おしらせ


おしらせ

オールドレンズ写真学校グループ写真展のおしらせが届いています。こちらです。私も入門者向けワークショップのスタッフの一人として協力しています。

2012/12/03

M42-Nikon F mount adapter


Nikonの一眼レフカメラでM42マウントレンズを使用するためのマウントアダプター。補正レンズの無いタイプ(左から3枚目まで)と補正レンズの付いているタイプ(いちばん右の1枚)に大別される
マウントアダプターはどこまで薄く造れるのであろうか?M42-Nikon Fアダプターにみる極薄設計の限界
  マウントアダプターを用いてNikonの一眼レフカメラにM42レンズを搭載する場合、フランジバック長の規格の関係で無限遠のフォーカスを拾うことはできない。しかし、アダプターが極薄く設計されていれば、中望遠レンズで4~6m先の被写体に対してフォーカスを拾うことができ、ポートレート撮影ならばギリギリ何とかこなせる。M42-Nikon Fアダプターは極薄設計が求められるストイックな製品分野なのである。いったい、どこまで薄く造れるのであろうか?
  現在、eBayなどの市場に出回っているM42-Nikon Fアダプター(補正レンズ無しタイプ)は一部のEU製品を除き、その大半が中国製とロシア製で占められている。一般にこの種の製品にはブランド名がなく、設計仕様も公開されていない。中国製アダプターの場合、eBayでの販売価格は日本への送料を含めても1.88ドル前後(約150円)からと鼻血が出る程安い。典型的な製品を以下に写真で示す。

マウント部がフラットなタイプの中国製アダプター。流通価格は送料込みで2ドル弱からと最も安い(流血アダプター)。素材はアルミ合金で厚みは0.9mm(実測)程度である。シルバー色のタイプも存在するが、こちらはもう少し値がはる

外枠がコの字型に折れ曲がったタイプの中国製アダプター。流通価格は送料込みで3ドル強くらいからとなっている。アダプターの厚みは0.65mm(実測)と中国製の中ではかなり薄い製品だ。シルバー色の真鍮製タイプも存在するが、こちらの厚みは1mm程度と少し厚めに設計されていた

補正レンズが入っている中国製アダプター。香港製として売られていることもある。eBayでは8ドル程度(送料込み)からみつかる。装着するとレンズの焦点距離が1.4倍換算になってしまうが無限遠のフォーカスを拾うことができる。ただし、余計なレンズが一枚加わる分だけレンズ本体の性能を損ねることになる

  値段が極めて安いので、幾つか異なる製品を購入し使い勝手を比較してみることにした。すると、面白いことにアダプター毎にフォーカスを拾うことのできる撮影距離の範囲が異なるのである。もちろん、この種のアダプターで無限遠までのフォーカスを拾うことは物理的に不可能である。あるアダプターに75mmの中望遠レンズを搭載し用いてみたところ、ピントは最長で4.7mまで拾うことができた(距離はレーザー距離計で計測)。ところが同じレンズを別のアダプターで用いた場合には3.5m程度先までがやっとであった。こうした差異が生まれる原因はアダプターの厚みが製品毎に異なるためだ。今回入手したアダプターは全部で5種類だが、ノギスで各アダプターの厚みを計測してみたところ、0.5mm~1mmと製品ごとにバラバラであることがわかった。最も薄く設計されていたのはEU製の0.5mmタイプでeBayでの価格は32ドルと、この種の製品にしては高値で売られていた。中国製のアダプターの中にも比較的薄く設計されているものがあり、私が入手した中で最も薄く設計されている製品は0.65mm厚であった。薄ければ薄い程フォーカスをより遠くまで拾えるので実用性は高い。しかし、その反面で耐久性が落ちる。そこで、いくつかのアダプター製品では外枠がコの字型に折れ曲がった構造を持つなど工夫がみられる。マウント接触面の歪みを抑え耐久性を向上させるとともに、カメラ側のマウント座金に対して包み込むようにフィットするのでガタも出にくいというわけだ。

こちらのアダプターは厚さが0.9mmある。Nikonの一眼レフカメラにマウントし焦点距離75mmの中望遠レンズで撮影してみたところ、フォーカスを拾うことのできる最長距離は3.8mであった
こちらのアダプターは中国製だが厚さが0.65mmと入手したものの中では比較的薄く設計されていた。Nikonの一眼レフカメラにマウントし焦点距離75mmの中望遠レンズで撮影してみたところ、フォーカスを拾うことのできた最長距離は4.3mであった


