おしらせ

 
イベント案内
オールドレンズ写真学校ワークショップ
9月23日(土)場所は巾着田 申込制:定員15名(のこり僅かとのことです) 詳しくはこちら スタッフとして参加予定です。
オールドレンズ写真学校 写真展
11月3ー5日 場所は原宿 申込制:定員13名(参加資格有) 詳しくはこちら スタッフとして参加予定です。

2014/12/11

Ernst Leitz Summar(Mikro-Summar) 8cm F4.5


ライツ初期のマクロ撮影専用レンズ
Ernst Leitz SUMMAR 8cm F4.5
ある筋から山崎光学写真レンズ研究所の山崎和夫さんがご愛用のレンズと聞き、俄然興味を持ったのがSummar (ズマール)F4.5である。Summarの歴史を遡ると、何とLEICAの登場よりも古く、1907年には既にLeitzのハンドカメラとともに同社の広告に掲載されていた[文献1]。1910年にはマクロ撮影用モデルの原点と考えられる顕微鏡用のSummar 24mm F4.5が製造されている。Summarと言えばLeica用に供給された一般撮影用レンズの50mm F2が有名だが、このモデルが登場したのは1933年とだいぶ後の事である。
今回取り上げるのはマクロ撮影専用モデルとして設計されたSummar 8cm F4.5である。焦点距離8cmのモデル以外には24mm, 35mm, 42mm, 64mm, 10cm, 12cm, 24cmが存在し、ライカ判35mmフィルム(≒フルサイズセンサー)をギリギリ包括できるイメージサークルを持っている。いずれもヘリコイドの無いレンズヘッドのみの製品として供給され、私が入手した製品個体はマウント側がM25ネジ(ネジピッチ0.75)になっていた。一般撮影用レンズとしてカメラで用いるにはマウントアダプターを使い直進ヘリコイドに搭載するのがよい。光学系については記録がないものの、光の反射面の数からは明らかに4群6枚の標準的なダブルガウス型であることが判る。ただし、Vade Macum[文献2]にはダブルガウス型モデル以外にDialyt(ダイアリート)型に変更された後期型モデルが存在したという情報もある。全モデルにシリアル番号の刻印がなく、製造期間やモデルチェンジの経緯など詳しい事はわかっていない。鏡胴が真鍮製でありガラスにコーティングが施されていない事から推測すると、私が入手したのは戦前に生産された製品個体であろうと思われる。なお、鏡胴にMikro-Summarと刻印されている製品個体も存在するが、いずれにしてもレンズの収納ケースにはMikro-Summarと記されているので差異はないと思われる。謎の多いレンズだ。
  • 文献1: Advertising by E.Leitz Wetzlar in Photographische Rundschau 1907, no. 13 (Click Here)
  • 文献2:Matthew Wilkinson and Colin Glanfield, A Lens Collector's Vade Mecum

重量(実測) 73g, 絞り羽 10枚, フィルター径 23mm前後, 構成 4群6枚(ダブルガウス型), マウントスレッドM25(ネジピッチ0.75mm), シリアル番号未記載, 絞り値:2(F4.5), 4(F6.3), 6(F7.7), 12(F11), 24(F15.4), イメージサークルはライカ判35mmフィルム(≒フルサイズセンサー)をギリギリカバーできる。レンズ名はラテン語で「最高の」を意味するSummaを由来としている。




 
入手の経緯
このレンズは2013年10月にeBayを介して米国の古物商から落札購入した。出品者は写真機材が専門ではなく主にiPhoneの端末を売り、5回に1回程度の割合で写真機材を出品している人物だ。「ガラスはVery Nice」との触れ込みで、オークションの解説は「Ernst Leitzのマクロ撮影用レンズ。私はこれを用いて出品する商品の写真を大量に撮っていた。レンズに関する詳細はわからないが質問には何でも答える。キャノンAマウントレンズに変換できるアダプターをオマケでつけておく」とのこと。オークションの締め切り時刻は日本時間の明け方5時で、中国人ブローカー達もすっかり寝静まっている時刻である。ラッキーなことに配送先を米国のみに限定しているので、さっそく出品者に交渉し日本への配送について約束を得ておいた。配送額は12ドルとのことである。アンドロイドアプリの自動スナイプ入札ソフトで最大額を216ドルに設定し私も就寝・・・朝目覚めてビックリした。入札したのはたったの3名で落札額はたったの69ドル(+送料12ドル)である。eBayでの落札相場は350ドルから400ドル程度の商品なので、たいへんラッキーな買い物となった。2週間後に手元に届いた商品をみたところ、肝心の光学系はクリーニングマーク(拭き傷)すらない素晴らしい状態である。CマウントをL39/M39ネジに変換する純正アダプターも付属していた。

カメラへの搭載
このレンズはフランジバックが比較的長く、ミラーレス機はもちろんのこと一眼レフカメラで使用した場合にも無限遠のフォーカスを拾うことができる。レンズはマウント側のネジがM25(ネジピッチ0.75mm)になているので、市販のアダプターを用いてM42ネジやM39ネジに変換すれば直進ヘリコイドに搭載することができる。

M42ヘリコイド(35-90mm)に搭載するために用いたアダプター。左がM39-M42変換リングで、右がM25-M39アダプター(入手したレンズに付属)。いずれもeBayにて同等品を入手することができる


 
撮影テスト
マクロ域での画質は素晴らしく、デジタルセンサーの分解能にも負けない高い解像力を備えたレンズである。フレアは良く抑えられておりスッキリとヌケが良く、コントラストや発色も良好である。階調は軟らかく中間階調は豊富に出ており、絞っても硬くなることはない。しかし、何より驚いたのはピント部の画質である。最初の3枚の作例セットを見ていただけるとわかるように、開放から最少絞りまで画質の変化がほとんどみられず、ピント部は恐ろしいほど安定している。点光源によるボケ玉の明るさが均一であることからも、このレンズが近接域で理想に近い収差設計(球面収差完全補正)を実現している様子がうかがえる。ただし、中遠景を撮影する際は解像力が若干低下し後ボケの拡散がやや硬くなるとともにコントラストもやや落ちる。これは古いマクロ撮影専用レンズに共通する傾向でもあり、収差の補正基準点を近接域に設定しているためである。焦点距離8cmは無理のない画角のようで、グルグルボケや放射ボケは全く見られない。口径食は開放で近接撮影時(写真1枚目)に僅かにみられる程度で問題となるレベルではない。逆光には弱いが、軟らかい繊細な階調描写と近接域での高解像な描写力が魅力の優れたレンズである。

F4.5(開放), Sony A7(AWB): ピント部の解像力はとても高く、現代のデジカメセンサーがもつ分解能にも負けていない。ボケ玉の明るさは均一で球面収差が良好に補正されている様子がわかる。開放からスッキリとヌケが良く、発色やコントラストは良好である

F7.7, Sony A7(AWB): ピント部の画質は絞っても大して変化しない。それだけ開放での描写に余裕があるためであろう。強い日差しにもかかわらず階調は軟らかさを維持している。中間階調が豊富に出ており背景のトーンがたいへん美しい

F15.4(最少絞り), Sony A7(AWB): 深く絞っても回折による解像力の低下はほとんど感じられない。画質に安定感のあるレンズだ

F4.5(開放), Sony A7(AWB): 口径食はほとんどない。シャドー部が良く粘るレンズである。中遠距離になるにつれ後ボケが硬くなるのは古いマクロ撮影用レンズに共通している傾向だ

F6.3, Sony A7(AWB): 少し前にElgeet Mini-Telの撮影で使った被写体である。このシーンでも試してみたかった。高解像なレンズなので凄い質感が出ている


2014/11/26

レンズ名の語源

世の中には数え切れない種類のレンズがあり、欧州の光学メーカーにはその一つ一つに固有の名称を与える素晴らしい伝統があります。こうした製品名には開発者の理念や製品コンセプトが反映していることが多く、レンズグルメの一人としては見逃すことのできない重要なポイントです。これは欧州のカメラ産業が日本のようなオールインワンでの製品開発を主流とはせず、カメラやレンズ、シャッターなどパーツ毎に開発と生産を分業する体制を敷いていたためではないかと考えられます。
さて、最近「カメラ名の語源散歩」(新見嘉兵衛著・写真工業出版社)という本を手に入れ読んでみましたが、とても興味深い内容でした。ぜひ購入されていてはいかがでしょうか。

本ブログで過去に話題にしたレンズやメーカー等についても、その名称の語源が沢山取り上げられていましたので、この本を含むいくつかの参考文献から関連情報を引用し、私のTEXT&表現で紹介させていただきました。参考文献を下記にあげさせていただきます。

参考文献
「カメラ名の語源散歩」新見嘉兵衛著・写真工業出版社
 最も充実した情報源です。この本に収録されている情報に多くを頼りました。
「フォクトレンダー VM & カールツァイス ZM レンズWORLD」 日本カメラMOOK
 P28にZeissとVoigtknderのレンズ名の由来が収録されています。
「ツァイスイコン物語」竹田正一郎著
 本の中の各所にZeissのレンズ名の由来に関する情報が網羅されています。
「ぼくらのクラシックカメラ探検隊フォクトレンダー」オフィスへリア
 本の中の各所にVoigtlanderのレンズ名の由来に関する情報が網羅されています。
Helmut Franz and Edward Reutinger, STEINHEIL MUNCHENER OPTIK MIT TRADITION

