おしらせ

 
イベント案内
オールドレンズ写真学校ワークショップ
9月23日(土)場所は巾着田 申込制:定員15名(のこり僅かとのことです) 詳しくはこちら スタッフとして参加予定です。
オールドレンズ写真学校 写真展
11月3ー5日 場所は原宿 申込制:定員13名(参加資格有) 詳しくはこちら スタッフとして参加予定です。

2014/10/16

Zeissの古典鏡玉PART 2: Doppel-Protar (Protarlinse x2)













Doppel-Protar(Zeiss Anastigmat Series VII)はDAGOR(GOERZ Doppel-anastigmat Series III)の記録的なヒットで劣勢に立たされていたCarl Zeissがシェア奪還をかけ1895年に投入したPROTARシリーズの最高峰モデルである。優れた描写性能を示したことから登場後たちまち人気を博し、1902年にTESSARが登場するまでの間、同社の主力レンズとして活躍した。
 
Zeissの古典鏡玉 Part 2
打倒ダゴールに燃えるルドルフが
威信を賭けて完成させた執念の8枚玉
Doppel-Protar(ドッペル・プロター) F6.3/F7

1890年に「サイデルの5収差」を全て補正できる史上初のアナスティグマートProtar(プロター)を完成させたCarl ZeissのPaul Rudolph(パウル・ルドルフ)[1858-1935]はProtarよりも更に明るく、室内撮影やポートレート撮影にも対応できる対称型レンズ(ダブル・アナスティグマート)の設計に取りかかった。Rudolph(ルドルフ)は1891年9月に2本のProtarを対称に配置し中央のレンズエレメントを省略させた2群6枚構成の新型レンズZeiss Anastigmat Series VI(アナスチグマート・シリーズ6)を完成させている[文献1]。シリーズ6の構成は超広角レンズにも応用され、後にSchneider Angulon(1930年Tronnier設計)の原型にもなった。
ちょうどその頃、ダブル・アナスティグマートの研究に没頭する一人の若者がいた。古いデンマーク貴族の出身で27歳の数学者Emil von Hoegh(エミール・フォン・フーフ)[1865--1915]という人物である。Hoegh(フーフ)は独学でレンズの設計法を身につけ、1892年に2種類の新型レンズ(Dagor(ダゴール)およびレンズ構成を逆順にした反転Dagor)のアイデアに到達している[文献2]。Hoeghのアイデアの素晴らしい点は、コーティングの無い当時としては現実的な2群6枚構成の密着型アナスチグマートにおいて、収差的に最良の設計をつきとめていたことである[文献3]。当時そのことを理解できたのはHoegh以外ではRudolph(ルドルフ)くらいであっただろう。Hoeghの設計した2本のレンズのうち反転Dagorは奇しくもシリーズ6(Zeiss Anastigmat Series VI)と全く同一構成になっていた[文献4, 文献4A, 文献5]。そして、彼はレンズのアイデアをCarl Zeissへと売り込み、自分をレンズ設計士として雇い入れてほしいと願い出たのである。ところが、全く同一のアイデアを見せられたRudolphはHoeghの才能と彼の考案したレンズに興味を示さず、門前払いしてしまう。仕方なくHoeghはZeissを諦め、今度は創業6年目にあたる小規模メーカーのGoerz(ゲルツ)に自分のアイデアを売り込んでみた。経営者のCarl Paul Goerz(カール・パウル・ゲルツ)がHoeghのアイデアでレンズを試作したところ素晴らしい性能だったので、Hoeghを迎え入れ、彼を少し前に死去した主任設計士Carl Moserの後任に大抜擢したのである。GoerzとHoeghは大急ぎでレンズの特許[文献5:1892年]を取得し、翌1893年に2本のレンズの内の1本をDoppel-Anastigmat Series III(後にDagorへと改称)として発売する。この急展開はZeissとRudolphにとって、まさに悪夢のような出来事であった。Dagorは高性能であったため登場後から売れまくり、2年後の1895年には累計生産数3万本を突破するというとんでもない記録を打ち立ててしまう。RudolphのProtarはDagorにシェアを奪われてしまったのである。1893年にZeissも輸出先の英国で反転Dagorと同等の特許を取得し[文献1]、Zeiss Anastigmat Series VI(シリーズ6)の発売にこぎつけるが、性能的にはDagorと大差のない2番煎じのレンズであった[文献3]。それよりもZeissにとって問題なのはHoeghの特許がシリーズ6と同じ反転ダゴールの権利をもカバーしていたことであり、レンズを販売した場合(実際には販売してしまうのだが・・・)、Goerzからロイヤルティを要求される可能性があった。Zeissはダブル・アナスチグマートの特許戦略でGoerzに対し完全に遅れをとってしまったのである。
左はHoeghと彼の設計したDagor(ダゴール) 60mmmF6.8、右はRudolphと彼の設計したシリーズ7(後にDoppel-Protarへと改称)128mm F6.3