おこれは経験則だが、薄型のアダプターを手に入れたいならば真鍮製よりもアルミ製を選ぶ方が安全だ。今回注目したM42-Nikon Fアダプターの場合、今のところ私が調べた範囲での最薄製品は0.5mm厚のアルミ製アダプターであった。この程度の厚みがスペーサーを持つアダプターにおける設計限界なのかもしれない。0.7mm厚で造られているEXAKTA--EOSアダプターや0.6mm厚のROLLEI QBM--EOSアダプターなどは耐久性的に限界に近いということになる。Leica-RとNikon Fはフランジバック長の差が0.5mmなので、一見するとアダプターを造れるのではと思い込んでしまうが、Leica-RマウントのバヨネットはNikon Fマウントの口径に収まらないのでアダプターの設計は物理的に不可能となる。仮に造れたとしても0.5mm厚の軽金属でLeica-Rマウントの重量級レンズ達を支えるだけの耐久性が得られるのかどうかは疑問だ。そのかわりにLeica-Rレンズのマウント自体を取り外しNikon Fマウントに変換することは可能で、そのための交換マウントが市販されている。

2012/11/27

Leitz Hektor 2.5/85 and Hektor 2.5/120(M42 mount lens modified from Projection lens)


上段はM42ヘリコイドユニットを介してカメラに搭載したHektor 8.5cm F2.5。下段は特製ヘリコイドアダプターを介して搭載したHektor 12cm F2.5

ライツのスライドプロジェクター用レンズ2
HEKTOR 2.5/85 and HEKTOR 2.5/120
Leitz(ライツ)社のレンズと言えば目玉が飛び出るくらいに高価なものが多いが、スライドプロジェクター用レンズに限っては絞り機構やヘリコイドが省かれているためなのか例外的に安く、50~85ドル程度からと手軽に手に入れることができる。ある時にeBayを介して英国の中古カメラ業者からLeitzのプロジェクター用レンズをM42マウントに変換することのできる一品モノの特製ヘリコイドアダプターを手に入れ、一般撮影に転用するという遊び方の存在を知ってしまった。この種の転用は海外のマニア層の間で一昔前から行われているようで、インターネットで検索するとかなりの数の写真作例が出てくる。Leitz以外にもDallmeyerやTaylor-Hobson, Angenieux, Schneiderなど有名メーカーがレンズを供給しており、どれも写真用レンズに比べると手頃な値段である。
今回取り上げるレンズはLeitz社が1954年にスライドプロジェクター用として発売したHektor(ヘクトール) F2.5である。Hektorといえば1930年代に同社の設計士Max Berek(ベレク)[1886-1949]がトリプレットをベースに開発したレンズが元になっている。幾つかの設計バリエーション(3群4枚/3群5枚/3群6枚など)が存在するが、3群構成であることがHektor銘を冠するレンズの共通則となっている。本レンズの場合は設計構成が3群4枚であり、第2群が貼り合わせレンズに置き換わっていることがトリプレットからの改良点である(下図参照)。貼り合わせ面を用いて球面収差を強力に補正することで更なる大口径化を実現している。Hektor F2.5は同社のスライドプロジェクター(PradoシリーズやPradovitシリーズ)に標準搭載され1963年まで市場供給されていた。ところで、Hektorというレンズ名であるが、ギリシャ神話でトロイ戦争に出てくる勇士の名が由来で、設計者Berekの愛犬ヘクトールの名でもある。