TEXT:Spiral
  • A.Schacht Traveron(トラベロン), Travenar(トラベナー), Travegar(トラベガー), Travegon(トラベゴン): 「遠くへ」または「外国への旅行」を意味するTravelが由来。旅行に持っていけば大活躍するという意味が込められてるのだろう。携帯性の高いコンパクトなレンズが多い。
  • Agfa Solagon(ゾラゴン), Solinar(ゾリナー): ラテン語で「太陽」を意味するSolが由来。ソーラーカーやソーラーシステムとも同じ語源である。アニメAkiraで出てきた光学兵器もこんな名前だった。
  • Arsenal Vega(ベガ): ロシアのクセノタール型レンズに付与されるブランド名で七夕の織女星(琴座の一等星)Vegaが由来。ベガは赤い星だが、このレンズのコーティングもマゼンタだった。
  • Carl Zeiss Planar(プラナー):ドイツ語の「平坦な」を意味するPlan(ラテン語ではPlanus)が由来。平坦な像面が得られるという意味。こんな名前がついたのも、もともと製版向けが主だったためであろうか。
  • Canon:観音に由来しKwanon → Cannon(大砲の意) → Canon(規準の意)と変遷したと「カメラ名の語源散歩」に解説されている。大砲くらいで留めとくのが一番かっこよかったのに、フツーの名前になってしまった。
  • Carl Braun Braun-Paxette(パクセッテ): やはり同じ文献に解説があり、Carl Braun社の6x6判カメラ。ローマ神話の「平和の女神」を表すPaxが由来だそうである。カメラ名やレンズ名には神話を由来にするmのが数多くあります。
  • Carl Zeiss Biotar(ビオター): 文献2に解説があり、ギリシャ語で「生命」を表す接頭語Bioを由来としている。ただし、文献によっては若干異なる解釈もあるらしいことを読者の方から教えていただきました(感謝)。「もの」を意味するMetronを組み合わせBiometar(ビオメター), 「角」を意味するGonを組み合わせBiogon(ビオゴン), テッサーの改良という意味でBiotessar(ビオテッサー)とした。
  • Carl Zeiss Distagon(ディスタゴン):ラテン語の「遠くの、離れた」を意味するDistoに「角」を意味するGonを組み合わせた。焦点距離よりもバックフォーカスの長いレンズを意味する。
  • Carl Zeiss Flektogon(フレクトゴン):ラテン語の「曲がる、傾く」を意味するFlectoにギリシャ語の「角」を意味するGonを組み合わせたのが由来。融通が利くという意味で用いられるフレックスも元は同じ語源であり、やはり曲がるという意味もある。
  • Carl Zeiss Hologon(ホロゴン):ツァイスの超広角レンズ。Holoは「全部」を意味するギリシャ語接頭語で、これに「角」を意味するGonを組み合わせた。ホーロー鍋の語源にも関係しているのかもしれない。感じでは「琺瑯」だそうである。
  • Carl Zeiss Orthometar(オルソメタール):ギリシャ語で「正直、正」を意味する接頭語Orthoと、おなじく「もの」を意味するMetronの組み合わせ。Metronはメートルの語源でもある。湾曲なく真っ直ぐに写すという意味を感じる。
  • Carl Zeiss Protar(プロター):ギリシャ語の「元祖の、最初の」を意味するProtosが由来。これに関連して英語のPrototype(プロトタイプ)は試作品もしくは原型を意味する。
  • Carl Zeiss Sonnar(ゾナー):太陽を由来にもtsレンズ名は数多くある。このレンズもドイツ語の「太陽」を意味するSonneが由来となっている。ただし、Carl Zeissが工場を構えた地名Sonthofen(ゾントホーフェン)から来るという説もある。
  • Carl Zeiss Tessar(テッサー):ギリシャ語の「4」を意味するTessaresが由来で、このレンズが4枚玉であることを意味している。
  • Carl Zeiss Topogon(トポゴン):ギリシャ語の「地形」を意味するTopography、あるいはその語源となった「場所」を意味するToposに由来している。航空写真用であることを意味している。
  • Carl Zeiss Triotar(トリオター), Hugo Meyer Tripoplan(トリオプラン), Triplet(トリプレット):ラテン語の「3」を意味するTriplexが由来で、これらのレンズが3枚玉であることを意味している。
  • Chinon(チノン):創業時に三信光学であった時の製品名で、創業時の社長である茅野弘氏の名が由来。
  • Copal:創業者の小林氏のCoと前原春一氏のHalを組み合わせ、Co+Hal→Copalとなった。
  • Cosina:創業者の小林文治郎氏の出身地が長野県中野市越地区だったので、越地区のCosiと中野市のNaを組み合わせ社名にした。
  • Dallmeyer Rapid-Rectirinear(ラピッド・レクチリニア):「高速な」を意味するRapidと四角形(長方形・矩形)を意味するRectが由来。四隅まで歪まずに写る画期的なレンズであった。
  • ELGEET: 創業者の3人(London, Goldstein, Terbuska)の頭文字を組み合わせたL+G+Tが由来。
  • Ernemann Ernostar(エルノスター):Ernemann社のStar(星)という意味。
  • Ernst Leitz Ermar(エルマー), Ermax(マックス), Ermarit(エルマリート):会社名のErnst Leitzとレンズ設計者の名Max Berekを掛け合わせてできた名称。
  • Ernst Leitz Hektor(ヘクトール):ギリシャ神話でトロイ戦争に出てくる勇士の名が由来。ちなみにレンズの設計者Max Bekekは愛犬にHektorの名をつけていた。
  • Ernst Leitz Summar(ズマール),Summicron(ズミクロン),Summitar(ズミタール), Summilux(ズミルクス), Summarit(ズマリット): ラテン語の「最高の」を意味するSummaを由来としている。これに「小さい」を意味するMicroを組み合わせるとSummicron, 「光」を意味するLuxを組み合わせるとSummiluxとなる。
  • Ernst Leitz Thambar(タンバール):ギリシャ語の「驚き、驚嘆」が由来。
  • Goerz DAGOR(ダゴール):Doppel-Anastigmat Goerzの頭文字を組み合わせDAGORとしたのは有名な話だ。
  • Goerz DOGMAR(ドグマー):ラテン語で「信条」を表すDOGMAが由来。宗教性を帯びた名前には不思議な魅力を感じる。
  • Goerz Hypergon(ハイパーゴン):ギリシャ語の「過度」を意味するHyperと、「角」を意味するGonの組み合わせ。あるいみウルトラゴンにも似ている。巨大隕石が落ちて来るような名前である。
  • Hugo Meyer Helioplan(ヘリオプラン):メイヤーの広角レンズ。ギリシャ語の「太陽」を意味するHeliosとドイツ語の「平坦」を意味するPlanを組み合わせた。
  • Hugo Meyer Tele-Megor(テレ・メゴール):「望遠」を意味するTeleにMeyer社のMe、同社の所在地GorlitzのGorを組み合わせたの由来。
  • Jhagee Exakta(エキサクタ):ドイツ語の「精密な」を意味するExaktから来ている。
  • Kern Switar(スイター):スイスの英語名Switzerlandが由来。
  • Kilfitt Zoomar(ズーマー): ズーマー社(キルフィット社)の社名でもありレンズ名でもあるZoomarは、ズームレンズの語源にもなっていりが、元来はブーンという音を表す擬声音で飛行機が急角度で上昇する意味。
  • KMZ Helios(ヘリオス):ロシアのKMZ社の標準レンズ。ギリシャ語の「太陽神」を意味するHeliosが由来。ラテン語ではSolというそうだ。
  • KMZ Jupiter(ユピテル):ローマ神話の最高至上の神の名。英語ではジュピターと読む。ロシアのゾナー型レンズにつけられる名称。
  • KMZ Mir(ミール):ロシア語で「平和」「世界」を意味するMIRが由来。広角レンズにつけられる名称。Flektogon 35mmのロシア版コピーはMir-1。
  • KMZ Orion(オリオン):ギリシャ神話の巨身美貌の狩人。オリオン座。ロシア版Topogonに用いられている。
  • KMZ Russar(ルサール):ロシア製超広角レンズ。「ロシア」を意味する英語のRussoが由来。ロシアが独自に生んだ最もロシアらしい超広角レンズ。良く写るらしい。
  • Kodak Ektar(エクター):米国メーカーのEastman Kodak Co.の略語EKCから作られたと推測される。
  • Kodak:創業者イーストマン氏の造語ではなく、どの国の人にも発音しやすい語が選ばれたといわれている。
  • Komura: 三協光機の社長小島氏のKoと専務の稲村氏のMuraを組み合わせKo+Muraとなった。
  • Konishiroku Hexar(ヘキサー), Hexanon(ヘキサノン): ギリシア語の「6」を意味するHexおよびその接頭語であるHexaが由来。ちなみにHexarはテッサー型なので6枚玉の意味とは関係なさそう。小西六右衛門の六か?。
  • Mamiya Sekor(セコール):Sekorはマミヤ光機から独立した世田谷光機が発売したレンズで、SEtagaya+KOkiでSekorとなった。しかし、Mamiya Sekorでレンズが出ているので、結局はマミヤの傘下に入ったという事だろう。
  • Metz Mechaflex(メカフレックス):メッツ社の4x4判カメラ。「機械」を意味するMechanik(メカニック)を由来としている説とMetz社のCameraの略という2つの説がある。前者の方がカッコいい。
  • Meyer Primagon(プリマゴン), Primoplan(プリモプラン),Primotar(プリモタール):ラテン語の「第一の、最初の」を意味するPrimoにギリシャ語の「角」を意味するGonを組み合わせ広角レンズPrimagon、ドイツ語の「平坦な」を意味するPlan(ラテン語ではPlanus)を組み合わせPrimoplanとした。Primoはドイツ語では「優秀な、最良の」を意味するPrimaと関連があるので、この意味を掛けているとも考えられる。
  • O.P.L. Foca(フォカ):フランスのライカタイプのカメラ。フランス語の「焦点」を意味するFocusが由来。「カメラ名の語源散歩」によると、元来は「炉」を意味するラテン語で太陽の像を結ぶと黒紙が焦げるところから来ている。うーん。深い!
  • Orion精機 Miranda(ミランダ):Orion精機のカメラ。ラテン語で「感心な女の子」の意味。天王星の衛星の名にもなっている。こういう由来で名を決めた経緯にむしろ興味がわく。
  • Pentacon(ペンタコン):東ドイツVEBペンタコン社の社名およびレンズブランド名。「ペンタプリズム付きコンタックス」の意味。ちなみにPentagonは5角形でアメリカ国防総省の中枢にもなっているが、これとは全く関係ない。
  • Petri(ペトリ) 栗林製作所:栗林製作所のカメラの名称。キリスト教12使徒の1人「聖ペテロ」に由来している。3Mの微生物検査ツールであるペトリフィルムと関係があるのであろうか?
  • Petri Orikkor(オリコール):「お利口」からきていると想像しがちだが、ペトリのレンズにはOrikon(オリコン)という製品もあるため、どうも違うようだ。
  • Pentax Takumar(タクマー):Pentaxの創業者の関係者で梶尾琢磨氏(芸術家)の名からとったのは有名な話。また、ある筋から聞いたところでは「切磋琢磨」する意味とかけているらしい。
  • Plaubel Anticomar(アンチコマー):プラウベル社製レンズのブランド名。ギリシャ語で「非」を意味するAntiとコマ収差のComaを合成した名称。
  • Retina(レチナ):Kodakのカメラに用いられたブランド名で、ラテン語の「網膜」を意味する。
  • Rodenstock Eurygon(オイリゴン):ギリシャ語の「広い」を意味するEurysに同じく「角」を意味するGonをかけあわせた名称。ヨーロッパを意味するEuroとは無関係(←私は長らくコレだと勘違いしていた)。
  • Rodenstock Heligon(ヘリゴン):太陽に由来するレンズ名は多いがヘリゴンはローデンストック社の大口径標準レンズに用いられたブランド名で、ギリシャ語の「太陽」を意味するHeliosに「角」を表すGonを組み合わせてつくられた。
  • Rodenstock Imagon(イマゴン):ラテン語で「映像」を意味するImagoとギリシャ語の「角」を意味するGonの合成だそうである。イメージという言葉も同じ語源であろう。
  • Schneider Angulon(アンギュロン):ラテン語の「角」を意味するAngulusから作られたと推測されている。写真を撮る際によくつかう「アングル」とも同じ語源であろう。
  • Schneider Curtagon(クルタゴン):ラテン語の「短くする」を意味するCurtoに「角」を意味するギリシャ語のGonを組み合わせた。
  • Schneider Radionar(ラジオナー):シュナイダーのトリプレット型レンズ。ラテン語の「光る」を意味するRadioが由来。「放射」を意味するRadiationという説もある。
  • Schneider Xenon(クセノン), Xenar(クセナー), Xenogon(クセノゴン), Xenagon(クセナゴン): 原子番号54の希ガス元素キセノン、あるいはこの原子の語源となったギリシャ語の「未知の」を意味するXenosが由来。キセノンランプにはこの元素希ガスが用いられている。
  • Soligor(ソリゴール): もとは日本のカメラ、写真レンズのOEMブランド名で世界中でつかわれていた。「Solid+Gold」が由来とされているが、「太陽」をあらわすSolだったという説もある。
  • Steinheil Cassar(カッサー), Cassarit(カッサリート), Cassaron(カッサロン):「カメラ名の語源散歩」やFranz & Reutingerの文献などにSteinheil社の創業者C.A.Steinheilの頭字(C+A+S)が由来と解説されている。知らなかった!
  • Steinheil Culminar(クルミナー), Culmigon(クルミゴン): ラテン語の「頂上」を意味するCulmenが由来。これにギリシャ語の「角」を意味するGonを組み合わせた広角レンズCulmigonとした。もともとは最高級のレンズという意味が込められたのであろうが、トリプレットなど安価なレンズにも多用されていた。名前負けしている。
  • Steinheil Orthostigmat(オルソスティグマート):ギリシャ語で「正直、正」を意味する接頭語Orthoと「点、印」を意味するStigmaの組み合わせ。湾曲なく真っ直ぐに写るという意味が込められているのであろう。ツァイスのOrthometarも一部同じ由来であろう。
  • Steinheil Quinar(キナー), Macro-Quinar(マクロ・キナー): ラテン語の「5つの」を意味するQuinarius(ドイツ語のQuinar)に由来しており、同社のQuinarの設計は確かに5枚です。
  • Tamron(タムロン):創業時の泰成光学の設計者田村右衛門のTamuraが由来。
  • VEB Pentacon Practicar(プラクチカール):「実用」を表す接頭語のPractiが由来。東ドイツ製カメラのPracticaやPractinaも同様。
  • Voigtlander Apo-Lanther(アポ・ランター):アポはアポクロマートの略で色収差をできる限り小さくしたという意味。ランターはガラスに用いられた希土類元素Lanthanumからとった。
  • Voigtlander Collinear(コリニア):ラテン語の「同一の」を意味するColに「線」を意味するLineaを組み合わせた。全体として「同一線上の」の意味となる。
  • Voigtlander Heliar(ヘリアー):フォクトレンダーの名玉。ギリシャ語の「太陽」を意味するHeliosが由来である。ちなみにヘリコイドとはまったく関係ない。太陽を語源とするレンズ名はHeligonやSoligon、Sonnarなど沢山あるが恐らく1901年発表のHeliarが一番最初ではないだろうか。
  • Voigtlander Nokton(ノクトン):夜を意味する接合辞のNoctあるいはNoctiが由来。またはラテン語の「夜の」を意味するNocturnusが由来。
  • Voigtlander Orthoscope(オルソスコープ):ペッツバールが設計し1851年に発売された広角レンズ。ギリシャ語の「真っ直ぐ、正」を意味するOrthoと、「観る、観察する」を意味するScopioを組み合わせたのが由来。
  • Voigtlander Septon(セプトン):ラテン語で「7」を表すSeptemが由来。
  • Voigtlander Skopar(スコパー), Skoparex(スコパレクス), Skopagon(スコパゴン):ギリシャ語で「見ることのできる」を意味する接尾語のScopeが由来。これにギリシャ語の「角」を意味するGonをSkopagonとなる。
  • Voigtlander Ultragon(ウルトラゴン):ラテン語の「極端」を意味するUltraと「角」を意味するGonの組み合わ
  • Voigtlander Ultron(ウルトロン):ラテン語の「極端な」を意味するUltraが由来。
  • Wollensak Velostigmat(ベロスティグマート):ウォーレンザック社の高速レンズ。ラテン語の「速い」を意味するVeloxが由来。
  • Zeiss Opton(オプトン):旧西ドイツのオーバーコッヘンを拠点としたCarl Zeiss社の旧称。ラテン語の「視覚」を意味するOpticusまたは英語の「光学」を意味するOpticsが由来。
  • Zenit:英語のZenith(天頂、絶頂)に当たる意味。
  • Zuiko(ズイコー):オリンパスのレンズ名。瑞穂光学研究所(ZUIho KOgaku Institute)の名称が由来。
  • Zunow:ズノー光学(旧帝国光学)の名称は、おそらく「頭脳」が由来。インパクトのあるブランド名だ。
他にも「これは面白い」という語源(レンズやメーカー名に関するもの)をご存知でしたら、掲示板等でお知らせください(できれば出典もお願いします)。リストに加えさせていただきます。