HoeghはZeissへの就職活動の際、Rudolphに手の内を見せていたはずである。Rudolphは何をモタモタとしていたのであろうか。原因はCarl Zeiss財団の設立に関係している。
1889年にZeissは財団として組織再編され企業活動を再スタートさせている。そして、2年後の1891年6月に経営者のAbbe(アッベ)は財団の根本規則となる定款を発令し、これ以降の自社の発明に対して社会に広く告知し、特許の取得を認めないという厳しいルールを定めてしまう[文献6]。Rudolphがシリーズ6を設計したのは1891年9月で、規則の制定から3か月後のことである[文献7]。RudolphはAbbeの説得に2年近くの歳月を費やし、その間はシリーズ6の特許を申請することができなかった。身動きの取れないRudolphに対し、Dagorの登場はまさに急襲の出来事だったのである。
Dagorの記録的なヒットを目の当たりにしたRudolphの胸の内はどうだったのであろうか。もちろん、Hoeghを門前払いした経緯や彼の才能とアイデアに興味を示さなかった判断に表向き明確な落ち度はなかったであろう。しかし、彼の目前にはZeissの主任設計士としてのプライドを打ち崩す屈辱的なシナリオが迫っていた。Zeissの社則に縛られ、ダブル・アナスチグマートの特許戦略でDagorに後塵を拝した時、彼の脳裏をかすめたのは「かつて自分が切り捨てた人物への完全なる敗北」であったからだ。RudolphはどうしてもHoeghに負けるわけにはゆかなかった。彼の中には、いつからか打倒Dagorに向け執念の炎が燻ぶり始めていたのである[文献8]。そして、1894年に自らの威信を賭け8枚玉の新型レンズを設計、翌1895年にZeiss Anastigmatシリーズの最高傑作と称されるシリーズ7(後にDoppel-Protarへと改称)を世に送り出すのである[文献7]。レンズの市場投入に合わせシリーズ6を僅か2年で降板させたのは、ダゴールに全力で対抗するという彼自身の決意の表れであったに違いない。
Doppel-Protar(シリーズ7)の構成図([文献6]からのトレース・スケッチ):左は前後群を同一焦点距離で組んだ対称型モデルで口径比はF6.3、右は異なる焦点距離で組んだ非対称モデルで口径比はF7である。前群側を長焦点、後群側をこれよりも短い焦点距離にするのが組み合わせのルールである。構成は2群8枚のDoppel-Protar(シリーズ7)型。前群あるいは後群のみでもアナスチグマートの用件み満たし、どちらか一方を外し単体で撮影することもできる。ただし、焦点距離が2倍近く延び、口径比も2倍程度に暗くなる