 Hektor 125mm F2.5(一般撮影用)の光学系トレース。今回取り上げている2本のHektorと同一の3群4枚構成であり、3枚玉のトリプレット(3群3枚)を起点に第2群(図の中央部)を2枚の貼り合せレンズ(ダブレット)に置き換えたのが特徴である。この貼り合せ面(ストッパー面)から負の球面収差を故意に発生させて元の球面収差と相殺消去させるというテクニックが実装され、口径比はF2.5まで明るくなっている。本レンズの弱点は凹凸レンズのパワーバランスの悪さ(凹レンズのパワー不足)からくる大きな像面湾曲(ペッツバール和)であるが、長焦点であれば問題ない。軸上色収差が大きく色にじみの出るレンズとして知られている
 本レンズが開発された1950年代初頭はプロジェクター・ランプの性能が今のようには良くなかった。スクリーンへの投影像に十分な明るさを確保するためには部屋の明りを消し、暗幕カーテンで窓を覆う必要があった。搭載するレンズはできる限り大口径にするほうが光源の明かりを有効活用できるため有利だが、画質的には厳しい条件になるため、明るさと画質の間にはトレードオフの関係があった。広角レンズを用いてスクリーンとプロジェクターの間の距離を詰めることでも投影像を明るくはできるが、Hektorのようなトリプレットの性格を持つレンズでは周辺画質が厳しいため、ある程度は長焦点にしておくことが望ましかった。ただし、口径比を一定にしたまま長焦点化(つまり大口径化)しすぎると、球面収差が膨らんで今度は解像力が維持できない。レンズに要求される解像力はマイクロ・フィルム(新聞や図書などを35mmフィルムに縮小転写したもの)の投射において文字が判読できる程度以上だったはずである。こうした事情の元でLeitzが選んだ妥協点は焦点距離の異なる3種のレンズを用意することであった。投影像が明るくピント部中央の解像力は高いが周辺画質が厳しい焦点距離8.5cmのモデル。これとは対照的に投影像は暗めで解像力はやや控えめなものの、ピント部の均一性が高く四隅まで画質が安定している12cmの長焦点モデル。そして、両者の中間的な位置付けで、よく言えばバランス、悪く言えば妥協を図った焦点距離10cmのモデルである。焦点距離10cmのレンズ一本で勝負するには画質的にも明るさ的にも厳しかったため、わざわざ3種類のモデルが同時供給されたのであろう。しかし、後にプロジェクター・ランプの性能(輝度)が向上し、レンズの方も1960年に高性能なColorplan F2.5が開発されたことで技術的な問題は解消されてしまう。Hektorは一線を退き、Leitzのプロジェクター用レンズは90mmの焦点距離を持つColorplanに一本化されている。
ところで、1954年のLeitzのカタログにはHektor3兄弟に加えElmaron 10cm F2.8が掲載されている。こいつの役割はなんだったのであろうか・・・。

左はHektor 12cm F2.5で右はHektor 8.5cm F2.5。これら以外にもHektor 10cm F2.5が製品として供給されていた
入手の経緯
今回入手した2本のHektorはブログの読者の方からお借りしたものだ。少し前のColorplanの記事に興味を持たれたSさんがHektorを所持しているので使ってみてくれとレンズを提供してくださった。偶然にもご近所様だったのでレンズの方は手渡しでお借りすることができた。2本のHektorのうち焦点距離12cmのモデルはColorplanの時に用いた特製ヘリコイドユニットに搭載可能であったが、焦点距離8.5cmの方は鏡胴径が小さかったため、市販のM42ーM42ヘリコイドユニットに搭載し使用することにした。2本のレンズともeBayでは50~75ドル程度で入手できる。ちなみに後継品のColorplanは80~100ドル前後で取引されている。

M42ヘリコイドユニットへの搭載
本品のようなプロジェクター用レンズはヘリコイド(光学ユニットの繰り出し機構)が省かれており、一眼レフカメラやミラーレス機の交換レンズとして用いるには別途用意したヘリコイドユニットに搭載する改造が必要となる。一番簡単な改造方法は、市販品のM42ヘリコイドユニットに装着する方法であろう。Hektor 8.5cmは鏡胴の口径がM42マウントのネジ径よりも若干小さいので、セロハンテープを巻いて厚みを与えるだけでヘリコイドユニットにすっぽりと填めることができる。


Heltor 8.5cmの鏡胴(後玉側)にセロハンテープを鏡胴に巻いているところ。鏡胴に厚みを与えることでM42ヘリコイドユニットにピッタリとフィットさせるようにした