2014/11/25

Steinheil Culminar 85mm F2.8











ライトトーンの美しい階調描写が魅力
Steinheil Culminar 85mm F2.8
Culminar(クルミナー) 85mm F2.8はオーストリアの数学者J.M.Petzval(ペッツバール)が19世紀半ばに設計したOrthoscope(オルソスコープ)を祖とするポートレート撮影用レンズである[文献1]。Petzvalはレンズの設計に対する数学的理論の裏付けがまだ十分ではなかった時代に史上初めて収差理論をレンズの開発に導入した人物で、2本のレンズを世に送り出している。このうちの1本はVoigtlander(フォクトレンダー)社から1840年に発売されたPetzval式人像鏡玉で、当時まだF14程度がやっとだった写真用レンズの明るさをいきなりF3.4まで高めた歴史的銘玉である。Petzval式人像鏡玉は近年Lomographyから復刻版が発売され話題を集めた。一方、兄弟レンズのOrthoscopeが世に出るのはこれよりも少し後のことで、風景撮影に適したF8の広角レンズが1858年にVoigtlander社から発売されている。Orthoscopeにはやや大きい糸巻状の歪曲があり非点収差も大きいなど広角レンズとして用いるには四隅の画質に課題を残していたが、後群全体が弱い負のパワーを持ちテレフォト性を備えていたため、Steinheil(シュタインハイル)による1881年の修正を経ることで中望遠レンズとしての新たな活路が見いだされた[文献2,3]。このレンズはAntiplanet(アンチプラネット)と呼ばれるようになり、今回紹介するCulminarの原型となっている[文献4,5]。

Orthoscope(左)とAntiplanet(中央)の光学系は[文献2], Culminar(右)の光学系は[文献4]からトレーススケッチした。いずれも構成は3群4枚である


Culminar 85mm F2.8は1948年にSteinheil社製のカメラCasca IIの交換レンズとして登場した。ところが、Casca IIの売れ行きは全く不振だったため、後に対応マウントをライカM39(L39), M42, Exaktaにも広げ交換レンズ単体としても売られるようになった。このうちライカM39マウントのモデルは軽量で求めやすい価格帯にある位置づけが消費者層のニーズをとらえ、売れ筋商品として成功を収めた。今もeBayなどの中古市場に流通する製品個体はM39マウントのモデルが中心である。Leica用の中望遠レンズを供給するサードパーティ製品の市場において、Steinheilのブランド力に対抗できるライバルがいなかったのも成功の要因だったのであろう。
 
文献1:写真レンズのすべて 辻定彦
文献2:Rudolf Kingslake, A History of the Photographic Lens
文献3:Adolph Steinheil,  Pat. US241438 
文献4:Helmut Franz and Edward Reutinger, STEINHEIL MUNCHENER OPTIK MIT TRADITION
文献5:「無一居」さん ブログコラム
 
入手の経緯
本品は2012年3月にeBayを介し中古カメラの売買を専門とするローマのセラー(ポジティブフィードバック100%)から落札購入した。これより少し前に他のセラーからM42マウントのモデルが出品されていたため私も入札したが、400ドルオーバーで他者の手にわたっていった。このレンズにはライカスクリューマウントのモデルも存在し、eBayでは350-400ドル程度で売買さている。今回のモデルはEXAKTAマウントなので少しは求めやすい価格になるのではと予想、スマートフォンの自動入札ソフトで最大入札額を301㌦に設定しスナイプ入札を試みた。商品の解説は「素晴らしい状態の完全動作品。EXAKTAでもテスト済み。フォーカスはスムーズで絞りの動きも良い。外観は僅かに使用感があるものの良好。硝子は素晴らしい状態(工場出荷状態に近い)で、カビ、クモリ、汚れ、その他何一つ問題はない。オリジナルレザーキャップとプラスティックケースがつく」とのこと。文面をそのまま信じるなら滅多に出ない素晴らしい状態であり争奪戦になるのではと予想していた。しかし、蓋をあけてみると205.5ドルで呆気なく落札、送料込みでも総額234.5ドルであった。国内での相場は不明だが2013年10月にヤフオクで出品された際は中古並レベルの品が21000円で落札されていた。届いた品は前玉に僅かな拭き傷があり絞り羽根に少し油染みが出ていた。オークションの解説がやや誇張気味だったのか、あるいは検査力の低いセラーに当たってしまったようだ。ただし、ガラスが傷みやすく傷の多い本レンズとしてはとても良好な状態であった。

重量(実測) 200g, 絞り羽 16枚, フィルター径 36mm, 最短撮影距離 1m, F2.8-F32, 光学系 3群4枚アンチプラネット型(テッサーを前後逆向きに据えたような構成), 対応マウント M39(L39), EXAKTA, M42, Casca II(本品はEXAKTA), レンズ名の由来はラテン語の「頂上」を意味するCulmen(「カメラ名の語源散歩」新見嘉兵衛著より)