Doppel-Protar(シリーズ7)はCarl ZeissのPaul Rudolphが1894年に設計した大判カメラ用万能レンズである。このレンズの特徴は何と言っても2群8枚というとんでもない光学設計であろう(上図)。前・後群に密着型カルテット(4枚玉)を据えた特異な構成となっており、空気とガラスの境界面を僅か4面に押さえながら収差を良好に補正している。1本のレンズに8枚ものエレメントを使用した製品はそれまで前例がなく、豪華な設計構成はこのレンズの大きな魅力となっている。性能的にはGoerzの銘玉Dagorと双璧をなす当時の密着型ダブル・アナスチグマートの最高傑作であり、6枚玉ではDagorを凌ぐレンズは実現できない事を知り尽していたRudolphならではの発想から生まれたレンズである。このレンズは高性能だったので直ぐに評判となり、Zeissの主力製品として1895年から1900年代にかけて数多く生産された[文献9]。レンズが搭載されたカメラとしてZeissの台帳に記録があるのはHoughtons-Butcher社のSandersonとEnsign Sanderson、ICA AG社のTrix, Juwe, Tosca, Palmos、Kardoff社のRohr I、Linhof社Compound、Franke & Heidecke社のHeidoskop、Newman & Guardia社のSibyl, Nydia, Reflex-K、Palmon AG社のUniversal-Palmos、その他、Goumont & Cie社のカメラやHoughtons社のカメラなどである。後に同社から登場するTessar(テッサー)がシェアを急激に伸ばすことで生産量を落とすが、対称型レンズの長所である歪みの少ない描写は建造物の撮影や人物の集合写真に向いていたため、その後もレンズの生産は細々と続けられた。1930年代初頭に同社から対称型レンズのTopogon(トポゴン)が登場するあたりで生産終了となっている[文献9]。なお、Doppel-ProtarがTessarにシェアを奪われたのはTessarの方が性能が優れていたというよりも、このレンズが貼り合わせ面の接着に用いていたカナダ産天然バルサムの価格高騰が原因であろう。Zeissの価格表[文献7]よるとDoppel-Protarの1907年当時における販売価格は当時主流だった焦点距離8インチ前後のモデル(5x7フォーマット)で73.5~80.5ドル(前後群の組み合わせに依存)であり、61.5ドルで売られていたTessar 8inch F6.3と大差はなく、この頃はDoppel-Protarも良く売れていた。しかし、その後はバルサムの原料価格の高騰により、貼り合わせ面を多く持つレンズ(Dagorも含む)の価格が一様に値上がりしている。Zeissの1930年の価格表[文献10]によるとDoppel-Protar(8インチ前後)は91~103ドル、Tessar 8inch F6.3は53ドルと両レンズの価格差は2倍近くに広がっている。この頃は一段明るいTessar F4.5(大判用)も登場しており、焦点距離8インチのモデルの価格は82ドルである。
ProtarとDoppel-Protarの構成図。Carl Zeiss Jena Photo Objectives, Hard Cameras (1907)[文献7]からの引用。レンズ名の由来はドイツ語の「ダブル」を意味するDoppelにギリシャ語の「元祖の、最初の」を意味するProtosを組み合わせたのが由来である。これに関連して英語のPrototypeは試作品もしくは原型を意味する
ProtarからDoppel-Protarへ
Doppel-Protarの光学設計の着想は、まず2本のProtarを前後群に対称に配置するところからはじまる。Protar(下図[A])はイエナガラスの発明によって実現した新色消しレンズを後群、旧来からの旧色消しレンズを前群に据え、これら2種の色消しレンズの弱点を互いの長所でカバーし合うことで「サイデルの5収差」の全ての補正を可能にした史上初のアナスチグマートである。2本のProtarを図[B]のように対称に配置することで、前・後群それぞれのProtarに残存していた歪曲収差、倍率色収差、コマ収差(M成分のみ)を相殺し、収差の補正効果を向上させることができる[文献3]。また、光学系全体の正のパワー(屈折力)が前後群セットで倍になり開放F値が半減、Protar単体の時に比べレンズの明るさを倍にすることができる。そして、ここからが素晴らしいアイデアなのであるが、内側2枚の新色消しレンズの配置を入れ替え外側の旧色消しレンズと密着させ、ガラスと空気の境界面の数を4面分削減するのである(図[B]→[C])。このアイデアの凄いところは個々のProtarの構造を保ちながら収差補正機構が強化され、しかも明るさは倍化されている点であり、それにも関わらず空気とガラスの境界面の数がProtar単体の時に比べ1面も増えておらず、コントラストなどの階調性能は依然として高い水準を維持できるのである。Dagorからのシェア奪還(Dagor殺し)に執念を燃やすRudolphが自らのプライドをかけ総力を挙げて完成させた怪物レンズである。
[A] Protarの光学系。左が前群(被写体側)で右が後群(カメラ側)であり、前群の2枚の貼り合わせユニットが旧色消しレンズ、後群が新色消しレンズとなっている。前群の旧色消しレンズの弱点(非点収差と像面湾曲を補正できない)を後群側で逆方向の収差を発生させることで打ち消し、後群の新色消しレンズの弱点(球面収差と倍率色収差が補正できない)を前群側で打ち消すよう設計されている。[B] 2本のProtarを対称に配置したところ。このままでは空気とガラスの境界面が多く実用的ではない。[C] 各Protarの後群の配置を入れ替え、それぞれ相手側の前群と密着させることで空気層を省略すればDoppel-Protarとなる。なお、解説本によってはそれぞれのProtarの後群を反転させ前群に密着させたとするアプローチを目にすることがあるが、後群の接合面を反転させるとProtar本来に備わった収差補正機構(ルドルフの原理)をいったん破ることになるので、本ブログで提案するアプローチの方が良いと思う。収差表をみると、球面収差とコマ収差、色収差の補正効果は素晴らしく、非点収差の膨らみがやや目立つが、この当時のレンズとしては良好。歪みもたいへん小さいが僅かに糸巻状[文献3]。非点収差の補正力ではDagorに対し僅かに後塵を拝するが球面収差ではDagorを僅かに上回る素晴らしい性能をたたき出している
文献1[シリーズ6の特許]:Dr. P.Rudolph, Jena: British Patent Specification of April 22, 1893, No. 4672, published in the British Journal of Photography, May 26, 1893, p.331.
文献2A History of the Photographic Lens - Rudolf Kingslake;ルドルフ・キングスレーク著『写真レンズの歴史』朝日ソノラマ
文献3レンズ設計のすべて第3章 辻定彦著 電波新聞社
文献4[シリーズ6の構成図が掲載]:『写真科学大系』および『新修写真科学大系』(誠文堂新光社)の中の『写真光学』(山田幸五郎);  『アルス写真大講座』第1巻『写真光学』(山田幸五郎)
文献4A[シリーズ6と同一との記載]:寫真鏡玉 東京浅沼商会発行P.192, 明治42年(1909年)2月
文献5[ダゴール特許(1892)]: Ger.Pat.74437;U.S.Pat.528155;Brit.Pat.23378; Swiz.Pat.6167
文献6100 years of turbulent Zeiss, Helmann Armin (1989); ツァイス 激動の100年 ヘルマン,アーミン【著】 /中野 不二男【訳】新潮社(1995/08発売)
文献7:Carl Zeiss Jena Photo Objectives, Hard Cameras (Catalog 1907年)+レンズ価格表(1907年)
文献8 [DAGORの登場にZeissは憤慨したという記述]:『写真科学大系』および『新修写真科学大系』(誠文堂新光社)の中の『写真光学』(山田幸五郎)
文献9Carl Zeiss Jena Fabrikationsbuch Photooptik I,II-Hartmut Thiele
文献10:Zeiss Photo Lenses (Catalog 1929年)+ レンズ価格表(1930年7月)


