おしらせ


2010/05/31

シュナイダーとイスコ 第2弾: Schneider-Kreuznach EDIXA-XENON 50mm/F1.9 (M42) エディクサ・クセノン


ピント面は鋭いのにボケ味は柔らかい!
名門シュナイダーのエース級レンズ

後ボケ味の柔らかさは残存球面収差によって生み出されている。球面収差の残存(補正不足)はピント面のシャープネスを損ねる原因にもなるので、柔と硬はトレードオフの関係にある。レンズの柔らかさはボケ味の美しさやムードを作り出すとても大切な描写力。この部分を捨てシャープな結像を徹底追求すれば、製版や航空写真、マクロ撮影などの用途で活躍できるものの、ボケ味はザワザワと硬く2線ボケも発生する。両者のバランス配分を保ちながら、これらを高いレベルで両立させることができれば、ある意味において理想的な描写力を持つレンズと言える。興味深いことにXenonにはそれを実現しているとの噂だ。どんなもんかと物欲魂がメラメラとこみ上げ、気付いたらもう手元にレンズが届いていた。あれ?
 Xenonはシュナイダー・クロイツナッハ社の高速標準レンズにつけられるブランド名で、原子番号54のキセノン原子、あるいはこの原子の語源となったギリシャ語の「未知の」を意味するXenosを由来としている。今回入手したモデルはEdixaと呼ばれる普及価格帯のドイツ製一眼レフカメラのために1963年に製造されたEdixa-Xenon(クセノン)50mm/F1.9という製品である。光学系は4群6枚のガウス型で、仕様や設計が統一されていないXenonファミリーの中では最も典型的な構成である。Xenonファミリーの中で特に有名なのはディッケルマウント用に供給されたRetina-Xenon 50mm/F2であり、同マウントでは有名なフォクトレンダー社の銘玉SEPTON(ULTRONの発展型レンズ)と並ぶ高い人気を誇るそうだ。名門シュナイダーを代表する主力ブランドというだけのことはあり、鏡胴の造りは実に素晴らしい。
絞り機構のMANUAL/AUTO切り替えスイッチに連動して丸枠内の表示がAとMに切り替わる。また、絞り冠に連動して被写界深度のゲージ表示が変化する

 フォーカスリングを回しても鏡胴の伸縮はない。よく見ると光学系全体が前玉枠の内側でせり出すようにスライドしながら出て来るという凝った仕掛けになっている
マウント面から突き出たキャスター式の絞り連動ピンと鏡胴側面にある絞り機構のMANUAL/AUTO切り替えスイッチ。単なる押し込みピンではないところに拘りを感じる

フィルター径49mm,光学系:4群6枚ガウス型, 重量(実測):242g, シュナイダー社のHPにあるシリアル番号票をみると、本品は1963年に製造されたことになっている。傷の入りやすいマウント部には高硬度の真鍮鋼材が用いられるなど細部までよく考えられた造りだ。詳しい仕様についてはシュナイダーのホームページのこちらから当時の製品カタログを参照できる

入手の経緯
 本品は2009年12月にeBayにてポーランドの中古カメラ業者WWWカメラメイトCOMが180㌦の即決価格を設け出品していた。出品業者に値切りの交渉をし、最後は150㌦(総額180㌦)で落札、安く購入することができた。eBayでは200㌦を超えるのが当たり前のレンズだ。届いたレンズには僅かにホコリの混入があったが、ガラス面に傷はなく実用品としては何ら問題の無い良品であった。この業者は商品の解説文がいつも同じで「クリーンな光学系、スムーズな(ヘリコイドリングの)回転」が決まり文句だ。eBayの中では比較的優良な業者のようであるが、過去に1度ヘリコイドリングがカッチンコッチンに硬いレンズを買わされたことがある。

試写テスト
どんなにシャープなレンズでも近接撮影では球面収差の増大によって結像が柔らかくなる。この時、ピント面の緻密さは平凡化するもののレンズは綺麗なボケ味を生み出すようになる。これに対しピント面を無限遠にとる場合には、そのレンズが最もシャープな結像を示すようになる。これは収差の補正が無限遠方を基準に調整されているためだ(ただし意図的に柔らかさを残す場合もある)。では、ピント面を近接から無限遠に向けて遠ざけてゆくと、どうなるだろうか?レンズのもつ柔らかさは次第に薄れ、硬質で緻密な描写に変化してゆくに違いない(収差変動)。この性質変化の様子は製品ごとに異なり、カメラマンが最も多用する撮影距離(中間距離)においてレンズの個性を決めている。シャープな描写を印象づけるもう一つの大切な要素はコントラストである。高いコントラストを持つレンズは濃淡のメリハリがはっきりし、描写に硬質な印象を与える。高いコントラストと柔らかさを上手く両立させれば、良質な描写を演出できるというわけだ。ただし、結像の柔らかさが引き出せる開放絞り値付近では様々な原因により一般にはコントラストが低下してしまう。
 Xenonは絞り開放からピント面がシャープに結像するレンズとして知られている。一段絞れば更に周辺部までシャープになる。後ボケは大変柔らかく、輪郭部がフワッと綺麗に見える。ボケ味の柔らかさはピント面の残存球面収差によって生み出されているが、この収差はピント面のシャープネスを損ねる原因にもなるので、ここは設計者の腕の見せ所でもある。作例を見る限りEdixa-Xenonの描写はコントラストは絞り開放から高く[注1]、シャープなピント面と柔らかいボケ味をかなり高いレベルで両立させているようだ。ただし、残念な事はボケ味の滑らかさが今ひとつ良くないこと。撮影距離によっては2線ボケやグルグルボケが発生し、結像が崩れたり煩くなるなど質の悪いクセが露呈する事がある。また、光量の多い晴天時に中距離で撮影すると、ピント面に近い領域でハイライト部の輪郭あたりが妙に硬いボケ味を示すことがある。輪郭部が薄いハロでも纏うのだろうか?発色はシュナイダー独特のクールトーン調で、青が栄えるのが特徴だ。木々の緑が清涼感を帯びて映し出される。以下作例。