撮影テスト
Culminarはオールドレンズらしいゆるい写りを存分に堪能できるレンズである。コントラストが低く彩度が抑え気味でけっして派手にはならなず、あっさりとした軽い印象の写りが特徴である。そのぶん階調は豊富で濃淡の変化を丁寧に表現できるので、空や雲の繊細でダイナミックなトーンを見事にとらえることができる。解像力は平凡だが開放でもハロやコマなどのフレア(滲み)は殆ど見られずボケも安定している。ポートレート域では後ボケが硬めになり距離によっては2線ボケ傾向にもなるが、反対に前ボケは柔らかくフワッと拡散する。逆光には弱くハレーションがたいへん出やすいものの、ゴーストはあまりみられず発色が濁ることも少ないため、均一で美しい性質の良いハレーションである。これを写真効果として活かさない手はない。開放で逆光気味に構え露出オーバーで撮影すると淡泊で軽い仕上がりとなり、写真全体のイメージも明るく優しいものになる。美しいライトトーンの画はまるで白昼夢のようである。
このレンズにはダブルガウスやトリプレット、クセノターのようなゾクッとするような解像力もなければ破綻の見え隠れするような危うさもない、いわゆる「線の太い描写」の典型だが、テッサーのような鋭い写りにはならなず、穏やかで安定感のある写りを特徴としている。強いていればゾナーをかなり軟調にしたような性格と言ったらいいだろうか。ガラスの傷んでいる製品個体が多く描写性能については一部で酷評もみられるが、状態の良いものを探し当てれば味わい深い素晴らしい写りであることがわかる。軟調描写が好きな人にはたまらないレンズであろう。

撮影機材: Camera: Sony A7 + Metal Lens hood + Exakta-Emount adapter
F4, sony A7(AWB): コントラストが低く彩度が抑え気味でけっして派手にはならない。逆光でもシャドーが粘ってくれる
F2.8(開放), sony A7(AWB): 解像力は平凡だが開放でもハロやコマなどのフレア(滲み)は殆ど見られず、ボケも安定している

F2.8(開放), sony A7(AWB): 空の微妙なトーンをダイナミックに捉えることができるのは軟調レンズならではの長所である
F2.8(開放), Sony A7(コントラスト調整): 開放では少し後ボケが硬めになる


F2.8(開放), sony A7(AWB), +2EV(露出高め):  ひとつ前の写真と同じ場所にて逆光に構え、露出オーバーで撮影した。もう、夢の世界だ

F2.8(開放), sony A7(AWB): 前ボケの拡散も綺麗







2014/11/21

【続】Carl Zeiss Jena Doppel-Protar 128mm F6.3 撮影テストPart 2(大判撮影編)

 
Carl Zeiss Jena Doppel-Protar 128mm F6.3
Lens Test by LARGE FORMAT CAMERA
前エントリー(こちら)ではDoppel-Protar 128mm F6.3の撮影テストに中判カメラ(ネガ120フィルム)とデジタルカメラ(フルサイズ機)を用いたが、今回はいよいよ大判カメラによる撮影テストである。レンズは推奨イメージフォーマットが4x5インチの大判シートフィルム相当となっており、この規格で用いると35mm判換算でF1.76/35mm程度の明るい広角レンズとなる。メーカーの推奨する規格に準拠することで、レンズの潜在力を最大限に引き出すことができる。
 
撮影テスト(続編)
撮影機材
CAMERA: 大判カメラ
FILM: Fujicolor 160N(4x5判カラーネガ)
露出計:Sekonic Studio Delux L-398
Film Scan: EPSON GT-9700F
 
このレンズを中判カメラや35mm判カメラで使用した際はコントラストが低く、あっさりとした発色傾向であったが、大判カメラになるとコントラストが幾らか向上し発色にもレンズ本来の力強さがみられるようになる。また、開放で線の細い写りとなるのも大判撮影におけるこのレンズの特徴で、背後にフレアを伴いつつピント部は高解像で四隅までの画質の均一性も高い。柔らかさの中に芯のある繊細な写りが堪能できる。
逆光に対する弱さは相変わらずである。曇天時には発色が淡くなり、空が入るとハレーションも簡単に出る。これは主にガラス同士あるいはガラスと空気の境界部における迷い光(内面反射光)の発生が原因である。ただし、ゴーストが出たり不均一な塊(フレア塊)になることは少なく、薄いベールで1枚覆ったような均一で美しいハレーションである。発色は濁らずにクリアな状態を維持しているので、写真効果として積極的に活用することができる。
ボケは基本的に安定している。被写体までの距離によっては四隅で僅かに像が流れることがあるが、グルグルボケまで発展することはない。前ボケは柔らかく綺麗に拡散しており、反対に後ボケは像がフレアにつつまれソフトな印象が維持されている。コントラストの低いレンズなので、良く晴れた真夏のような空の下でも階調描写は硬くならない。

絞り: F6.3(開放), Lens:Doppel-Protar 128mm F6.3, Film: Fujicolor 160N (4x5), Scannar: EPSON GT-9700F:中判撮影の時にも感じたことだが、やはりハレーションが綺麗なのはこのレンズの大きな特徴である。前ボケは柔らかく綺麗に拡散している。反対に後ボケはやや硬いが、フレアにつつまれているのでソフトな印象を損ねることはない。解像力は開放から充分である。気になるほどでもないがアウトフォーカス部の周辺域で像が僅かに流れている
絞り: F11.3, Lens: Doppel-Protar 6.3/128, Film: Fujicolor 160N (4x5), Scannar: EPSON GT-9700F, 上下を少しトリミングしている: 軟調系レンズなので、こういうシーンには強く、トーン描写が丁寧で暗部も潰れない。四隅の減光は装着しているフードが少し深すぎたせいかもしれない。この場所は有名な撮影スポットであるが、誰が撮っても同じような写真にしかならない難易度の高い場所でもある。決死の覚悟で人をいれることにした。中央にいるのは私だ

絞り: F11.3, Lens: Doppel-Protar 124mm F6.3, Film: Fujicolor 160N (4x5), Scannar: EPSON GT-9700F: 広角レンズならではのパースペクティブ(遠近感)もよく出ており、迫力がある。突然真っ白いドレスを着た女性が横切ったので、コレはチャンスと思い急いでシャッターを切った

2014/10/28

A.Schacht(シャハト) Ulm Travenar(トラベナー) 90mm F2.8 R (M42)

トラベナーと言えば典型的にはシャハト社のテッサー型レンズに多く用いられるブランド名です。レンズの解説本で3群4枚構成という記述をみつけテッサータイプだと思い込んでしまった私は、eBayでレンズを目撃するたびに『中望遠のテッサー型レンズって、どんな写りなんだろう』などと興味を募らせていました。あるとき入手し実写してみたところ、テッサーらしくない優雅な写りに衝撃をうけてしまいます。ボケ味は凹ウルトロンのように滑らかで、しかも四隅まで整然としていて、まるで絵画のようです。コントラストが良好なうえ階調はなだらかで中間階調が良く出ています。発色、ヌケともに申し分なく、私の知っているテッサー型レンズに対するイメージは良い意味で吹き飛んでしまいました。テッサー型にも凄いレンズがあるんですよなどと方々で言いふらしていたら、ネットで同社のカタログを見つけてしまいます。構成は3群4枚のテレ・ゾナー型でした・・・。凍った。
滑らかなボケ味と美しい発色が魅力の
人気中望遠レンズ
A.Schacht Ulm Travenar 90mm F2.8 R
A.Schacht社はAlbert Schacht(アルベルト・シャハト)という人物がミュンヘンにて創業したレンズ専門メーカーである。彼は戦前にCarl Zeiss, Ica, Zeiss-Ikon, Schteinhailなどに在籍し、テクニカルディレクターとしてキャリアを積んだ後、1948年に独立してA.Schacht社を創業、同社は1950年代から1960年代にかけてスチル撮影用レンズ、引き伸ばし用レンズ、プロジェクター用レンズ、マクロ・エクステンションチューブなどを生産している。なかでも主力商品はスチル撮影用レンズで、シュナイダーからレンズの生産を委託されたり、ライツからLeica Lマウントレンズの生産の正式認可をうけたりと同社は同業者からも高く評価されていた。A.Schacht社は1970年まで存続し、最後はSchneider社に吸収され消滅している。
今回紹介する一本はA.Schacht社の中でも大人気の中望遠レンズTravenar 90mm F2.8である。レンズの発売は1962年で対応マウントにはM42, Exakta, Leica L39に加え、Practina II, Minolta MDなどがある。レンズの構成は下図に示すような3群4枚のテレゾナータイプで、ZeissのLudwig Bertele(ベルテレ博士)が1932年にエルノスター型からの派生として設計したCONTAX SONNAR 135mm F4の流れを汲んでいる[参考1]。ただし、見方によってはダブルガウスの後群を屈折力の弱い正の単レンズ1枚で置き換えテレフォト性[注1]を向上させた省略形態とみることもできる。「レンズ設計のすべて」(辻定彦著)[参考2]にはテレゾナー型レンズについて詳しい解説があり、F2クラスの明るさを実現するには収差的に無理があるものの、F2.8やF3.5程度の明るさならば画質的に無理のない優れたレンズであることが示されている。なお、Travenar 90mm F2.8はゾナーの開発者L.Berteleが設計したという噂をよく目にし、証拠となる文献も提示されている[参考3]。しかし、この文献は入手困難なので真相はわからない。エビデンス情報をお持ちの方は教えていただけると幸いである。

注1:バックフォーカスを短縮させレンズを小さく設計できるようにした望遠レンズならではの性質で、レトロフォーカスとは逆の効果を狙っている。通常は後群全体を負のパワー(屈折力)にすることで実現するが、テレ・ゾナーやエルノスターなど前群が強大な正パワーを持つレンズでは後群側を弱い正パワー(屈折力の小さい凸レンズ)にするだけでも、ある程度のバックフォーカス短縮効果を生み出せる
参考1: Marco Cavina's Page:
参考2: 「レンズ設計のすべて」(辻定彦著) 電波新聞社 (2006/08)
参考3: Hartmut Thiele. Entwicklung und Beschreibung der Photoobjektive und ihre Erfinder,  Carl Zeiss Jena, 2. Auflage mit erweiterten Tabellen, Privatdruck Munchen 2007
Travenar 90mm F2.8の構成図。A.Schacht社のパンフレットからのトレーススケッチである。レンズ構成はエルノスターから派生した3群4枚のテレゾナー型である。正エレメント過多のためペッツバール和が大きく画角を広げるには無理があることから、中望遠系や望遠系に適した設計とされている。正パワーが前方に偏っている事に由来する糸巻き型歪曲収差を補正するため、後群を後方の少し離れた位置に据えている。望遠レンズは多くの場合、後群全体を負のパワーにすることでテレフォト性(光学系全長を焦点距離より短くする性質)を実現しているが、このレンズの場合にはErnostar同様に弱い正レンズを据えている。ここを負にしない方が光学系全体として正パワーが強化され明るいレンズにできるうえ、歪曲収差を多少なりとも軽減できるメリットがある。ただし、その代償としてペッツバール和は大きくなるので画角を広げるには無理がでる。後群を正エレメントにするのは別にかまわないが、これではテレフォト性が消滅してしまうのではないだろうか。実は前群の3枚が全体として強い正パワーを持つため、後群の正パワーが比較的弱いことのみでも全体としてテレフォト性を満たすことができるのである[文献2]

