つかはKuhnert一家の家族の名前を由来にしており、Elorは妻Eleonore、EvarとPetarは彼の子供達EvaとPeterから来ている。Frilon F1.5はとても明るいレンズであるとともに希少性が高い(あまり売れなかった)ため、現在の中古市場では極めて高額で取引されている。レンズは全てM34スクリューネジの同一マウント規格で統一されており、上記の4種類のカメラ全てに搭載できる。Futuraのレンズにはミラーレス機用のアダプターも存在しeBayで入手可能であるが、高額なのでステップダウンリングを用いて34mmから42mmに変換しM42ヘリコイドアダプターに搭載してミラーレス機で用いるのが安上がりである。Futuraのレンズを設計したはシュナイダー社の設計士Werner Giesbrechtである。ただし、レンズの製造はSchneider Xenarを除き全てFutura自身が自社工場でおこなっていた。なお、カメラやレンズの生産は1957年頃まで続いていたそうである。

本来の母機であるFutura-Sに搭載したところ。美しいカメラだ




重量(実測) 102g, フィルター径 39mm前後(39mmで若干緩いがOKであった), 絞り F2-F16, 絞り羽 13枚構成, 設計構成 4群5枚(変形エルノスター型), マウント Futura M34 Screw, レンズ名はカメラを設計したFritz Kuhnertの娘Evaの名が由来である



入手の経緯
このレンズは2015年11月に大阪の中古カメラ店からFutura-Sのカメラにマウントされた状態で3万8千円で購入した。レンズについては「カビ、クモリ、バルサム切れ、傷などなくとても良い状態」とのこと。届いたレンズはコーティングの表面の拭き傷のみで他に問題はなかった。カメラの方にはシャッターが低速側でやや粘る不調があった。経年品なのでこの程度の問題は仕方ない。
Futuraのレンズはコーティングがこれまで見てきたどのメーカーのレンズよりも弱く、どの個体もコーティングの表面をよく観察すると、極薄い拭き傷が一面全体にびっしりとみられ、まるで磨いた跡のような様子になっている。おそらく軽く拭いても全て拭き傷になったのであろう。クリーニング歴のない未開封の個体を除き、どうもこのような拭き傷を持っている個体しか市場にはないので、レンズを入手したいのならば覚悟のうえで、欲張らずに実用コンディションを探すのが正解だ。私の場合はコーティングの状態が良い個体を3~4年探したが徒労に終わった。写りに影響がないなら、このまま用いるのがよいし、影響があると判断される場合には、修理に出しコーティングしなおすのがよい。
  
撮影テスト
中心解像力は高くシャープに写るレンズだ。開放ではポートレート域において極僅かにフレアが出るが問題ないレベルである。後ボケはザワザワしていて硬く2線ボケも出やすいが、グルグルボケはみられず反対に前ボケはフレアに包まソフトになる。ちなみにプリモプランの方はかなり激しいグルグルボケが出ていた。プリモプランよりも像面湾曲が良好に補正されているようで、ピント部の良像域はプリモプランよりも格段に広い。ちなみに、プリモプランは元来シネマ用なので、スチル用とは設計理念が異なるレンズである。階調は軟らかくトーンはなだらかである。発色はノーマルでこれといった癖はない。
F4, Sony A7(AWB):トーンはとても軟らかく美しい。下に拡大写真を示すが、ピント部は解像力が良好だ
上の写真の一部を拡大したもの。ピント部はとても緻密で高解像だ
F5.6, sony A7(AWB): ピント部は四隅まで安定感がある

F2(開放), Sony A7(AWB): 開放でもフレアは少なく、スッキリとヌケが良い描写である

F4, sony A7(AWB): しかし、シャープなレンズだ