入手の経緯
Doppel-Protar 128mm F6.3
128mmのドッペル・プロターは2013年5月にヤフオクを介しマイクロ55さんから落札購入した。オークションは1000円の価格でスタートし、私は最大入札額を25000円に設定して入札、締め切り6時間前まで大きな価格変動はなく、1500円あたりを推移していた。貴重なレンズなので本来は簡単に落札できないが、焦点距離が224mmと前玉側のスペックで紹介されていたため、本当の焦点距離が128mmであることを知らない人は「長すぎる!」と判断しパスするのではないかと淡い期待を寄せていた。しかし、このレンズを狙うようなマニア達にそんな目眩ましが通用するはずもないことを思い知らされるのである。価格変動があったのは入札締め切り3時間前で一気に15500円まで急上昇する。ここでいったん安定し、締め切り時刻10分前、5分前、4分前・・・・、このまま私のものになるのかと思われた。ところが3分前に別の方が電撃入札し、入札価格は25000円まで跳ね上がってしてしまった。私も3万円で応札するが、予算の限界である。これは落とされてしまうかもしれないと思った。しかし、戦いはここまで。オークションは25000円で終了し、レンズはめでたく私のものとなった。日本ではほとんど認知されていないレンズであり、eBayでは450ドル~600ドルくらいで売られている。参考までに紹介すると、2012年5月20日にダイアルコンパーシャッターに搭載されたProtarlinse(290mm x2)がeBayにて473ドルで落札されている。この商品は前玉と後玉に1つづつ小さなスクラッチがあると紹介されていた。また、eBayのプライスリーダーであるチェコのカメラメイトが同等のモデル(290mm+224mm)を550ドルの即決価格で売っており、硝子は良好だが外観およびシャッターにかなりの劣化がみられるとの解説であった。さて、届いた品は鏡胴内部に経年による多少のコバ落ちがみられるもののガラス自体は拭き傷すら無い極上品である。前・後群のレンズセル(Protarlinse)のシリアル番号が連番で揃っているので、出荷時からのコンビであることがわかった。苦労の甲斐あり、久々に良い買い物ができた。
Doppel-Protar 128mm F6.3 (Protarlinse 前群224mm x後群224mm ): 重量(実測) 170g, 絞り羽 10枚構成, フィルター径 前後とも約28.5~29mm, 推奨イメージプレート 大判4x5 inch, 35mm判換算スペックは35mmF1.7相当となる。フィルター径 28.5mm-29mm近辺, 光学系は2群8枚のシリーズ7型, ILEXシャッターに搭載







Doppel-Protar 146mm F7
2014年3月に英国版eBayを介して英国の写真機材専門セラーPICDIS84から入手した。このセラーは100件の取引履歴があり、フィードバック率は100%ポジティブである。オークションの記述は「ダイアルセット・プレスシャッターに搭載されたProtarlinse。鏡胴には経年相応のスレがあるが、ガラスはとてもクリーンである。絞りとシャッターは正常に動作する。Zeissの初期のレンズであり大変希少なものである」とのこと。オークションは150ポンドでスタートし私を含め3人が入札、240ポンドで終了し私のものとなった。届いたレンズは前玉に小さなスクラッチがみられたものの撮影結果には影響のないレベルである。ホコリの混入は少なめで経年を考えると十分なコンディションである。Doppel-Protarの場合、レンズを搭載しているシャッターにはコンパーシャッター、プロンターシャッター、コンパウンドシャッター、ILEXシャッターなどいろいろな種類のものがあり、これといって決まった組み合わせがあるわけではない。今回のシャッターユニットがどこのメーカーの製品なのかよくわからない。
Doppel-Protar 146mm F7(Protarlinse 前群290mm + 後群225mm): 重量(実測)170g, 絞り羽 12枚構成, フィルター径32.5mm, 推奨イメージプレート:大判4x5 inch,(35mm判換算スペックは40mmF1.9相当), フィルター径 29.5mm, 光学系は2群8枚シリーズ7型