今回使用したM42-M42ヘリコイドユニット(25-55mm)。3ヶ月前までeBayにて78ドル(送料込み)で売られていたが、このところ急に相場が下がり今では49ドル(送料込み)で入手できるようになった。ヘリコイドの深さにはやや空間マージンがあるので、M42-Nikon Fアダプター(補正レンズ無しのタイプ)を追加すればNikonの一眼レフカメラにも装着可能だ。もちろん無限遠のフォーカスを拾うことができる
一方、Hektor 12cmの方は鏡胴径が46mm弱と更に厚くM42ヘリコイドユニットには収まらないものの、Colorplanの入手時に手に入れた特製ヘリコイドユニットに装着可能であることがわかった。市販のヘリコイドユニットを用いるのであれば、どうにかして鏡胴に厚みを与えM52-M42に装着するか、あるいはM46-M42ヘリコイドユニットにギリギリ収まるのかもしれない。
Hektor 12cm F2.5は前回のColorplanの入手時に手に入れた特製ヘリコイドアダプターに装着し使用可能となった。こちらのレンズは鏡胴径が46mm弱とやや太いため、市販のM42ーM42ヘリコイドには装着できない
撮影テスト
Hektor F2.5はスライドプロジェクター用に設計されたレンズであり、3~7m程度の撮影距離で最高の画質が得られるようチューニングされている。これはポートレート撮影に適した距離であるが、遠方では解像力が落ちるので風景撮影には向かない。発色はこのレンズ特有の大きな軸上色収差のためか赤みがかる傾向があり、また屋外での逆光撮影にはたいへん弱くフレアが発生すると発色が途端に淡くなる。逆光撮影に対する弱さは、おそらくガラス面に敷設されたコーティングが太陽光を基準にしたものではなく、プロジェクターランプから出る光を基準に設計されているためなのであろう。ランプの光源から出る光の周波数成分に対して反射防止効果が最も高くなるようコーティングの厚みが調整されており、太陽光に対しては、かえって効果が落ちるのである。
Hektorは3枚玉のトリプレットから派生したレンズである。戦後の再設計で性能が向上したとは言え、良くも悪くもトリプレットの性質を受け継いでおり、撮影結果にはオールドレンズの性格がハッキリと表れる。ピント部中央の解像力はとても高いが、画角を広げると非点収差が急激に増し周辺像が妖しくなる(Hektor 2.5/85)。また、大口径化しすぎると球面収差の膨らみが急激に増すため画面全体が柔らかい描写となる(Hektor 2.5/120)。同じ構成でありながらやや異なる性質を持つ3本のHektor F2.5(8.5cm/10cm/12cm)を使い分けてみるというのも楽しそうな遊び方だ。
Hektor 8.5cm F2.5: スッキリとヌケがよく、ピント部中央は高解像だが非点収差が強いため四隅に行くほど解像力が顕著に落ちる。撮影距離によってはアウトフォーカス部でグルグルボケが目立つ。シリーズの中では比較的画角が広く設計されている事に加え、スクリーンへの投影を意識し像面湾曲の補正を徹底した結果、非点収差の補正力不足に陥ったのであろう。周辺画質の妖しさを生かした写真作例を狙いにゆきたいレンズだ。

Hektor 12cm F2.5: 画角が狭い長焦点レンズなので四隅まで画質が安定しておりグルグルボケも目立たない。ピント部中央の解像力は8.5cmのモデルの方が高い印象だが、ピント部の均質性ではこちらのレンズの方が上をゆくようだ。ただし、ハイライト部からは美しいハロがモヤモヤと出るなど結像がソフトになる。シリーズの中では最も大口径なモデルなので、その分だけ球面収差の膨らみが大きいためであろう。女性の肌を綺麗に撮るにはちょうど良い。

以下作例。いつものように修正・無加工で、カメラから出したJpeg形式のダイレクト画像だ。
Hektor 8.5cm F2.5+Nikon D3 digital,AWB: 逆光にさえ気をつければとてもよく写るレンズだ。周辺像が妖しい





Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: 12cm F2.5のHektorは8.5cmF2.5のモデルよりも大口径の分だけ球面収差が大きいようで、モヤモヤとしたハロがまとわりつき像はソフトになる。ボケは綺麗だ





Hektor 8.5cm F2.5+Nikon D3 digital,AWB: ご覧のとおりピント部中央の解像力はかなり高い





Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: この場面ではグルグルボケを狙ったのだが誤算であった。12cmのHektorの方はボケに安定感がある。像はやはりソフトで女性の肌を撮るにはちょうどよさそう



Hektor 8.5cm F2.5+Nikon D3 digital,AWB: こちらのHektorはボケがしっかり回っている





Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: 逆光にはめっぽう弱く屋外での撮影時にはフレアが出やすい。露出アンダーでごまかしているが、やはり全体的に白っぽくなってしまう。色にじみがやや目立つ

Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: 

Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: 近接撮影ではやはり絞りの必要性を感じる。作例は最短撮影距離でのショットだ。本レンズに使用した特製ヘリコイドは繰り出し機構にストッパーがないため、接写時に繰り出しすぎるとヘリコイドからレンズユニットがポロンと脱落する危険性がある














2012/10/22

コンタックス・ゾナーの末裔達3:Valdai Jupiter-3 50mm F1.5(LTM) and KMZ Jupiter-8 50mm F2(LTM)


結像が柔らかく、階調が軟らかいレンズと言えば、ハロやコマの影響で大抵はコントラストが低く発色は淡泊になりがちである。しかし、Jupiterシリーズはどうもこの典型には当てはまらないという印象をうける。コントラストの基本水準が高いためなのであろうか。開放付近でボンヤリとしたソフトな性格を示しながらも、コッテリとしたパンチ力のある色ノリが効き、頼りなさというものを全く感じさせないのである。