入手の経緯
2012年5月にeBayを介しチェコのカメラメイトから入手した。レンズは当初、即決価格250ドルで送料無料(フリーシッピング)の条件で出品されており、値下げ交渉を受け付けていたので230ドルを提案したところ私のものとなった。商品の状態については「コンディション(A)で、使用感は少なく完全動作」とのこと。カメラメイトはeBayに出店しているショップの中では比較的優良な業者なので、コンディション(A)ならば博打的な要素は高くはない。Travenar 90mmはSchachtのレンズの中でもここ最近になって中古相場が大きく上昇したレンズである。eBayでの相場は2014年11月時点でついに450ドルを超えてしまった。同社のレンズの中ではM-Travenar(マクロ・トラベナー) 50mm F2.8がこれまで最も高価なレンズであったが、現在はこのレンズが一番高価になっている。優れた描写力に加え、ベルテレが設計したという情報がそうさせたのであろう。

重量(実測)205g, フィルター径 49mm, 最短撮影距離 1m, 絞り値 F2.8-F22, 焦点距離 90mm, 絞り羽 16枚構成, 3群4枚テレ・ゾナー型, 1962年発売。レンズ名は「遠くへ」または「外国への旅行」を意味するTravelが由来である



撮影テスト
銀塩撮影 PENTAX MX + Fujicolor S400カラーネガ
デジタル撮影 Fujifilm X-Pro1 / Nikon D3
このレンズの特徴は何といっても穏やかなボケ味とシャハトらしい美しい発色である。解像力はマクロ域でやや甘くなるものの中距離以上では充分となり、開放でもハロやコマのないスッキリとヌケの良い写りである。コントラストは良好で色ノリも十分である。緑の発色が美しいのはシャハト製レンズの多くのモデルに共通する性質である。基本的にシャープな描写であるが絞っても階調の硬化は限定的で、なだらかな階調性を維持している。ボケは四隅まで整っており、滑らかなボケ味はまるで絵画のようである。穏やかな性質を備えた優れたレンズと言えるだろう。
F2.8(開放) Nikon D3 digital, AWB: このレンズのボケ味はどんな距離でも滑らかで美しい。忍び寄る夏の気配を写真に収めた

F2.8(開放)Fujifilm X-Pro1 digital, AWB: 開放でも解像力は充分だし、階調描写も軟らかい。おまけにボケがたいへん美しい。実によく写るレンズだ。階調描写もなだらかで綺麗である
F5.6 銀塩撮影(Fujicolor 業務用S400カラーネガ): 最短撮影距離(1m)ではややソフトな写りである。本来は中望遠から望遠域で力を発揮するレンズなのであろう





F2.8(開放) 銀塩撮影(Fujifilm業務用S400カラーネガ):シャハト製レンズは発色が独特で、不思議な魅力がある



2014/10/23

Goerz Berlin DAGOR(ダゴール) 60mm F6.8 Rev.2

Dagorは古いデンマーク貴族の出身で27歳の数学者Emil von Hoegh(エミール・フォン・フーフ)[1865--1915]が1892年に設計した対称型レンズ(ダブル・アナスチグマート)である。HoeghはレンズのアイデアをGoerz社に売り込み、アイデアを採用したGoerzは翌1893年にDoppel-Anastigmat Series IIIの名称でレンズを発売している。このレンズは高性能だったので発売直後から飛ぶように売れ、現在に至るまで累計数十万本が出荷されたと推測されている。Dagorの大ヒットでGoerz社はドイツ最大級の大手光学機器メーカーへと大躍進を遂げている

ダゴール実写テスト Part 2
Goerz DAGOR 60mm F6.8

前エントリーで取り上げたDoppel-Protar(シリーズ7)はGoerz(ゲルツ)社の傑作レンズDagor (ダゴール)に対抗するためCarl Zeissが総力をあげて開発したレンズである。次回はいよいよDoppel-Protarを大判カメラでテストするが、その前にライバルのDagorにどれだけの実力が備わっていたのかを見ておきたくなった。いいタイミングなので焦点距離60mmのDagorを取り寄せ、デジタル撮影と銀塩フィルム撮影の双方からレンズの実写テストを行うことにした。Dagor 60mmは推奨イメージフォーマットが40mmのモデルに次いで小さく、カタログスペックによると35mm判よりやや大きく中判6x4.5未満となっている。フルサイズ機で用いるには、理想に近いモデルである。なお、Dagorについての詳細は本blogで過去にも取り上げているので、詳しくはそちらをご覧いただきたい。記事へのリンクはこちら
構成は2群6枚の対称型である。発売当時はF7.7であったが後に口径を広げF6.8とした。これ以上明るくはできないものの球面収差と色収差をきわめて良好に補正し、コマ収差、非点収差、歪みも良好に補正できるなど、欠点の少ないレンズである
Sony A7へのマウントにはM42-Sony EカメラマウントとM42ヘリコイドチューブ(25-55mm)を用いている。レンズに適合するフード(20mm径前後)が見当たらないので、北方屋のエルマー専用フード(19mm径)に簡単な細工をして用いている
入手の経緯
レンズは2014年9月にeBayを介し米国のコレクターから落札購入した。売り手には過去に4045件の取引履歴があり、落札者評価は100%ポジティブと優れたスコアがついていた。商品の解説は「レアなゲルツ・ダゴール60mm F6.8(グラフィック用シャッター)ボード付き」との触れ込みで「グレートプライスで出品している。優れた広角レンズであり、シャープネス、コントラスト、色再現性においてローデンストックのアポ・ロナーに匹敵する性能である。包括イメージフォーマットは大判4x5inchにギリギリ届かず、無限遠撮影時には四隅がケラれる。レンズの状態は素晴らしく、絞りの開閉はスムーズ、シャッターは全速正しく切れている。入手困難な小さな木箱(オリジナル)と2.5インチのグラフィック用ボードが付属している。この焦点距離のDAGORは滅多なことでは市場に出てこないのでお見逃し無く!」とのことである。これ以外に更に自己紹介があり、ついでに読んでみると「私は売買暦15年のコレクターで、これまで様々な撮影用機材を幅広く扱ってきた。専門は古い大判撮影用品である。一つ一つ丁寧に清掃し、私の経験と能力を最大限活かしたオークションの記述を心がけている。もし商品に満足しなかったり、あるいは記述との相違があるならば返品に応じる(到着から14日以内)。」とのことである。商品は当初350ドルの即決価格+送料45ドルで売り出されていた。値切り交渉を受け付けていたので、送料の分に相当する45ドル安くして欲しいと持ちかけたところOKとの返答。総額350ドルで私のものとなった。5日後に届いたレンズをチェックするとガラスの表面に油脂の汚れや指紋がタップリと付着しており、一瞬クモリがあるのではと不安になったが、丁寧に清掃したところガラスに問題は無く、拭き傷すらない極上品であった。
Goerz Dagor 60mm F6.8: 絞り羽 5 枚, フィルター径 20mm前後, 構成 2群6枚Dagor型, シリアルナンバー 766834(1945-1948年Goerz America製),  推奨イメージフォーマットは36mmx54mmで35mm判より大きく中判6x4.5未満[参考:Goerz American 1951 Catalog], Kodamaticシャッターに搭載, ステップアップリングとM42リバースリングを用いてマウント部をM42ネジに変換した



撮影テスト
設計は古いが銘玉と賞賛されてきただけのことはあり、やはりとんでもなく良く写るレンズである。階調描写はとてもなだらかで濃淡の微妙な変化をしっかりと捉え、とても雰囲気のある写真に仕上がる。ノンコートレンズであることを考慮し逆光時はハレーションの発生量に注意しなければならないが、うまく使いこなせればスッキリとヌケが良く、濁りの無い軽やかな発色である。収差的には大変優れており、開放でもハロや色にじみは全くみられず、コマも良好に補正されコントラストは良好である。35mm判カメラで使用する場合の解像力は私が過去にテストした焦点距離90mmや120mmのモデルよりも明らかに高く、緻密な描写表現が可能である。ただし、これは90mmや120mmのモデルが性能的に劣るという事ではなく、これらのレンズはより広いイメージサークルで最適な画質が得られるよう中央の解像力を落としても四隅の画質を重視しているからであり、大きなフィルムで用いれば60mmのモデルと同等の描写性能となっている。ボケは距離によらずよく整っておりグルグルボケや放射ボケなど像の乱れは全くみられない。逆光に弱いことと開放F値が暗いことを除けば、短所らしい短所の見当たらない大変優れたレンズである。

撮影機材
デジタル撮影 SONY A7
フィルム撮影(銀塩カラーネガ)FujiFilm Super X-tra400, Kodak Ultramax 400
F6.8(開放), sony A7(AWB):いきなりビックリ。開放でもコマやハロはみられず、コントラストも良好。とてもいいレンズだ!!


F6.8(開放), sony A7(AWB): 階調はなだらかで濃淡の微妙な変化をしっかりと捉え、雰囲気のある写真になっている

F6.8(開放), Sony A7(AWB): 解像力は開放でもかなり高く、後ボケは四隅までたいへんよく整っている

F6.8(開放), 銀塩撮影(Fujicolor X-Tra400): 今度はフィルム撮影。やはりしっかり写る


F6.8(開放), 銀塩撮影(Kodak Ultramax 400): コントラストは良好。スッキリとヌケがよい写りだ
F6.8(開放), 銀塩撮影(Kodak Ultramax 400): うーん・・・。このレンズにコーティングは不要なのだろうか

やはり予感は的中した。焦点距離の短いDagorは35mm判カメラとの相性が良く、結像性能は良好で階調性能にも安定感がある。メーカーの推奨イメージフォーマットを守ることがどれだけ大事であるのかを強く実感することができた。機会があればフルサイズセンサーにジャストサイズのDagor 40mmもテストしてみたいのだが、このモデルは更に希少性が高く、中古市場に出回ることはまず無いと思われる。
日本にはDagorに心酔し、このレンズを数百本も収集しているコレクターがいると聞く。Dagorには人を惑わす何か特別な魅力があるのだろう。今回の実写テストを通して、このレンズに備わった素晴らしい性質の一端を垣間見ることができた。

2014/10/16

Zeissの古典鏡玉PART 2: Doppel-Protar (Protarlinse x2)













