おしらせ


2014/02/23

Voigtländer SEPTON 50mm F2(DKL)



銘玉の宝庫デッケルマウントのレンズ達
PART 5: SEPTON 50mm F2
被写体をダイナミックに捉える美しいトーン
ゼプトンの歌声が聞こえるか
Septon(ゼプトン)は旧西ドイツのVoigtlander(フォクトレンダー)社が最高級カメラのUltramatic(ウルトラマチック)に搭載したF2の明るさを持つ準大口径レンズである。写りが良いため1960年の登場直後からたちまち評判となり、1967年までの7年間に約52000本が製造されている。レンズ名の由来は数字の7を意味するラテン語のSeptemであり、光学設計が7枚の構成であることを主張したネーミングである。コーティング技術が今ほど進歩していない1960年代初頭の製品で7枚玉と言えば、本来は一段明るいF1.4のレンズにみられる構成である。一方、SeptonのようなF2クラスの7枚玉はまだ少なく、ライツの高級ブランドに一部みられる程度で、当時は6枚構成のオーソドックスなプラナー型やゾナー型が主流であった。レンズの構成枚数を増やせば収差の補正パラメータが増えワンランク上の結像性能を実現できるが、空気と硝子の境界面が増えるため内面反射光が蓄積しやすく、階調や発色が不安定になりやすいという代償を背負うことになる。合理的な判段を下すならば製造コストのかからない6枚玉であろう。事実、大方のメーカーはF2級レンズを6枚構成で登場させている。これをチャンスと見たフォクトレンダーは社運を賭けたハイスピード・スタンダードレンズに7枚構成を採用する大勝負を仕掛けたのである。この種の選択はハイリスク・ハイリターンを狙うものであり、代償として失うものこそ多いが、タイミングさえ合えば得られる成果には時として何倍もの価値がつくことがある。Septonは時代の一歩先をゆく前衛的なレンズとして登場、6枚玉のダブルガウスタイプにもテッサータイプにも真似のできない写りは、その後「音まで写しとる素晴らしいレンズ」と絶賛され、日本では伝説となるのである。
重量(実測) : 250g , 光学系の構成: 5群7枚ゼプトン型, 絞り羽: 5枚, フィルター径: 52mm, 最短撮影距離: 0.9m(後期型は0.6m), 製造年: 1960-1967年, 製造本数:52000本弱、デッケルマウント(Bessamatic/Ultramatic用マウント)








Septonの製品コンセプトは7枚構成で得た余力を大口径化に費やすのではなく、描写力の向上に充てていることである。発展期のガウス型レンズに共通してみられるモヤモヤとしたコマフレア(サジタルコマフレア)を徹底して低減させ、開放からスッキリとヌケの良い写りを実現した先駆的なレンズなのである。設計は下図のような5群7枚構成で、旧来からのダブルガウス型レンズに大きく湾曲した負の凹メニスカスレンズ(青のエレメント)を内部に組み込んだ独特な形態である。これがコマフレアを抑制するために生み出された合理的な設計であることは、以下の推論から理解できる。
 
Septonの光学系のトレーススケッチ。左が被写体側で右がカメラ側。構成は5群7枚のゼプトン型で旧来からのダブルガウス型レンズに大きく湾曲した負の凹メニスカスレンズ(青のエレメント)を組み込んだ独特な設計形態である。なお、この凹メニスカスで収差の補正とレトロフォーカス効果を同時に実現しており、50mmの焦点距離を維持したまま一眼レフカメラに適合できるようになっている。凹メニスカスを最前部に据えると普通のレトロフォーカスとなるが、Septonの場合には軸上光線が高い位置を通る最前部に凸レンズを据えることで正のパワーを稼ぎ、明るいレンズを実現している。絞りの手前にある凹レンズ(赤のエレメント)が絞りを挟んだ向かい側の凹レンズよりもフラットな形状でありることに、このレンズの設計の秘密が隠れている
 
スッキリとクリアに写るSeptonの描写力はモヤモヤとしたコマフレアを効果的に封じることで実現している。コマフレアは対称型のレンズに生じやすく、ダブルガウス型レンズはその典型である。コマが多く発生するとコントラストが低下しシャープネスを損ねることになる。Tronnier(トロニエ)が1934年に設計したXenon F2はこの性質を逆手に取り、前群のはり合せを外してコマを低減させた。すなわち、コマを抑える一つの方法は前後群の対称性を破ることにある。Septonの設計も対称設計のダブルガウス型レンズがベースとなっているが、上図に示すように前後群の対称性が凹メニスカスの導入によって大きく崩れている。
コマを抑えるもう一つの方法は絞りの手前側にある凹レンズ(図の赤のエレメント)の曲がり具合を緩めることである[伊藤宏1951/Canon 50mm F1.8]。構成図を見ると、この凹レンズのカーブが後群側の凹レンズに比べ遥かに緩やかになっている様子が確認できる。この部分を緩めた結果、球面収差とペッツバール和の変動が起こるが、これらを新たに追加した凹メニスカス(青のエレメント)によって低減させるのである。凹メニスカスの導入が負のパワーを補強しペッツバール和の変動を抑えると同時に、レトロフォーカス効果を生み出し、50mmの焦点距離を保ちながら一眼レフカメラへの適合をサポートするのである。凹メニスカスが「くの字型」に大きく湾曲していることを見逃してはならない。この湾曲により直ぐ後ろの第3レンズとの間に凸形状の空気レンズができており、この部分には球面収差の膨らみをたたく作用がある。新たに導入した7枚目の凹メニスカスが一石二鳥、いや一石四鳥の効果をあげ、コマフレアを合理的に封じているのである。
なお、Septonと同一構成のレンズとしては他にもHasselblad用Planar CF 80mm F2.8(1983)、Rollei SL66用Planar 80mm F2.8(1966)、Rolleiflex 6008 integral Planar 80mm F2.8(1993)などがあり、いずれも定評のあるレンズである。