やわらかくも力強い
オールド・ゾナーの写りを手軽に楽しめる
ロシア製レンズ

シリーズ第3回はロシア製ゾナー型レンズのJupiter-3 50mm F1.5とJupiter-8 50mm F2である。これらは戦前にCarl Zeissによって開発されたSonnar 50mm F1.5(3群7枚構成)とSonnar 50mm F2(3群6枚構成)を始祖とする改良レンズである。戦前のSonnarには補正の難しい球面収差があり、開放付近では解像力の低下やハロの発生が顕著にみられたが、戦後のSonnarシリーズではガラス硝材の高性能化によって球面収差が効果的に補正できるようになり、解像力が向上、ハロも減少しコントラストが向上したことで、ヌケの良いシャープに写るレンズへと変貌を遂げている。一方、Sonnarとは腹違いの兄弟にあたるJupiterシリーズの描写には戦後のSonnarシリーズほどの洗練感はなく、そのおかげで階調描写には軟らかさが残っている。この性質は絞り込んでも失われることが無く、戦前のSonnarに近い豊饒な性格を引き継いでいるのである。シャープネスを向上させようと思えばできたはずであるが、ロシア人の美意識がそれを拒んだのか、あるいはベルテレ無き戦後の東独ツァイスから的確な支援が得られず、技術情報の不足と試行錯誤の過程によって偶然にもこのような特徴が導かれたのかもしれない。何はともあれ、やわらかい描写を優先させたことで本家Sonnarとの差別化を図ることができたのは、Jupiterにとって幸運だったに違いない。


Jupiterシリーズの兄弟レンズ達:左奥はJupiter-9, 中央手前はJupitere-3, 右奥はJupiter-8である。なお、レンズ名の由来はローマ神話の最高至上の神の名ユピテル
Jupiter-3とJupiter-8が登場したのは1950年で、設計者はKMZ(クラスノゴルスク機械工場)のロシア人技士M.D.Moltsevである。MoltsevはIndustar 50やJupiter-9の設計者としても知られている。初期のモデルは開発元のKMZが生産し、Leicaスクリュー互換のZorki(ゾルキー)マウント用と、旧Contax互換のKiev(キエフ)マウント用の2種が市場供給された。その後はZOMZ(ザゴルスク光学機械工場)やArsenal, Valdaiなどもレンズの生産に参入している。Jupiter-3は1988年、Jupiter-8は1992年以降まで生産されていた。
ロシアのカメラやレンズに詳しいSovietCamera.COMによると、Jupiter-3とJupiter-8には、それぞれ前身となるZK 50mm F1.5およびZK 50mm F2と呼ばれるモデルが存在し、1947年から1950年までKMZによって生産されていた。この頃までの光学系はSonnarのフルコピーだったという見方が強い。一方、現在KMZを傘下に持つZenitのホームページにはJupiter-3に関する貴重な記述がある。そこには、ツァイスから接収したガラスのストックが1953年に枯渇したため、Jupiter-3はロシア産の硝材に適合するようロシア国内で1954年に再設計され、リムの形状(レンズの曲率)が修正されたのだと記されている。Jupiter-3は翌1955年のモデルチェンジを境にシリアル番号がリセットされており、この時に新しい光学系へと置き換えられたものと考えられている。

  

Jupiter-3: 光学系の構成 3群7枚, 絞り羽 13枚, 最短撮影距離 1m, 絞り F1.5-F22, フィルター径 40.5mm,重量(実測) 135g,  対応マウントはライカスクリュー(L39)互換のZorkiマウントと旧コンタックス互換のKievマウントの2種、シングルコーティング
Jupiter-3生産年表
  • 1947-1950:KMZがゾナーをベースにJupiter-3の前身となるZK 50mm F1.5を開発。Zorki用とKiev用が市場供給される
  • 1950:レンズの名称をJupiter-3に改称しKMZが生産を継続する
  • 1953: ツァイスから接収したJupiter-3用の硝材が枯渇する
  • 1954: ロシア国内で再設計される
  • 1955: シリアル番号がリセットされる。恐らく新しい光学系に変更
  • 1955-1956: KMZが生産
  • 1956-1975: ZOMZが生産を引き継ぐ
  • 1975-1988: Valdaiが生産を引き継ぐ
Jupiter-8: 光学系の構成 3群6枚, 絞り羽 9枚, 最短撮影距離 1m, 絞り F2-F22, フィルター径 40.5mm,重量(実測) 130g, 対応マウントはライカスクリュー(L39)互換のZorkiマウントと旧コンタックス互換のKievマウントの2種、シングルコーティング
Jupiter-8生産年表
  • 1947-1950:KMZがゾナーをベースにJupiter-8の前身となるZK 50mm F2を開発。Zorki用とKiev用が市場供給される
  • 1950:レンズの名称をJupiter-8に改称
  • 1950-1956: KMZがKievマウント用を生産
  • 1954-1981: ArsenalがKievマウント用モデルの生産をKMZから引き継ぐ
  • 1951-1990年代: KMZがZorkiマウント用を生産
なお、1970年代半ばにArsenalも少数だがZorkiマウント用モデルJupiter-8H(希少)を市場供給している。