Doppel-Protar 163mm F6.3
本品はヤフオクを介して2013年11月に落札購入した。オークションははじめ1000円の価格でスタートし私を含め6人による争奪戦となった。商品の解説は「レンズにカビは無いが、汚れやホコリの混入がある」といつもの一般的な説明に加え、「絞りを動かす制御レバーが欠損しており絞りが変えられない。ただし、鏡筒側面の穴に代わりの棒をはめ制御することができる。絞り羽根にサビ・劣化が出ている。外観ほとんどの塗装が剥がれて下地が出ている」とのこと。撮影に問題が生じる類の劣化は無さそうなので、安く落とせるチャンスだと判断し狙ってみた。このレンズは前後群が工具もなしに簡単にバラせる構造になっているので、絞り羽のサビは自分でも簡単に落とせる。鏡胴のハゲは撮影に影響がないので私に関係ない。光学系さえまともなら外観はボロの方が入手しやすく、私には好都合あのである。20000円の最高額を設定し入札したところ、あっけなく10510円で落札できた。国内では認知度が低く殆ど出回らないため、高値がつくときもあれば今回のように安く手に入ってしまうこともある。届いた商品をよく見たところ、後玉フィルター枠のすぐ横の一見したところでは判りにくい場所に小さなバルサム剥離がみられた。前玉側からは全く見えない隅の位置である。描写への影響は全くないと判断し、このまま手中に収めることにした。
Doppel-Protar 163mm F6.3(Protarlinse 285mm x2): 重量(実測)90g, 絞り羽 13枚構成, フィルター径 前側34mm,後側33.5mm, 推奨イメージプレート:大判5x7 inch(35mm判換算スペックは44mmF1.7相当), フィルター径 34mm,  光学系は2群8枚のシリーズ7型



Bronica S2とSony A7へのマウント
本来は大判カメラに装着して用いるレンズであるため中判カメラや35mm判カメラで使用する際にはマウントアダプターの種類の多さを考慮し、レンズのマウント部をいったんM42ネジに変換しておくと便利である。以下ではその変換例を解説する。用意した部品は市販で手に入るM42リバースリングとフィルター・ステップアップリングである。
焦点距離128mmと146mmの2つのモデルはレンズシャッターに付属しているボード装着ネジを用いてステップアップ・フィルターリングをマウント部に挟み込みように固定し、その上からM42リバースリングを据え付けることでマウント部をM42ネジに変換した(下の写真Iおよび写真II)。これ以外の方法としては、後玉側のフィルターネジにステップアップリングをはめ、その上からM42リバースリングを装着するのもよい。焦点距離163mmのモデルに対してはこの方法を採用した(下の写真III)。いずれも部品の組み合わせだけで実現できる非侵襲的なマウント改造法である。

写真I (Doppel-Protar 128mmのM42マウントへの変換例): レンズ本体とレンズに付属しているボード装着ネジの間にステップアップフィルターリングで挟んで固定し、その上からM42リバースリングを据え付けM42ネジに変換している。このままM42ヘリコイドアダプターに搭載すればSony A7で使用できる。また、M42-Bronicaマウントアダプターを介せば、Bronica S2で使用することもできる。ここで用いた部品は全て市販品であり、ヤフオクやeBayで購入できる。ステップアップリングはヤフオクで500円程度、M42リバースリングはeBayで8ドル~11ドル程度である


写真II (Doppel-Protar 146mmのM42マウント変換例): こちらはレンズ本体とボード装着ネジにM42リバースリングを直接挟んで固定した。購入した部品はM42リバースリングのみである

写真III (Doppel-Protar 163mmのM42マウントへの変換例):後玉のフィルターネジ(約33.5mm径)にステップアップリング(33.5-49mm)をはめ、その上から更にM42リバースリングを据えつけてM42ネジに変換している





続いてカメラへの搭載方法である。Bronica S2への装着には香港のLensWorkShopがeBayで販売しているM42-Bronica M57(P1)マウントアダプターを用いた。3本のDoppel-Protarはどれもフランジバック長が異なるレンズなので、無限遠のフォーカスが正しく得られるようにするには、レンズとカメラ本体の間に適当な長さのマクロチューブ(ヤフオクでBronica用M57マクロチューブを入手)を挟んで調整する必要がある。なお、Bronica S2にはカメラ本体にヘリコイドの繰り出し機構が標準搭載されているので、ヘリコイドチューブやベローズユニットを別途用意する必要は無い。これに対し、デジタル一眼レフカメラやミラーレス機ではレンズとカメラの間にM42レンズ用アダプターとM42ヘリコイドチューブを装着して用いることが前提となる。下の写真の下段にはSony A7への搭載例を示した。M42ヘリコイドチューブは一番長いタイプ(35-90mm)を選ぶと良いだろう。eBayでは50ドル程度、ヤフオクでは7000円程度で売られている(2014年9月時点)。
ここで紹介したマウント変換例は手軽に実行できる点が長所であるが、耐久性にはやや不安が残るうえ、無限遠のフォーカス調整を自分でおこなう必要があるなど手間のかかる方法でもある。改造専門店や工房などに依頼した方が仕上がりが良いのは言うまでもない。
Bronica S2への搭載例。レンズとカメラの間にはBronica M57マクロ・エクステンションチューブとM42-Bronica M57マウントアダプター(Lens-workshop製)を用いている