Doppel-Protar(Zeiss Anastigmat Series VII)はDAGOR(GOERZ Doppel-anastigmat Series III)の記録的なヒットで劣勢に立たされていたCarl Zeissがシェア奪還をかけ1895年に投入したPROTARシリーズの最高峰モデルである。優れた描写性能を示したことから登場後たちまち人気を博し、1902年にTESSARが登場するまでの間、同社の主力レンズとして活躍した。
 
Zeissの古典鏡玉 Part 2
打倒ダゴールに燃えるルドルフが
威信を賭けて完成させた執念の8枚玉
Doppel-Protar(ドッペル・プロター) F6.3/F7

1890年に「サイデルの5収差」を全て補正できる史上初のアナスティグマートProtar(プロター)を完成させたCarl ZeissのPaul Rudolph(パウル・ルドルフ)[1858-1935]はProtarよりも更に明るく、室内撮影やポートレート撮影にも対応できる対称型レンズ(ダブル・アナスティグマート)の設計に取りかかった。Rudolph(ルドルフ)は1891年9月に2本のProtarを対称に配置し中央のレンズエレメントを省略させた2群6枚構成の新型レンズZeiss Anastigmat Series VI(アナスチグマート・シリーズ6)を完成させている[文献1]。シリーズ6の構成は超広角レンズにも応用され、後にSchneider Angulon(1930年Tronnier設計)の原型にもなった。
ちょうどその頃、ダブル・アナスティグマートの研究に没頭する一人の若者がいた。古いデンマーク貴族の出身で27歳の数学者Emil von Hoegh(エミール・フォン・フーフ)[1865--1915]という人物である。Hoegh(フーフ)は独学でレンズの設計法を身につけ、1892年に2種類の新型レンズ(Dagor(ダゴール)およびレンズ構成を逆順にした反転Dagor)のアイデアに到達している[文献2]。Hoeghのアイデアの素晴らしい点は、コーティングの無い当時としては現実的な2群6枚構成の密着型アナスチグマートにおいて、収差的に最良の設計をつきとめていたことである[文献3]。当時そのことを理解できたのはHoegh以外ではRudolph(ルドルフ)くらいであっただろう。Hoeghの設計した2本のレンズのうち反転Dagorは奇しくもシリーズ6(Zeiss Anastigmat Series VI)と全く同一構成になっていた[文献4, 文献4A, 文献5]。そして、彼はレンズのアイデアをCarl Zeissへと売り込み、自分をレンズ設計士として雇い入れてほしいと願い出たのである。ところが、全く同一のアイデアを見せられたRudolphはHoeghの才能と彼の考案したレンズに興味を示さず、門前払いしてしまう。仕方なくHoeghはZeissを諦め、今度は創業6年目にあたる小規模メーカーのGoerz(ゲルツ)に自分のアイデアを売り込んでみた。経営者のCarl Paul Goerz(カール・パウル・ゲルツ)がHoeghのアイデアでレンズを試作したところ素晴らしい性能だったので、Hoeghを迎え入れ、彼を少し前に死去した主任設計士Carl Moserの後任に大抜擢したのである。GoerzとHoeghは大急ぎでレンズの特許[文献5:1892年]を取得し、翌1893年に2本のレンズの内の1本をDoppel-Anastigmat Series III(後にDagorへと改称)として発売する。この急展開はZeissとRudolphにとって、まさに悪夢のような出来事であった。Dagorは高性能であったため登場後から売れまくり、2年後の1895年には累計生産数3万本を突破するというとんでもない記録を打ち立ててしまう。RudolphのProtarはDagorにシェアを奪われてしまったのである。1893年にZeissも輸出先の英国で反転Dagorと同等の特許を取得し[文献1]、Zeiss Anastigmat Series VI(シリーズ6)の発売にこぎつけるが、性能的にはDagorと大差のない2番煎じのレンズであった[文献3]。それよりもZeissにとって問題なのはHoeghの特許がシリーズ6と同じ反転ダゴールの権利をもカバーしていたことであり、レンズを販売した場合(実際には販売してしまうのだが・・・)、Goerzからロイヤルティを要求される可能性があった。Zeissはダブル・アナスチグマートの特許戦略でGoerzに対し完全に遅れをとってしまったのである。
左はHoeghと彼の設計したDagor(ダゴール) 60mmmF6.8、右はRudolphと彼の設計したシリーズ7(後にDoppel-Protarへと改称)128mm F6.3

HoeghはZeissへの就職活動の際、Rudolphに手の内を見せていたはずである。Rudolphは何をモタモタとしていたのであろうか。原因はCarl Zeiss財団の設立に関係している。
1889年にZeissは財団として組織再編され企業活動を再スタートさせている。そして、2年後の1891年6月に経営者のAbbe(アッベ)は財団の根本規則となる定款を発令し、これ以降の自社の発明に対して社会に広く告知し、特許の取得を認めないという厳しいルールを定めてしまう[文献6]。Rudolphがシリーズ6を設計したのは1891年9月で、規則の制定から3か月後のことである[文献7]。RudolphはAbbeの説得に2年近くの歳月を費やし、その間はシリーズ6の特許を申請することができなかった。身動きの取れないRudolphに対し、Dagorの登場はまさに急襲の出来事だったのである。
Dagorの記録的なヒットを目の当たりにしたRudolphの胸の内はどうだったのであろうか。もちろん、Hoeghを門前払いした経緯や彼の才能とアイデアに興味を示さなかった判断に表向き明確な落ち度はなかったであろう。しかし、彼の目前にはZeissの主任設計士としてのプライドを打ち崩す屈辱的なシナリオが迫っていた。Zeissの社則に縛られ、ダブル・アナスチグマートの特許戦略でDagorに後塵を拝した時、彼の脳裏をかすめたのは「かつて自分が切り捨てた人物への完全なる敗北」であったからだ。RudolphはどうしてもHoeghに負けるわけにはゆかなかった。彼の中には、いつからか打倒Dagorに向け執念の炎が燻ぶり始めていたのである[文献8]。そして、1894年に自らの威信を賭け8枚玉の新型レンズを設計、翌1895年にZeiss Anastigmatシリーズの最高傑作と称されるシリーズ7(後にDoppel-Protarへと改称)を世に送り出すのである[文献7]。レンズの市場投入に合わせシリーズ6を僅か2年で降板させたのは、ダゴールに全力で対抗するという彼自身の決意の表れであったに違いない。
Doppel-Protar(シリーズ7)の構成図([文献6]からのトレース・スケッチ):左は前後群を同一焦点距離で組んだ対称型モデルで口径比はF6.3、右は異なる焦点距離で組んだ非対称モデルで口径比はF7である。前群側を長焦点、後群側をこれよりも短い焦点距離にするのが組み合わせのルールである。構成は2群8枚のDoppel-Protar(シリーズ7)型。前群あるいは後群のみでもアナスチグマートの用件み満たし、どちらか一方を外し単体で撮影することもできる。ただし、焦点距離が2倍近く延び、口径比も2倍程度に暗くなる


Doppel-Protar(シリーズ7)はCarl ZeissのPaul Rudolphが1894年に設計した大判カメラ用万能レンズである。このレンズの特徴は何と言っても2群8枚というとんでもない光学設計であろう(上図)。前・後群に密着型カルテット(4枚玉)を据えた特異な構成となっており、空気とガラスの境界面を僅か4面に押さえながら収差を良好に補正している。1本のレンズに8枚ものエレメントを使用した製品はそれまで前例がなく、豪華な設計構成はこのレンズの大きな魅力となっている。性能的にはGoerzの銘玉Dagorと双璧をなす当時の密着型ダブル・アナスチグマートの最高傑作であり、6枚玉ではDagorを凌ぐレンズは実現できない事を知り尽していたRudolphならではの発想から生まれたレンズである。このレンズは高性能だったので直ぐに評判となり、Zeissの主力製品として1895年から1900年代にかけて数多く生産された[文献9]。レンズが搭載されたカメラとしてZeissの台帳に記録があるのはHoughtons-Butcher社のSandersonとEnsign Sanderson、ICA AG社のTrix, Juwe, Tosca, Palmos、Kardoff社のRohr I、Linhof社Compound、Franke & Heidecke社のHeidoskop、Newman & Guardia社のSibyl, Nydia, Reflex-K、Palmon AG社のUniversal-Palmos、その他、Goumont & Cie社のカメラやHoughtons社のカメラなどである。後に同社から登場するTessar(テッサー)がシェアを急激に伸ばすことで生産量を落とすが、対称型レンズの長所である歪みの少ない描写は建造物の撮影や人物の集合写真に向いていたため、その後もレンズの生産は細々と続けられた。1930年代初頭に同社から対称型レンズのTopogon(トポゴン)が登場するあたりで生産終了となっている[文献9]。なお、Doppel-ProtarがTessarにシェアを奪われたのはTessarの方が性能が優れていたというよりも、このレンズが貼り合わせ面の接着に用いていたカナダ産天然バルサムの価格高騰が原因であろう。Zeissの価格表[文献7]よるとDoppel-Protarの1907年当時における販売価格は当時主流だった焦点距離8インチ前後のモデル(5x7フォーマット)で73.5~80.5ドル(前後群の組み合わせに依存)であり、61.5ドルで売られていたTessar 8inch F6.3と大差はなく、この頃はDoppel-Protarも良く売れていた。しかし、その後はバルサムの原料価格の高騰により、貼り合わせ面を多く持つレンズ(Dagorも含む)の価格が一様に値上がりしている。Zeissの1930年の価格表[文献10]によるとDoppel-Protar(8インチ前後)は91~103ドル、Tessar 8inch F6.3は53ドルと両レンズの価格差は2倍近くに広がっている。この頃は一段明るいTessar F4.5(大判用)も登場しており、焦点距離8インチのモデルの価格は82ドルである。
ProtarとDoppel-Protarの構成図。Carl Zeiss Jena Photo Objectives, Hard Cameras (1907)[文献7]からの引用。レンズ名の由来はドイツ語の「ダブル」を意味するDoppelにギリシャ語の「元祖の、最初の」を意味するProtosを組み合わせたのが由来である。これに関連して英語のPrototypeは試作品もしくは原型を意味する
ProtarからDoppel-Protarへ
Doppel-Protarの光学設計の着想は、まず2本のProtarを前後群に対称に配置するところからはじまる。Protar(下図[A])はイエナガラスの発明によって実現した新色消しレンズを後群、旧来からの旧色消しレンズを前群に据え、これら2種の色消しレンズの弱点を互いの長所でカバーし合うことで「サイデルの5収差」の全ての補正を可能にした史上初のアナスチグマートである。2本のProtarを図[B]のように対称に配置することで、前・後群それぞれのProtarに残存していた歪曲収差、倍率色収差、コマ収差(M成分のみ)を相殺し、収差の補正効果を向上させることができる[文献3]。また、光学系全体の正のパワー(屈折力)が前後群セットで倍になり開放F値が半減、Protar単体の時に比べレンズの明るさを倍にすることができる。そして、ここからが素晴らしいアイデアなのであるが、内側2枚の新色消しレンズの配置を入れ替え外側の旧色消しレンズと密着させ、ガラスと空気の境界面の数を4面分削減するのである(図[B]→[C])。このアイデアの凄いところは個々のProtarの構造を保ちながら収差補正機構が強化され、しかも明るさは倍化されている点であり、それにも関わらず空気とガラスの境界面の数がProtar単体の時に比べ1面も増えておらず、コントラストなどの階調性能は依然として高い水準を維持できるのである。Dagorからのシェア奪還(Dagor殺し)に執念を燃やすRudolphが自らのプライドをかけ総力を挙げて完成させた怪物レンズである。
[A] Protarの光学系。左が前群(被写体側)で右が後群(カメラ側)であり、前群の2枚の貼り合わせユニットが旧色消しレンズ、後群が新色消しレンズとなっている。前群の旧色消しレンズの弱点(非点収差と像面湾曲を補正できない)を後群側で逆方向の収差を発生させることで打ち消し、後群の新色消しレンズの弱点(球面収差と倍率色収差が補正できない)を前群側で打ち消すよう設計されている。[B] 2本のProtarを対称に配置したところ。このままでは空気とガラスの境界面が多く実用的ではない。[C] 各Protarの後群の配置を入れ替え、それぞれ相手側の前群と密着させることで空気層を省略すればDoppel-Protarとなる。なお、解説本によってはそれぞれのProtarの後群を反転させ前群に密着させたとするアプローチを目にすることがあるが、後群の接合面を反転させるとProtar本来に備わった収差補正機構(ルドルフの原理)をいったん破ることになるので、本ブログで提案するアプローチの方が良いと思う。収差表をみると、球面収差とコマ収差、色収差の補正効果は素晴らしく、非点収差の膨らみがやや目立つが、この当時のレンズとしては良好。歪みもたいへん小さいが僅かに糸巻状[文献3]。非点収差の補正力ではDagorに対し僅かに後塵を拝するが球面収差ではDagorを僅かに上回る素晴らしい性能をたたき出している
文献1[シリーズ6の特許]:Dr. P.Rudolph, Jena: British Patent Specification of April 22, 1893, No. 4672, published in the British Journal of Photography, May 26, 1893, p.331.
文献2A History of the Photographic Lens - Rudolf Kingslake;ルドルフ・キングスレーク著『写真レンズの歴史』朝日ソノラマ
文献3レンズ設計のすべて第3章 辻定彦著 電波新聞社
文献4[シリーズ6の構成図が掲載]:『写真科学大系』および『新修写真科学大系』(誠文堂新光社)の中の『写真光学』(山田幸五郎);  『アルス写真大講座』第1巻『写真光学』(山田幸五郎)
文献4A[シリーズ6と同一との記載]:寫真鏡玉 東京浅沼商会発行P.192, 明治42年(1909年)2月
文献5[ダゴール特許(1892)]: Ger.Pat.74437;U.S.Pat.528155;Brit.Pat.23378; Swiz.Pat.6167
文献6100 years of turbulent Zeiss, Helmann Armin (1989); ツァイス 激動の100年 ヘルマン,アーミン【著】 /中野 不二男【訳】新潮社(1995/08発売)
文献7:Carl Zeiss Jena Photo Objectives, Hard Cameras (Catalog 1907年)+レンズ価格表(1907年)
文献8 [DAGORの登場にZeissは憤慨したという記述]:『写真科学大系』および『新修写真科学大系』(誠文堂新光社)の中の『写真光学』(山田幸五郎)
文献9Carl Zeiss Jena Fabrikationsbuch Photooptik I,II-Hartmut Thiele
文献10:Zeiss Photo Lenses (Catalog 1929年)+ レンズ価格表(1930年7月)