入手先
Jupiter-3は2011年2月にウクライナの大手中古カメラ業者ペテルズブルグ・ディールから250㌦(送料込みの総額260㌦)の即決価格にて落札購入した。この業者は取り扱う商品の当たり外れが大きく、MINT(美品)と格付けされた商品でさえ全く油断できないことで知られている。購入した商品ついては同業者の付与する最高ランクのNEW ITEM(新品同様品)であったため、相場より高めだが迷わず購入した。JUPITER-3は劣化してしまった製品が多いので状態の良い品にはなかなか出会えない。カラーバリエーションにはブラックとシルバーの2種がありブラックモデルの方が流通量が少なく希少性が高い。製造年度が87年と記されており、88年まで製造されていた最後期の製造ロットである。現在のeBayにおける中古相場はシルバーモデルの劣化品で150㌦程度、状態の良好な品の場合には200~250ドル程度であろう。届いたレンズはガラスや外観こそ非常に綺麗な状態であったが、ヘリコイドリングの回転が重たかった。
続くJupiter-8は2012年5月にeBayを介してロシアのRUSSCAMERAから66ドルの即決価格(送料込みの合計86ドル)で入手した。状態は「新品」とのことで、レンズキャップとプラスティックケースが付いてきた。届いた個体は前玉に僅かなクリーンングマーク(拭き傷)が見られたものの、程度の良い綺麗なレンズであった。eBayでの取引相場は状態の良いもので50-70ドル程度であろう。

撮影テスト
Jupiterシリーズの特徴は何と言っても開放付近でみられる柔らかい結像、絞っても失われることのない軟らかい階調描写、そして、コッテリとした力強い色ノリではないだろうか。しっとりとした雰囲気の中にパンチ力の効いた高発色な性質が同居し、オールド・ゾナーならではの独特な描写表現を生み出すのである。
 
Jupiter-3 50mm F1.5: 開放絞り付近では解像力が低く、たいへんソフトな性格である。ハイライト部からは綺麗な滲み(ハロ)が発生し、画面全体としても薄い絹のベールを一枚被せたようなフレアっぽい写りとなる。一方、F2.8まで絞ると解像力とコントラストが向上し、スッキリとしたヌケの良い像が得られる。発色は開放付近で黄色(黄緑色?)に転ぶ傾向がみられ、絞るとノーマルになる。色ノリは開放から良好で、フレアが出るにも関わらず淡泊になることはない。絞れば濃度が増し、更に鮮やかになる。ただし、フィルム撮影では絞り込んだ際に色飽和を起こすケースがしばしばみられた。 ネガフィルム(フジカラー)との相性はとても良く、発色はノーマルである。開放付近でみられるボンヤリとしながらも色ノリのよい描写がとても印象的だ。背景のボケは穏やかで安定感があり、グルグルボケや放射ボケには無縁である。
 
Jupiter-8 50mm F2: 開放からスッキリとヌケが良く、コントラスト、色ノリともに良好だ。ハロはアウトフォーカス部にハイライト域がある場合でのみ僅かに発生する。深く絞れば解像力も向上し、シャープな像が得られる。背景のボケは僅かにグルグルと回るが、これは光学系の凹凸レンズの構成比から見ればごくあたりまえで、6枚玉のJupiter-8は凸レンズがやや過多となるため非点収差の影響が出やすいのだ。発色についてはJupiter-3と良く似た傾向を示す。


撮影機材
レンズ JUPITER-3  50mm F1.5 / JUPITER-8 50mm F2
デジタル撮影 Fujicolor X-Pro1


JUPITER-3@F1.5(開放)+ Fujifilm X-Pro1,AWB:  モヤモヤ、フワッとやわらかい結像だ。ボケも綺麗だ




Jupiter-3@F2.8 +Fujifilm X-Pro1, AWB: 少し絞ってもアウトフォーカス部のハイライト域は依然として綺麗に滲んでくれる。階調変化がなだらかなので後ボケが煩くなりすぎることはないようだ。色ノリはとても良いが、この作例では色飽和気味になっている