Sony A7への搭載例。カメラとレンズの間にはマウントアダプター(M42-Eマウント)とM42ヘリコイドチューブ(35-90mm)を用いている




★撮影テスト
Doppel-Protarは大判カメラ用に設計されたレンズであり、メーカーが推奨しているイメージフォーマットは焦点距離128mmのモデルと145mmのモデルが4x5インチ、焦点距離163mmのモデルが5x7インチとなっている[文献7]。レンズをイメージフォーマットの小さな中判カメラやフルサイズ機などで用いる場合には、良好な画質が得られるかどうかを実写で判断しなければならない。本ブログでは大判カメラ(4x5)による撮影テストに加え、中判カメラ(6x6)とデジタルカメラ(フルサイズ機)によるテストも実施することにした。3種のカメラによるテストは根気のいる作業なので、本命の大判カメラによる実写結果は別途(こちらにて)お見せすることとし、今回は中判カメラとフルサイズ機による実写テストの結果をお見せする。

(1) Doppel-Protar 128mm F6.3
美しい軟調表現を可能にしている均一なハレーションが魅力

使用機材
フィルム撮影:Bronica S2 (中判6x6フォーマット)+ Fujifilmカラーネガ Pro160NS/Pro400H/Pro400NS
デジタル撮影:Canon EOS 6D

このレンズの素晴らしいところはノンコートレンズのわりに逆光撮影にある程度耐え、綺麗に軟調化してくれる点である。軟調レンズにもいろいろな性格のものがあることを教えてくれるのだ。好きか嫌いかと言われれば勿論好きである。オールドレンズを逆光撮影に用いると、レンズによってはゴーストからの過渡段階のために不均一なハレーション(フレア塊)が生じ、発色が濁るなど冴えない結果になることがしばしばある。一方、このレンズの場合は構造的にゴーストが出にくいためなのか発生するハレーションの均一性が高い。発色は淡白になるだけで濁ることはないため、とても美しい撮影結果が得られる。
解像力は四隅までたいへん良好で、ボケはよく整っており柔らかく綺麗に拡散するなど結像性能に安定感がある。コマやハロは開放からほぼ完全に抑えられておりヌケもよい。基本的にコントラストの低いレンズなので、良く晴れた真夏のような空の下でも階調描写は硬くはならない。色にじみや色ズレは全くでない。収差曲線上では非点収差が少しだけあるようなので、四隅の解像力についてだけは同じクラスのダゴールの方が上かもしれない。
128mmF6.3 @F8+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro400N): 逆光時のフレアが美しい










128mmF6.3 @F6.3 (開放)+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro400N): 開放でもピント部には充分な解像力がある
128mmF6.3 @F11+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro400NS):ピント部の発色は良好だが不思議と背後は淡白である。収差の影響であろうか

128mmF6.3 @ F6.3 (開放)+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro160NS):  昭和のブラウン管カラーテレビでみる映像のようなあっさりとしたクールな発色である




128mmF6.3@F8+Bronica S2(6x6), 銀塩ネガ(Fujifilm Pro400NS): 乗り物酔いに耐えヘロヘロになりながら撮った1枚。背後のブレが被写体まわりの臨場感を引き立たせてくれる










128mmF6.3 @F6.3 (開放)+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro400NS): ハレーションを狙い光源を多数入れてみた。ゴーストは出ずによく踏んばている







128mmF6.3 @ F8, EOS 6D(AWB): 続いてデジタルカメラ(フルサイズ機)による作例である。デジカメとの相性もなかなか良さそうである
128mmF6.3@ F8, EOS 6D(AWB):やはりデジカメでもやや淡泊な発色であることに変わりはない。一段絞れば画質は充分のようである
128mmF6.3 @F6.3(開放), EOS6D(AWB): 下段は上段を一部拡大したもの。開放で近接撮影を行うとハロが発生し線の細い繊細な描写となる。産毛までバッチリだ

128mmF6.3 @F11, EOS6D(AWB, iso2400):もちろん絞れば近接でもシャープに写る

128mmF6.3 @F6.3(開放), EOS6D(AWB):これくらいの距離であれば開放でもハロは目立たなくなる

(2)Doppel-Protar 145mm F7
テッサーの到来を予感させるシャープでヌケの良い描写
使用機材
フィルム撮影:Bronica S2 (中判6x6フォーマット)+ Fujifilmカラーネガ Pro160NS/Pro400H/Pro400NS
デジタル撮影:Sony A7

続いて2本目は焦点距離145mmのモデルである。このレンズは先の焦点距離128mmのモデルよりもシャープネスが高く鋭い階調描写である。開放からヌケが良く四隅まで画質は安定している。ただし、逆光には更に弱く、ハレーションが発生するとシャドー部が浮き、一般的なレンズ同様に全体的に乾いたような階調描写になる。また、発色が濁ることもある。テッサーの描写に少し近いような印象である。順光では少し絞るだけで、まるで現代のレンズのように高描写である。
145mmF7 @F11+Bronica S2(6x6),銀塩ネガ(Kodak Protra400):順光ではシャープでヌケの良い描写である。まるで現代のレンズのように四隅までキッチリと写る
145mmF7@F7(開放)+Bronica S2(6x6), 銀塩ネガ(Kodak Protra 400):収差はよく補正されており、コマやハロは全く出ない。開放から実用的な画質だ