入手の経緯
Doppel-Protar 128mm F6.3
128mmのドッペル・プロターは2013年5月にヤフオクを介しマイクロ55さんから落札購入した。オークションは1000円の価格でスタートし、私は最大入札額を25000円に設定して入札、締め切り6時間前まで大きな価格変動はなく、1500円あたりを推移していた。貴重なレンズなので本来は簡単に落札できないが、焦点距離が224mmと前玉側のスペックで紹介されていたため、本当の焦点距離が128mmであることを知らない人は「長すぎる!」と判断しパスするのではないかと淡い期待を寄せていた。しかし、このレンズを狙うようなマニア達にそんな目眩ましが通用するはずもないことを思い知らされるのである。価格変動があったのは入札締め切り3時間前で一気に15500円まで急上昇する。ここでいったん安定し、締め切り時刻10分前、5分前、4分前・・・・、このまま私のものになるのかと思われた。ところが3分前に別の方が電撃入札し、入札価格は25000円まで跳ね上がってしてしまった。私も3万円で応札するが、予算の限界である。これは落とされてしまうかもしれないと思った。しかし、戦いはここまで。オークションは25000円で終了し、レンズはめでたく私のものとなった。日本ではほとんど認知されていないレンズであり、eBayでは450ドル~600ドルくらいで売られている。参考までに紹介すると、2012年5月20日にダイアルコンパーシャッターに搭載されたProtarlinse(290mm x2)がeBayにて473ドルで落札されている。この商品は前玉と後玉に1つづつ小さなスクラッチがあると紹介されていた。また、eBayのプライスリーダーであるチェコのカメラメイトが同等のモデル(290mm+224mm)を550ドルの即決価格で売っており、硝子は良好だが外観およびシャッターにかなりの劣化がみられるとの解説であった。さて、届いた品は鏡胴内部に経年による多少のコバ落ちがみられるもののガラス自体は拭き傷すら無い極上品である。前・後群のレンズセル(Protarlinse)のシリアル番号が連番で揃っているので、出荷時からのコンビであることがわかった。苦労の甲斐あり、久々に良い買い物ができた。
Doppel-Protar 128mm F6.3 (Protarlinse 前群224mm x後群224mm ): 重量(実測) 170g, 絞り羽 10枚構成, フィルター径 前後とも約28.5~29mm, 推奨イメージプレート 大判4x5 inch, 35mm判換算スペックは35mmF1.7相当となる。フィルター径 28.5mm-29mm近辺, 光学系は2群8枚のシリーズ7型, ILEXシャッターに搭載







Doppel-Protar 146mm F7
2014年3月に英国版eBayを介して英国の写真機材専門セラーPICDIS84から入手した。このセラーは100件の取引履歴があり、フィードバック率は100%ポジティブである。オークションの記述は「ダイアルセット・プレスシャッターに搭載されたProtarlinse。鏡胴には経年相応のスレがあるが、ガラスはとてもクリーンである。絞りとシャッターは正常に動作する。Zeissの初期のレンズであり大変希少なものである」とのこと。オークションは150ポンドでスタートし私を含め3人が入札、240ポンドで終了し私のものとなった。届いたレンズは前玉に小さなスクラッチがみられたものの撮影結果には影響のないレベルである。ホコリの混入は少なめで経年を考えると十分なコンディションである。Doppel-Protarの場合、レンズを搭載しているシャッターにはコンパーシャッター、プロンターシャッター、コンパウンドシャッター、ILEXシャッターなどいろいろな種類のものがあり、これといって決まった組み合わせがあるわけではない。今回のシャッターユニットがどこのメーカーの製品なのかよくわからない。
Doppel-Protar 146mm F7(Protarlinse 前群290mm + 後群225mm): 重量(実測)170g, 絞り羽 12枚構成, フィルター径32.5mm, 推奨イメージプレート:大判4x5 inch,(35mm判換算スペックは40mmF1.9相当), フィルター径 29.5mm, 光学系は2群8枚シリーズ7型


Doppel-Protar 163mm F6.3
本品はヤフオクを介して2013年11月に落札購入した。オークションははじめ1000円の価格でスタートし私を含め6人による争奪戦となった。商品の解説は「レンズにカビは無いが、汚れやホコリの混入がある」といつもの一般的な説明に加え、「絞りを動かす制御レバーが欠損しており絞りが変えられない。ただし、鏡筒側面の穴に代わりの棒をはめ制御することができる。絞り羽根にサビ・劣化が出ている。外観ほとんどの塗装が剥がれて下地が出ている」とのこと。撮影に問題が生じる類の劣化は無さそうなので、安く落とせるチャンスだと判断し狙ってみた。このレンズは前後群が工具もなしに簡単にバラせる構造になっているので、絞り羽のサビは自分でも簡単に落とせる。鏡胴のハゲは撮影に影響がないので私に関係ない。光学系さえまともなら外観はボロの方が入手しやすく、私には好都合あのである。20000円の最高額を設定し入札したところ、あっけなく10510円で落札できた。国内では認知度が低く殆ど出回らないため、高値がつくときもあれば今回のように安く手に入ってしまうこともある。届いた商品をよく見たところ、後玉フィルター枠のすぐ横の一見したところでは判りにくい場所に小さなバルサム剥離がみられた。前玉側からは全く見えない隅の位置である。描写への影響は全くないと判断し、このまま手中に収めることにした。
Doppel-Protar 163mm F6.3(Protarlinse 285mm x2): 重量(実測)90g, 絞り羽 13枚構成, フィルター径 前側34mm,後側33.5mm, 推奨イメージプレート:大判5x7 inch(35mm判換算スペックは44mmF1.7相当), フィルター径 34mm,  光学系は2群8枚のシリーズ7型



Bronica S2とSony A7へのマウント
本来は大判カメラに装着して用いるレンズであるため中判カメラや35mm判カメラで使用する際にはマウントアダプターの種類の多さを考慮し、レンズのマウント部をいったんM42ネジに変換しておくと便利である。以下ではその変換例を解説する。用意した部品は市販で手に入るM42リバースリングとフィルター・ステップアップリングである。
焦点距離128mmと146mmの2つのモデルはレンズシャッターに付属しているボード装着ネジを用いてステップアップ・フィルターリングをマウント部に挟み込みように固定し、その上からM42リバースリングを据え付けることでマウント部をM42ネジに変換した(下の写真Iおよび写真II)。これ以外の方法としては、後玉側のフィルターネジにステップアップリングをはめ、その上からM42リバースリングを装着するのもよい。焦点距離163mmのモデルに対してはこの方法を採用した(下の写真III)。いずれも部品の組み合わせだけで実現できる非侵襲的なマウント改造法である。

写真I (Doppel-Protar 128mmのM42マウントへの変換例): レンズ本体とレンズに付属しているボード装着ネジの間にステップアップフィルターリングで挟んで固定し、その上からM42リバースリングを据え付けM42ネジに変換している。このままM42ヘリコイドアダプターに搭載すればSony A7で使用できる。また、M42-Bronicaマウントアダプターを介せば、Bronica S2で使用することもできる。ここで用いた部品は全て市販品であり、ヤフオクやeBayで購入できる。ステップアップリングはヤフオクで500円程度、M42リバースリングはeBayで8ドル~11ドル程度である


