おしらせ


2015/08/17

写真展のご案内
写真仲間の「ぽんちゃん」が開く個展「733℃」をご案内いたします。日時は2015年8月31日(月)-9月12日(土)13:00-22:00(日曜は定休)で、場所は代々木のcafe nook(こちら)です。私がM42マウントに改造しBlogで記事にした放射温度計レンズSpiral-733による写真作品が展示されます。

2015/08/10

Carl Zeiss Jena Sonnar 180mm F2.8 ( P6 /M42/Exakta)




こんなに凄いレンズが目の前に現れ自分めがけて突進してきたとしたら、避けずに正面から受け止めてしまいそうだ

駆け足プチレポート 4 
Zeiss Jenaのデラックス・ゾナー! 
Carl Zeiss Jena Sonnar 180mm F2.8 (Pentacon 6/M42/Exakta)
胴回りの長さはちょうどメガホンと同じくらいであろうか。旧東ドイツのVEB Carl Zeiss社が生産したプロフェッショナル向け望遠レンズのSonnar (ゾナー)180mm F2.8である。重量はレンズだけでも1.37kgありカメラに搭載し手持ちで撮影していると3分で腕が痛くなるが、本来の母機であるペンタコン・シックスに搭載した場合の画角とボケ量は35mm版換算で100mm F1.5相当という無敵のハイスペックを誇る。このレンズに心酔している愛好者は多く、シャープでヌケの良いピント部と安定感のある大きなボケを実現した非の打ち所のない写りが特徴である。先代は1936年に登場した有名なコンタックス用ゾナー 18cm F2.8(通称オリンピア・ゾナー)で、ナチス・ドイツがベルリンオリンピック開催にむけドイツの威信を諸外国に示すため造らせたレンズとして知られている[文献1]。世界最高の光学技術を駆使し、コストやポータビリティを度外視して生み出されたオリンピア・ゾナーは圧倒的な描写性能で当時の人々の常識を覆えし、驚きと感動を与えた歴史的名玉として今も広く認知されている。
Sonnar 180mm F2.8の構成図。VEB Carl Zeiss Jena社のレンズカタログJENA-S 2,8/180mm に掲載されていた構成図のトレーススケッチである[文献2]。レンズ構成はエルノスターから派生した3群5枚のテレゾナー型である。正パワーが前方に偏っている事に由来する糸巻き型歪曲収差を補正するため、後群を後方の少し離れた位置に据えている。望遠レンズは多くの場合、後群全体を負のパワーにすることでテレフォト性(光学系全長を焦点距離より短くする性質)を実現しているが、このレンズの場合にはErnostar同様に弱い正レンズを据えている。ここを負にしない方が光学系全体として正パワーが強化され明るいレンズにできるうえ、歪曲収差を多少なりとも軽減できるメリットがあるためである。ただし、その代償としてペッツバール和は大きくなるので画角を広げることは困難になる。テレ・ゾナーは望遠系に適した設計なのである。ならば、後群を正エレメントにしたことでテレフォト性が消滅してしまうのではと心配される方もいるかもしれない。実は前群が強い正パワーを持つため、後群の正パワーが比較的弱いことのみでも全体として十分なテレフォト性が得られるのである[文献3]
レンズ構成はZeissのL. Bertele(ルードビッヒ・ベルテレ)がエルノスターの発展形態として導き1929年に発表した3群5枚のゾナー[文献4]、およびこれをベルテレ自身が望遠仕様に再設計したオリンピア・ゾナー(1936年発売)を祖としている。戦後に旧東ドイツのVEB Carl Zeiss JenaのEberhard Dietzschがオリンピア・ゾナーの後継製品として35mm判カメラと中判カメラの双方に対応できるよう再設計したものである[文献1,4]。Eberhard DietzschはFlektogon 20mm F4や20mm F2.8の設計者でもある。少なくとも3種類のマウント(Exakta、M42、Pentacon Six)に対応していた。レンズは1956年から1990年初頭まで34年もの間生産され、大きく分けると4つのモデルが市場に出回っている。初代は1956年に登場し1963年まで製造されたアルミ鏡胴モデルで、ローレット部にレザーの装飾が施されているのが特徴である。続く2代目は1961年から1963年まで生産され鏡胴がブラック・アルマイト仕様に変更されたモデルで、プラスティック製フォーカスリングの周りにアーモンド形状の突起がデザインされているのが特徴である。このモデルはどういう由来か「スター・ウォーズ・エディション」と呼ばれている[文献5]。3代目は今回のブログで取り上げているゼブラ柄のモデルで、1963年に登場し1967年まで製造された。最後の4代目は1967年から1990年初頭まで製造された黒鏡胴のモデルである。このモデルには製造時期に応じて2つのバージョンが存在し、1978年を境にこれより前がシングルコーティング仕様の前期バージョン、これより後の製品は名板にMCのロゴのあるマルチコーティング仕様の後期バージョンとなっている。巨漢と引き換えに得た明るい開放描写なのだから、見かけ倒しであるはずはない。なんだか驚異的に写りそうな予感のするレンズである。
TripletからErnostarを経由し、Sonnarに発展する系譜。Sonnarは後群のレンズ枚数に応じ3種に大別される。下段・左から望遠レンズに特化した後群1枚構成のタイプ (Tele-Sonnar型とも呼ばれる)で、標準画角から中望遠まで対応できる後群2枚構成のタイプ、おなじく標準画角から中望遠まで対応でき球面収差の補正効果を向上させた後群3枚構成のタイプである。テレ・ゾナーは後群を1枚に省略し張り合わせを消滅させているので、後群2枚型とは、ちょうどテッサーに対するトリプレットのような関係に相当する。つまり球面収差のコントロールが容易なので中心解像力は2枚型よりも更に高い