145mm F7@F11+Bronica S2(6x6),銀塩ネガ(Kodak Protra 400):逆光撮影はご覧の通り弱く、やや濁りが入り乾いたような印象の写りになる



145mmF7 @ F7(開放), Sony A7 (AWB): このモデルも近接撮影ではやはりハロがでる。ただし、焦点距離128mmのモデルよりは控えめである

163mmF6.3 @ F11, Sony A7 (AWB): 続いて遠景。解像力はここまで深く絞っても向上しない。開放から1~2段絞るあたりまでが美味しいと思う







(3)Doppel-Protar 163mm F6.3

使用機材
フィルム撮影:Bronica S2 (中判6x6フォーマット)+ Fujifilmカラーネガ Pro160NS
デジタル撮影:Sony A7

3本目は最も長焦点の163mmF6.3である。このレンズも結像性能は安定しており、ボケも整っているなど傾向は他のモデルと同じであった。基本的には軟調なレンズである。逆光にさえ気をつけれ均一なハレーションも出せるし、発色の濁りは抑えられ軽やかでクリーミーな写りになる。
163mmF6.3 @F6.3(開放), Sony A7(AWB): ハレーションの出方はとても綺麗で、朝の雰囲気が良くだせた
163mmF6.3 @F6.3(開放), Sony A7(AWB): コントラストは低いが、開放から実用的な画質である。


163mmF6.3 @F6.3(開放), sony A7(AWB):とても軟らかく、軽やかでクリーミーな階調描写である。軟調レンズ万歳!
163mmF6.3 @F6.3(開放) Sony A7(WAB): 近接撮影は長焦点モデルになる方が収差はすくないようで、3本のなかではハロの発生が最も少なかった
163mmF6.3 @F6.3(開放) Sony A7(WAB): 少しフレアっぽくなり、発色も濁ってしまった。外で使うときには深いフードの装着は当然のこととして、逆光はなるべく避けたほうがよい

163mmF6.3 @F6.3(開放) Sony A7(WAB): 開放でもピント部は四隅まで均一性が高い。ボケにも安定感がある
163mm F7@F11+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro160N): 

163mm F7@F9+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro160N):


163mm F7@F7+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro160N):



163mm F7@F7+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro160N): 曇り日の夕方などコントラストが低下ぎみで光量が少ないと発色が著しく濁るので注意を要する(フィルム特性にも原因はある)






























Doppel-Protar(シリーズ7)の発売から2年後の1897年にHoeghはDoppel-Protarよりも更に過激な2群10枚のモンスターレンズを完成させ、Satz Anastigmat (ザッツ・アナスチグマート)の名で世に送り出す。しかし、このレンズは製造コストがかかりすぎたため、少量のみがが生産されただけで間もなく製造中止となっている。こんな採算性の低いレンズを設計したHoeghは、いったいどういうつもりだったのであろうか。
Satz Anastigmat (Goerz 1897)。構成は2群10枚

謝辞
Rokuoh-Shaの寺崎様には参考資料をご提示いただくなど大変お世話になりました。心から御礼申し上げます。
 
ラージフォーマット(4x5)による大判カメラでの撮影結果をこちらに掲示しました。




7 件のコメント:

  1. 力作、お疲れ様でした。

    クリーミーな階調描写とともに、「クリーミー」な描写。
    この言葉は写りの様子を表すのにとても分かりやく、なおかつ説得力のある表現ですね。
    先ずはお疲れ様でした。

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    1. ありがとうございます。紅葉の大判写真を撮れば、いよいよDoppel-Protarともお別れです。

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  2. Spiralさん

    大作お疲れ様です。
    100年以上の出来事ですが、詳細な事実の積み重ねでここまで人となりが浮かび上がってくるんですね。
    面白いと思うとともに丁寧に事実を検証する重要さがわかります。
    しかしルドルフの人生は誰かと競い続けた人生なのですね。
    プロターではダゴールとテッサーではトリプレットと再就職したHugoMeyerでは古巣のZeissと。
    ライバルがいて初めて真価を発揮するレンズ設計者のような気がします。
    皮肉なのはその当時ライバルがいなかったプラナーについてはあまり深く追い込んでないように思われることです。もしテイラーホブソンのリーが1900年にOPICを設計していたらルドルフはPlanarをもっと追い込んでいたのではないかと思います。
    フーフのダゴールの真価を見抜けなかったようにPlanarの真価もいまいち見抜けなかったのでしょうか?気になるところです。
    今回は本当にお疲れ様でした。
    アッベの定款とルドルフの著作権のくだりなども今回のブログではじめて気づきました。
    本当にすばらしい文章だと思います。
    作例も気合入ってますね。
    とてもすばらしいと思います。
    個人的にはSatz Anastigmat記事、心待ちにしています(笑)