Jupiter-3@F1.5 +Fujifilm X-Pro1,AWB: こちらも開放でのフレアっぽい作例だが色ノリは充分によい



Jupiter-3@F1.5 +Fujifilm X-Pro1,AWB: カラーバランスが黄色に転んでいる。ちなみに室内灯は白色蛍光灯だ。アウトフォーカス部がフレアに包まれモヤモヤとしている。前ボケはとろけるように柔らかい




Jupiter-8@F2(開放)+Fujifilm X-Pro1,AWB: こんどはJupiter-8。線は細くないが開放からそこそこシャープに写る。色ノリも良好だ。フレアは開放でアウトフォーカス部にハイライトがある場合のみ僅かにでる


Jupiter-8@F2.8+Fujifilm X-Pro1,AWB: 一段絞るとコントラストが向上し、発色は更に鮮やかになる。炎天下という悪条件でも階調は硬くならないようだ

Jupiter-3@F5.6 +Fujifilm X-Pro1, AWB:  再びJpiter-3。絞ると発色はさらに鮮やかになる


Jupiter-3@F2 +Fujifilm X-Pro1, AWB: 僅かにピントを外すと柔らかく印象的に写る。今の場合、ピント部は赤ちゃんの側に置いている。階調がなだらかで美しい

Jupiter-3@F1.5 +Fujifilm X-Pro1, AWB:



Jupiter-8@F5.6+Fujifilm X-Pro1、AWB: Jupiter-8も絞り込めばこの様に高解像な写りである







「ソフトで色鮮やか」。やはり、この特徴こそがオールド・ゾナーの長所ではないだろうか。マイルドなやさしいフレアの中からガツンとインパクトのある高発色な被写体が浮かび上がる様子は、空気との境界面が少ないシンプルな設計のゾナーだからこそ実現できる大技だ。古いダブルガウス型レンズもコマ収差によってソフトな味を引き出せるが、こんなにも高発色にはならないし、現代のダブルガウス型レンズでは高発色な性質と引き換えに、フレアっぽいソフトな結像が得難くなっている。

2012/09/23

Leitz Wetzlar Colorplan 90mm F2.5 M42改(modified M42)


ライツのスライドプロジェクター用レンズ1
名設計者が開発したプロジェクターレンズ
COLORPLAN 90mm F2.5

  Colorplan(カラープラン) 90mm F2.5はドイツのLeitz(ライツ)社が1959年7月に開発し、スライドプロジェクターのPradoシリーズやPradovitシリーズに搭載された大口径レンズである。同社がそれまで市場供給していたElmaronやHektorの後継品として1960年に発売された。1970年代にはポルトガルのLeitz社が生産を引き継ぎ、MTF特性を更に向上させたSuper-Colorplanという名の後継品をリリースしている。レンズを設計したのは何とWalter Mandler博士とErick Wagner博士である。Mandler博士はSummicronやElmarit、Noctiluxを開発したことで知れる名設計者である。
  用途から考えた場合、このレンズに必要とされる描写設計は高解像で高コントラスト。撮影距離(投影距離)が3~4mの辺りで最高の画質が得られるように収差が補正され、ヌケが良く、像面は限りなく平坦でボケ味は問わないといったところであろう。こうした要求を満たす光学設計としてLeitzが選んだのは、4群5枚Unilite(ユニライト)型である(下図参照)。LeitzにはMandler博士らが設計したElmarit-R(エルマリートR) 90mm F2.8というほぼ同一構成のレンズがあり、Colorplanにはこのレンズの開発で培われた設計技術のノウハウが生かされているのである。

Colorplan 90mm F2.5の光学系。構成は4群5枚のUnilite型で、後群にお碗型の凹メニスカスレンズ(右から2枚目のレンズ)を持つのが特徴だ。この凹メニスカスを薄くしてゆくと画角特性(広角部の画質)の強いXenotar(クセノタール)型と呼ばれる光学系になる。プロジェクター用レンズにはXenotar型のものも存在するが、90mmという長い焦点距離(狭い画角)を考慮した場合にはXenotar型よりもUnilite型の方が適当と判断さてたのであろう。ちなみに凹メニスカスを厚くするユニライト型では非点収差の補正効果(画角特性)が弱まるものの、球面収差の補正効果は強化されるようだ
Colorplanはプロジェクターのスペアパーツとして単体で売られており、eBayなどの中古市場には今でも数多く流通している。絞り機構が省かれていることもあり、値段は100ドル以下とLeitzのレンズにしてはかなり手頃である。名設計者が開発したレンズということで、海外のマニア層の間では一昔前から写真用レンズに転用する試みが繰り返されてきた。このレンズはフランジバックが50mm前後と長く、適当なヘリコイドアダプターを用意してやれば一眼レフカメラでも問題なく使用できるのである。700ドルもかけてElmarit-R 90mm F2.8の中古品を入手するよりは遙かに手頃である。