Carl Zeiss Jena Sonnar 180mm F2.8: 重量(実測) 1.37kg, フィルター径 86mm, 絞り値 F2.8-F32, 最短撮影距離 1.7m, 絞り羽 6枚, 構成 3群5枚, シングルコーティング, 対応マウント Pentacon six(本品)/ Exakta / M42 (ExaktaとM42はZeissの純正アダプターをP6マウントレンズに被せ対応),  鏡胴に三脚用の回転式台座が付属。本品は西側諸国への輸出用に造られた製品個体のためフィルター枠の名板にはCarl zeiss jenaの代わりにaus jenaの商標が用いられており、レン名も"S"となっている

入手の経緯
数年前に地元横浜の関内に店舗を構えるマウントアダプター専門店のmuk select[脚注]でショッピングをした際、店主から「これ、使ってみる?」と誘われお借りしたのが今回のレンズである。ここまで巨大なレンズともなると自分では絶対に購入しないので良い機会をいただいた。ただ、よく写りすぎるレンズのためかBlog記事にするにはイマイチ論点が掴めず時間だけが過ぎてしまった。かなり使い込まれた製品個体であったがガラスの状態は悪くはない。eBayでの中古相場は250ドルから300ドル程度であろう。

文献1 Marco Cavina's Page;"ZEISS TIPO SONNAR ED IL GENIALE FILO CONDUTTORE CHE COLLEGA TUTTE LE VERSIONI DEL CAPOLAVORO DI LUDWIG BERTELE"
文献2 Lens Catalog "JENA-S 2,8/180mm", VEB Carl Zeiss Jena, 1961
文献3 「レンズ設計のすべて」 辻定彦著
文献4 L. Bertele, Patent DE530843 (1931)
文献5   Photography Obsession
 
撮影テスト
ゾナーシリーズは一般に中心解像力が控えめでシャープネスやコントラストなど階調性能で勝負するレンズが多いが、このレンズに関してはゾナーのわりに解像力は良好なレベルである。もちろんコントラストはたいへん良く、発色は鮮やかで力強い。カラーバランスは概ねノーマルで、開放で遠景を撮る際に希に黄色に転ぶ癖がみられたくらいである。この癖は同時代のツァイス・イエナ製レンズに多く見られるものである。ピント部は開放からきっちりと写り線が太く、ハロやコマなどのフレアは全く見られずにスッキリとヌケの良い描写である。ただし、遠景を撮影すると解像力がやや落ちるとともに前ボケがモヤモヤとフレアにつつまれる傾向がみられた。これは恐らくレンズが遠景用ではなく中距離で最高の画質が実現されるように最適化されており、遠方時は球面収差がオーバーコレクションに転ぶためであろう。少し絞るだけで解像力は急激に回復し、遠方でも緻密な描写が得られる。ボケは乱れることなく四隅まで安定しておりグルグルボケや放射ボケはみられない。前後のボケはポートレート域でも近接域でも滑らかで美しいが、遠方撮影時は背後のボケ味が少し硬くなり反対に前ボケはフレアに包まれモヤモヤすることがある。さすがにプロフェッショナル用レンズというだけのことはあり写りはまさしく一級品、たいした弱点が見当たらない。クラシック・ゾナーの系統の中ではContarex用Sonnar 85mm F2と並び、画質的にもっとも高水準なレンズではないだろうか。

撮影機材
Nikon D3(AWB), 純正フード使用, P6-Nikon Fマウントアダプター
F2.8(開放), Nikon D3(AWB): 開放にも関わらずいきなりの高描写。ノックアウトされそうになった。解像力もゾナー系統にしては悪くないレベルだ



F2.8(開放), Nikon D3(AWB): 「忍び足・・・」 コントラストは高く、スッキリとヌケの良い写りで発色も鮮やか





F2.8(開放), Nikon D3(AWB): 基本的には線が太くシャープな描写だ
F2.8(開放), Nikon D3(AWB): ボケは四隅まで安定しており、グルグルボケや放射ボケはみられない。このレンズ構成の場合、2線ボケが出るとしたら遠方撮影時と言われているが(参考:「レンズ設計のすべて」辻定彦著)、通常の撮影で2線ボケが目立つことはまずない

F2.8(開放), Nikon D3(AWB): 景色を開放で狙うのは定石ではないが、ここはあえてレンズの大きなボケ量とピント部のキレを信じて開放にしてみたところ、これは凄いと驚いた。この距離からでもピント部前方がよくボケており、超大口径レンズの底力を感じる1枚である。収差の補正基準点が無限遠方ではなく中距離のポートレート域に設定されているようで、遠方撮影時には、かえって解像力が落ちているようだ。また、遠方撮影時は球面収差が過剰補正のようで、開放で遠方を撮影すると前ボケにモヤモヤとしたフレア(ハロ)が発生する。その際、発色はやや黄色に転ぶが、コントラストは依然として良い。絞れば解像力は急激に改善しハロも収まる

F11, Nikon D3(AWB): ご覧のとおりに絞ると発色はノーマルである。このくらいの距離だと解像力・コントラストはともに良好でシャープな描写である。さすがにプロ用のレンズというだけのことはある
 
脚注
muk(エム・ユー・ケー) カメラサービス
http://blog.monouri.net
横浜の関内に店舗を構えるマウントアダプターや撮影機材を専門とするお店です。横浜にお立ち寄りの際は、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。私の自宅からは車で10分のところにあります。