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  3. ヨッピーさん
    アッベの経営哲学が生んだZeissの定款がルドルフを縛り彼を苦しめる辺りは、今回発見した最大の成果です。この部分を評価してもらえてとても嬉しいです。おっしゃるように、ルドルフは闘争本能の強い人間味溢れる性格の人物だったのでしのようね。短編映画て実写化したら面白そうです。誰がルドルフやるのでしょう(笑)。

    プラナーを書くのはとても大変そうです。

    Satz AnastigmatはeBayでかなり前からWATCHしていますが、
    ぜんぜん出てきません。

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  4. spiralさん、昨夜は失礼しました。

    Zeiss Anastigmat類は、シリーズⅢ、Ⅳ、Ⅴが同じく1890年に順次発売され、その後翌1891年にⅠ、Ⅱと販売が開始されたことになっています。
    通常の考え方からすれば発売順にⅠ、Ⅱと名称をつけていくものですが、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴが先に発売されているのは、一体何が原因だったなのでしょうかね。

    spiralさんの本文中からヒントを探すと、問題の反転ダゴール同等タイプのシリーズⅥ(ろく)は、すでに1891年(1893年発売)に完成していることになっています。
    このヒントから考えると、シリーズⅠからⅥまではほとんど同じ時期に並行して設計が開始されたのではないでしょうか。しかも名称まで決めて.....。
    そして完成度が高いと思われるものから順次発売していったということが、想像上の仮説としては成り立つように思えます。

    問題のシリーズⅥもツアイスの定めた定款の問題が無ければ、実はもっと早く発売されていたのかもしれません。
    いつもの通り適当な想像です。

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  5. lense5151さん
    > 昨夜は失礼しました。

    いえいえ。こちらこそ、話題のご提供ありがとうございます。

    >通常の考え方からすれば発売順にⅠ、Ⅱと名称をつけていくものですが、
    >Ⅲ、Ⅳ、Ⅴが先に発売されているのは、一体何が原因だったなのでしょうかね

    確かに面白いですね。どれもプロターシリーズですが、Zeissは明るいレンズから順に
    I(F4.5), II(F6.3), IIa(F8), IIIa(F9), IV(F12.5), V(F18)とつけていたものと思います。
    (根拠はありません)。

    その後、Anastigmatシリーズが改定されると、一番明るいPlanar F3.6に
    シリーズI が付与されたこととも整合します。いかがでしょう?

    > spiralさんの本文中からヒントを探すと、問題の反転ダゴール同等タイプのシリーズⅥ(ろく)は、
    > すでに1891年(1893年発売)に完成していることになっています。

    はい。Zeissのレンズ・カタログの文中に1891年9月設計と書いてありました。

    > このヒントから考えると、シリーズⅠからⅥまではほとんど同じ時期に並行して設計が
    > 開始されたのではないでしょうか。しかも名称まで決めて.....

    自分もそう思います。lense5151さんのご意見と同じです。

    > そして完成度が高いと思われるものから順次発売していったということが、想像上の

    なるほど。発売の順番の意味までは考えませんでした。一番自然な解釈ですよね。

    >問題のシリーズⅥもツアイスの定めた定款の問題が無ければ
    >、実はもっと早く発売されていたのかもしれません。

    Zeissは通常、特許を開示してからレンズを発売しますので、まさにそのとおりだと思います。
    ご意見ありがとうございます。寺崎様ならこのあたりお詳しいかもしれません。

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  6. >Zeissは明るいレンズから順に、
    >I(F4.5), II(F6.3), IIa(F8), IIIa(F9), IV(F12.5), V(F18)とつけていたものと思います。

    恐れ入りました。このことには今まで気がつきませんでした。名称の順番の由来はこの明るさの順番と考えるのが妥当かもしれません。

    >その後、Anastigmatシリーズが改定されると、一番明るいPlanar F3.6に
    >シリーズI が付与されたこととも整合します。いかがでしょう?

    やはり同じことを考えておられるようです。次の話のネタにしようかと思っていたところです。(笑)
    シリーズIというF4.5の明るいレンズは、多分ほとんど製造されていないようです。発売しては見たものの、ルドルフさんは自分自身でも満足できなかったようです。
    しかしシリーズIという一番の名称が付いているからには、もともとAnastigmatシリーズには、どうしても明るいレンズをラインナップに加えたかった(あるいは目指した)と考えるのが順当です。

    したがってspiralさんご指摘のように、Ia(Planar)、Ib(Unar)、Ic(Tessar)と続く明るいレンズには、I(いち)が継続してつけられているのでしょう。
    特にPlanarはかなり早い時期から、次の明るいレンズにむけて設計の策を練っていたに違いありません。

    またまた適当な想像でご勘弁。
    今回のDoppel Protarの紹介は、普段少々肩身の狭い思いで、古ぼけた古典鏡玉を使っている身にとっては、大きな力を頂戴した思いです。
    感謝。

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