Septonは1960年に登場後、生産の終了する1967年までの7年間で52000本弱が市場供給されている。これはColor-Skopar(20万本弱)、Skoparex(6万本強)に次ぎ同社のデッケルレンズとしては3番目に多い製造本数である。しかし、残念なことに現在の中古市場に出回っている製品の多くにはバルサム切れ(レンズのはり合せ面に塗布した接着材が劣化し接着面が剥離する現象)が発生し、バルサムの交換修理が必要となっている。バルサム切れが頻発する原因についてフォクトレンダー製品にお詳しい浅草の早田さんは、製造時に人工バルサムの混合比を間違える人為的なミスがあったと述べている。

入手の経緯
今回紹介する製品個体は2012年5月に米国の写真関連業者からeBayを経由し落札購入した。米国内への配送のみに対応すると宣言していたので、事前に連絡を取り日本への上陸許可を得ておいた。私の経験上、配送先を限定している場合には競売相手が減り、安く手に入る可能性があるので狙い目である。商品の状態はMINT(美品)で前後のキャップと保護フィルターが付属しているとの解説である。このレンズはバルサムの剥離した個体が非常に多くコーティングも傷みやすいため、中古市場に出回っている個体の多くがメンテを必要としている。出品者に事前に質問し、バルサム剥離が無いこととコーティングの状態が良いことを確認しておいた。オークションは1ドルスタートで始まり8人が応札、アンドロイドアプリの自動入札ソフトを用いて最大420ドル、締切時刻の7秒前にスナイプ入札するよう設定し放置したところ、翌朝に386ドルで落札されていた。送料+輸入税の41ドルを含めると購入総額は417ドルなので、相場価格よりやや安くてに入れることができた。現在のヤフオクでの相場はバルサム切れなど問題を抱えている品が30000~35000円程度、状態の良い品は45000~55000円程度(eBayでは400-500ドル程度)である。このレンズの中古相場は緩やかに上昇しているようだ。

撮影テスト
Septonの特徴は7枚構成で得た余力を大口径化に費やすのではなく、描写力の安定と向上に充てていることである。発展期のガウス型レンズに共通してみられるモヤモヤとしたコマフレア(サジタルコマフレア)を徹底して低減させ、開放からスッキリとヌケの良い写りを実現した先駆的なレンズなのである。階調描写はコンディションに左右されやすく明らかに軟調であるが、中間部の階調は驚くほど豊富に出ており、フワフワとしたグラディエーションの出方はその場の雰囲気を繊細かつ大きく捉えるのに適している。7枚玉ならではの軟らかく美しいトーンとテッサー同等のクリアな描写力を融合させた異次元の写りに、このレンズが世間から高く評価されてきた理由を感じ取ることが出る。発色は渋く、温調気味で、コンディションによっては赤みを帯びる傾向がある。開放ではこの傾向が特に増すが、絞れば少しはノーマルになる。後ボケには概ね安定感があり、中距離で周辺部の像が僅かに流れるものの、激しいグルグルボケには発展しない。この時代のダブルガウス系レンズにしては比較的穏やかな後ボケといえるだろう。反対に前ボケは中距離でグルグルボケが顕著に目立つことがある。このレンズはコマフレアが殆んど発生しないため、ダブルガウス系統のレンズにしては背景のボケ味がやや硬い印象をうける。おそらくアウトフォーカス部にコマフレアをやや残存させたほうがブワッと拡散し、柔らかく美しいボケに見えるのであろう。開放では四隅に若干の周辺光量落ちがみられるが一段絞れば均一化する。以下作例。

撮影環境: SONY A7,  M42-Nex Camera Mount, M42 Helicoid Tube, 52mm径Metal Hood
F2(開放) Sony A7(AWB):  開放では被写体前方にグルグルボケが発生するので、こういう面白い使い方ができる。発色は渋く温調気味である。やや赤みを帯びる傾向もみられる。シャドー部が潰れず穏やかな階調描写である



F4, SONY A7(AWB):  近接でも解像力はまぁまぁ高くコマも良く補正されている

F2(開放), SONY A7(AWB): 再び開放。これくらいのディテール再現性があれば解像力としては十分と言えるのではないだろうか。中距離では背景に極弱いグルグルボケが出るので、このようなストーリー性のある場面では演出効果の一翼を担っている
F2.8, SONY A7(AWB):  なだらかで美しい階調描写とテッサー同等のヌケの良さを融合させたSeptonならではの空気感である。ヘリコイドアダプターを用いてレンズの最短撮影距離(規格)よりも近接側で撮影している。モヤモヤ感はなく画質に破綻はない。接写側の余力はまだありそうな感触だ









F4, SONY A7(AWB): 近接撮影の場合、後ボケは穏やかで安定感がある。実は私は洞窟探検家で、これはホンモノの人骨。洞穴が風葬に使われている場合もあり、こういう場面に出くわす。こちらに示すように時々語り合い、「生前はどんな人だったのだろうか・・・」などと、想像しながら静かな時間をすごす
F2, SONY A7(AWB): コンディションに左右されやすく、曇天時はコントラストが低下ぎみで発色も渋いが、晴天になるとコントラストが急に良くなり色のりも鮮やかである





 
SEPTON x Fujifilm GFX 100S
レンズを中判イメージセンサーを搭載したFujifilmのGFXシリーズで使用した場合は、遠方撮影時に写真の四隅が僅かにケラれます。
 
F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日陰 F.S: C.C.)

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光, F.S: C.C.)

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光)