写真II (Doppel-Protar 146mmのM42マウント変換例): こちらはレンズ本体とボード装着ネジにM42リバースリングを直接挟んで固定した。購入した部品はM42リバースリングのみである

写真III (Doppel-Protar 163mmのM42マウントへの変換例):後玉のフィルターネジ(約33.5mm径)にステップアップリング(33.5-49mm)をはめ、その上から更にM42リバースリングを据えつけてM42ネジに変換している





続いてカメラへの搭載方法である。Bronica S2への装着には香港のLensWorkShopがeBayで販売しているM42-Bronica M57(P1)マウントアダプターを用いた。3本のDoppel-Protarはどれもフランジバック長が異なるレンズなので、無限遠のフォーカスが正しく得られるようにするには、レンズとカメラ本体の間に適当な長さのマクロチューブ(ヤフオクでBronica用M57マクロチューブを入手)を挟んで調整する必要がある。なお、Bronica S2にはカメラ本体にヘリコイドの繰り出し機構が標準搭載されているので、ヘリコイドチューブやベローズユニットを別途用意する必要は無い。これに対し、デジタル一眼レフカメラやミラーレス機ではレンズとカメラの間にM42レンズ用アダプターとM42ヘリコイドチューブを装着して用いることが前提となる。下の写真の下段にはSony A7への搭載例を示した。M42ヘリコイドチューブは一番長いタイプ(35-90mm)を選ぶと良いだろう。eBayでは50ドル程度、ヤフオクでは7000円程度で売られている(2014年9月時点)。
ここで紹介したマウント変換例は手軽に実行できる点が長所であるが、耐久性にはやや不安が残るうえ、無限遠のフォーカス調整を自分でおこなう必要があるなど手間のかかる方法でもある。改造専門店や工房などに依頼した方が仕上がりが良いのは言うまでもない。
Bronica S2への搭載例。レンズとカメラの間にはBronica M57マクロ・エクステンションチューブとM42-Bronica M57マウントアダプター(Lens-workshop製)を用いている





Sony A7への搭載例。カメラとレンズの間にはマウントアダプター(M42-Eマウント)とM42ヘリコイドチューブ(35-90mm)を用いている




★撮影テスト
Doppel-Protarは大判カメラ用に設計されたレンズであり、メーカーが推奨しているイメージフォーマットは焦点距離128mmのモデルと145mmのモデルが4x5インチ、焦点距離163mmのモデルが5x7インチとなっている[文献7]。レンズをイメージフォーマットの小さな中判カメラやフルサイズ機などで用いる場合には、良好な画質が得られるかどうかを実写で判断しなければならない。本ブログでは大判カメラ(4x5)による撮影テストに加え、中判カメラ(6x6)とデジタルカメラ(フルサイズ機)によるテストも実施することにした。3種のカメラによるテストは根気のいる作業なので、本命の大判カメラによる実写結果は別途(こちらにて)お見せすることとし、今回は中判カメラとフルサイズ機による実写テストの結果をお見せする。

(1) Doppel-Protar 128mm F6.3
美しい軟調表現を可能にしている均一なハレーションが魅力

使用機材
フィルム撮影:Bronica S2 (中判6x6フォーマット)+ Fujifilmカラーネガ Pro160NS/Pro400H/Pro400NS
デジタル撮影:Canon EOS 6D

このレンズの素晴らしいところはノンコートレンズのわりに逆光撮影にある程度耐え、綺麗に軟調化してくれる点である。軟調レンズにもいろいろな性格のものがあることを教えてくれるのだ。好きか嫌いかと言われれば勿論好きである。オールドレンズを逆光撮影に用いると、レンズによってはゴーストからの過渡段階のために不均一なハレーション(フレア塊)が生じ、発色が濁るなど冴えない結果になることがしばしばある。一方、このレンズの場合は構造的にゴーストが出にくいためなのか発生するハレーションの均一性が高い。発色は淡白になるだけで濁ることはないため、とても美しい撮影結果が得られる。
解像力は四隅までたいへん良好で、ボケはよく整っており柔らかく綺麗に拡散するなど結像性能に安定感がある。コマやハロは開放からほぼ完全に抑えられておりヌケもよい。基本的にコントラストの低いレンズなので、良く晴れた真夏のような空の下でも階調描写は硬くはならない。色にじみや色ズレは全くでない。収差曲線上では非点収差が少しだけあるようなので、四隅の解像力についてだけは同じクラスのダゴールの方が上かもしれない。
128mmF6.3 @F8+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro400N): 逆光時のフレアが美しい










128mmF6.3 @F6.3 (開放)+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro400N): 開放でもピント部には充分な解像力がある
128mmF6.3 @F11+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro400NS):ピント部の発色は良好だが不思議と背後は淡白である。収差の影響であろうか

128mmF6.3 @ F6.3 (開放)+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro160NS):  昭和のブラウン管カラーテレビでみる映像のようなあっさりとしたクールな発色である




128mmF6.3@F8+Bronica S2(6x6), 銀塩ネガ(Fujifilm Pro400NS): 乗り物酔いに耐えヘロヘロになりながら撮った1枚。背後のブレが被写体まわりの臨場感を引き立たせてくれる










128mmF6.3 @F6.3 (開放)+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro400NS): ハレーションを狙い光源を多数入れてみた。ゴーストは出ずによく踏んばている







128mmF6.3 @ F8, EOS 6D(AWB): 続いてデジタルカメラ(フルサイズ機)による作例である。デジカメとの相性もなかなか良さそうである
128mmF6.3@ F8, EOS 6D(AWB):やはりデジカメでもやや淡泊な発色であることに変わりはない。一段絞れば画質は充分のようである
128mmF6.3 @F6.3(開放), EOS6D(AWB): 下段は上段を一部拡大したもの。開放で近接撮影を行うとハロが発生し線の細い繊細な描写となる。産毛までバッチリだ

128mmF6.3 @F11, EOS6D(AWB, iso2400):もちろん絞れば近接でもシャープに写る

128mmF6.3 @F6.3(開放), EOS6D(AWB):これくらいの距離であれば開放でもハロは目立たなくなる

(2)Doppel-Protar 145mm F7
テッサーの到来を予感させるシャープでヌケの良い描写
使用機材
フィルム撮影:Bronica S2 (中判6x6フォーマット)+ Fujifilmカラーネガ Pro160NS/Pro400H/Pro400NS
デジタル撮影:Sony A7

続いて2本目は焦点距離145mmのモデルである。このレンズは先の焦点距離128mmのモデルよりもシャープネスが高く鋭い階調描写である。開放からヌケが良く四隅まで画質は安定している。ただし、逆光には更に弱く、ハレーションが発生するとシャドー部が浮き、一般的なレンズ同様に全体的に乾いたような階調描写になる。また、発色が濁ることもある。テッサーの描写に少し近いような印象である。順光では少し絞るだけで、まるで現代のレンズのように高描写である。
145mmF7 @F11+Bronica S2(6x6),銀塩ネガ(Kodak Protra400):順光ではシャープでヌケの良い描写である。まるで現代のレンズのように四隅までキッチリと写る
145mmF7@F7(開放)+Bronica S2(6x6), 銀塩ネガ(Kodak Protra 400):収差はよく補正されており、コマやハロは全く出ない。開放から実用的な画質だ

145mm F7@F11+Bronica S2(6x6),銀塩ネガ(Kodak Protra 400):逆光撮影はご覧の通り弱く、やや濁りが入り乾いたような印象の写りになる



145mmF7 @ F7(開放), Sony A7 (AWB): このモデルも近接撮影ではやはりハロがでる。ただし、焦点距離128mmのモデルよりは控えめである

163mmF6.3 @ F11, Sony A7 (AWB): 続いて遠景。解像力はここまで深く絞っても向上しない。開放から1~2段絞るあたりまでが美味しいと思う







(3)Doppel-Protar 163mm F6.3

使用機材
フィルム撮影:Bronica S2 (中判6x6フォーマット)+ Fujifilmカラーネガ Pro160NS
デジタル撮影:Sony A7

3本目は最も長焦点の163mmF6.3である。このレンズも結像性能は安定しており、ボケも整っているなど傾向は他のモデルと同じであった。基本的には軟調なレンズである。逆光にさえ気をつけれ均一なハレーションも出せるし、発色の濁りは抑えられ軽やかでクリーミーな写りになる。
163mmF6.3 @F6.3(開放), Sony A7(AWB): ハレーションの出方はとても綺麗で、朝の雰囲気が良くだせた
163mmF6.3 @F6.3(開放), Sony A7(AWB): コントラストは低いが、開放から実用的な画質である。


163mmF6.3 @F6.3(開放), sony A7(AWB):とても軟らかく、軽やかでクリーミーな階調描写である。軟調レンズ万歳!
163mmF6.3 @F6.3(開放) Sony A7(WAB): 近接撮影は長焦点モデルになる方が収差はすくないようで、3本のなかではハロの発生が最も少なかった
163mmF6.3 @F6.3(開放) Sony A7(WAB): 少しフレアっぽくなり、発色も濁ってしまった。外で使うときには深いフードの装着は当然のこととして、逆光はなるべく避けたほうがよい

163mmF6.3 @F6.3(開放) Sony A7(WAB): 開放でもピント部は四隅まで均一性が高い。ボケにも安定感がある
163mm F7@F11+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro160N): 

163mm F7@F9+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro160N):


163mm F7@F7+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro160N):



163mm F7@F7+Bronica S2(6x6), 銀塩カラーネガ(Fujicolor Pro160N): 曇り日の夕方などコントラストが低下ぎみで光量が少ないと発色が著しく濁るので注意を要する(フィルム特性にも原因はある)






























Doppel-Protar(シリーズ7)の発売から2年後の1897年にHoeghはDoppel-Protarよりも更に過激な2群10枚のモンスターレンズを完成させ、Satz Anastigmat (ザッツ・アナスチグマート)の名で世に送り出す。しかし、このレンズは製造コストがかかりすぎたため、少量のみがが生産されただけで間もなく製造中止となっている。こんな採算性の低いレンズを設計したHoeghは、いったいどういうつもりだったのであろうか。
Satz Anastigmat (Goerz 1897)。構成は2群10枚

謝辞
Rokuoh-Shaの寺崎様には参考資料をご提示いただくなど大変お世話になりました。心から御礼申し上げます。
 
ラージフォーマット(4x5)による大判カメラでの撮影結果をこちらに掲示しました。