Colorplanが搭載されたLeitz社のスライドプロジェクターPradovit color 150/250[同社のカタログより引用]。ColorplanはLeitz社のPradoシリーズやPradovitシリーズに搭載されていた
Colorplanのレンズユニット(右)と特製のM42ヘリコイドアダプター(左)。ヘリコイドを近接側に回しすぎるとレンズユニットがヘリコイドから外れポロンと脱落する

入手先
2012年5月にドイツの写真機材業者からレンズヘッドと特製M42ヘリコイドアダプターのセットで58ドルと激安価格で入手した。送料はドイツポストでたったの10ユーロ弱と安く、総額も6000円以内で済んだ。オークションには「前玉のコーティングに問題がある」と解説されていたが、届いた品をみたところガラスに油脂が付着しているだけであり、軽くクリーニングしたら完全に綺麗になった。ただし、後玉には実写には影響のないレベルの薄いクリーニングマークが数本あった。レンズそのものよりもヘリコイドアダプターの方に価値があるので、非常にラッキーな買い物だった。これさえあれば、プロジェクター用のHektorやElmaronでも遊ぶことができる。ColorplanはeBayでレンズヘッドのみがパーツとして売られており、相場も70ユーロ程度から買える。

重量(実測) 光学ユニット260g/ヘリコイド ユニット 102g, 光学系 4群5枚(ユニライト型),  焦点距離 90mm, 口径比 F2.5, 最短撮影距離 40cm,  絞り機構は付いていない

撮影テスト 
Camera: Nikon D3 digital
Lens: Leitz Wetzlar Colorplan 90mm F2.5

Colorplanはスライドプロジェクター用に開発されたレンズであり、3~4m程度の撮影距離(投影距離)で最高の画質が得られるよう設計されている。写真撮影に転用する場合、ポートレート用には適した距離であるが、更に遠景ではかえって解像力が落ちる。絞り羽の開閉機構が省かれているため、収差の補正タイプは完全補正型となっている。常に開放状態のまま使用するわけだが、それでも解像力は非常に高く、ピントの山は驚くほど掴みやすい。ハロやコマフレアなどコントラストを低下させる要因は一切見られず、スッキリとヌケの良い撮影結果が得られる。発色は癖も無くノーマルで、色ノリはコッテリでもあっさりでも無い。こういう写りを無個性と言うのかもしれないが、プロジェクター用レンズには必要な性質である。とても優秀なレンズなのであろう。ただし、後ボケがやや硬く、距離によっては像が煩くなる傾向があり、周辺部が僅かに流れる事もある。アウトフォーカス部の画質が全く考慮されていないプロジェクター用レンズなので、この点は仕方ない。
F2.5, Nikon D3 digital, AWB:  このとおり、とてもシャープな写りだ
F2.5, Nikon D3 digital, AWB: 解像力が高く、頭頂部までしっかり解像されてしまった・・・ゴメンナサイ
F2.5, Nikon D3 digital, AWB: ハイライト部からもハロやコマフレアは殆ど出ず、すっきりとヌケの良い写りである。逆光にはやや弱いようでフレアは結構出る




F2.5, Nikon D3 digital, AWB: コントラストは良好で、色ノリも良い
F2.5, Nikon D3 digital, AWB: ピント部は四隅まで高解像だ。右側の子。なんで寝てるの・・・



F2.5, Nikon D3 digital, AWB: 発色は癖など無くノーマルだ。階調が硬くなりすぎない点はオールドレンズならではの性格といえる。おかげでゴーヤ表面のデコボコ部が丁寧に表現されている
F2.5, Nikon D3 digital, AWB: ボケは硬く、癖が強いが、アウトフォーカス部の画質を問わないプロジェクターレンズなので、これは仕方のない事だ
F2.5, Nikon D3 digital, AWB: 発色はコッテリしすぎず、あっさりでもない



F2.5, Nikon D3 digital, AWB: ボケには独特の癖があり、距離によっては穏やかとはいかない

ピント部のキレについてはとても素晴らしく、さすがにSummicronの設計者というだけのことはある。プロジェクター用レンズに必要な描写力として、力をいれるべき箇所とそうでない箇所が明確に棲み分けられており、一流の設計者の手で生み出されたレンズはやはり一味違うものだという印象を受けた。