[注1]・・・開放絞りにおけるXenonのコントラストの高さについては、「ISCO WESTROCOLOR 50/1.9」のブログにおける比較結果を見ていただきたい。

F1.9(EOS Kiss x3, ISO 1600) 近接撮影時の後ボケはフワッと柔らかく良質だ。開放絞りにもかかわらず中央部の結像は充分にシャープ

f1.9(銀塩 FUJI ISO100) コントラストは充分に高い。ピント面はシャープで臨場感に溢れ、ボケ味は柔らかくハイライト部の滲みが綺麗だ。トーンの変化が丁寧で、階調変化が幻灯機に照らし出された影絵のようにフワフワとし、味わい深い結果になっている。EDIXA-XENONの凄さを知ってしまった一枚だ

f1.9(銀塩 FUJI ISO100) 後ボケはフワッと柔らかいが、2線ボケが出ており滑らかさがない

f2.8(銀塩 FUJI ISO100) 深く濃い青が出ている。こちらも背景に滑らかさがない。だんだん怪しくなってきた・・・エヘヘ。背景の電柱は2線ボケかな?衣服や木々の青・緑に清涼感が溢れている

f1.9(銀塩 FUJI ISO100)左:背景にガサガサしたものがあると、このようにボケ味が煩くなる。ややグルグルと回っているようだ。 f1.9(銀塩 FUJI ISO100)右:こういう構図ならば問題ない

F1.9(銀塩 FUJI ISO100) こちらもアウトフォーカス部にボケ味のグセの悪さが露呈した一枚。柔らかいが滑らかさを欠いたボケ味で像もやや流れている。開放絞りからシャープなので調子に乗って絞り開放のままでいると、このように火傷をする

F1.9(銀塩 FUJI ISO100) 背景の人物の肩の輪郭部あたりに注目してほしい。晴天下に屋外で撮影するとハイライト部だけが妙に硬くなることがある。直ぐ横の顔の輪郭のボケ具合は大変柔らかいのに・・・。

F2.8(EOS kiss x3, ISO 1600) 明暗差の大きな場面で雰囲気の良い写真がとれるレンズだ

★撮影機材
銀塩:PENTAX MZ-3+Fuji ISO100
デジタル:EOS Kiss x3
PENTACON metal hood(49mm径) + Schneider EDIXA-XENON 50/1.9



柔らかさと緻密さを高いレベルで両立させたレンズはやはり実在した。中距離で撮影する際にピント面に近いアウトフォーカス部にガサガサしたものが入る時には要注意。滑らかさを欠いたボケ癖が露呈するので、少し絞った方がよい。その点にさえ注意を払えば、高い表現力を備えた良いレンズだ。

2010/05/15

シュナイダーとイスコ 第1弾: Schneider-Kreuznach Curtagon 35mm f2.8 (M42) クルタゴン

ゴールドカラーの鏡胴と柔らかいボケ味が魅力
名門シュナイダーの高性能な広角レンズ
 
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シュナイダー・クロイツナッハ(現シュナイダー・オプティック)はJoseph Schneider が1913年にドイツのバートクロイツナッハ市にて創業した光学機器メーカーだ。ブランド力は高く、ライカやツアイスと並ぶ超一流企業である。ライカやツァイスが長い間ハイアマ向けの製品を主軸に置いてきたのに対し、シュナイダーは中・大判レンズ、シネマ用レンズ、産業用、航空写真用レンズなど高品位なプロ向けの製品を得意としてきた。NASAのスペースシャトル・アトランティスの船外活動用のモニターレンズも同社が供給しており、ハッブル宇宙望遠鏡を修理する船外活動でも活躍した。
シュナイダーはかつて35mm版カメラにも多くのレンズを供給していた。コダックレチナシリーズのデッケルマウント用レンズやライカL/M/R、M42、EXAKTA、ALPA、ローライの各シリーズなど対応マウントは多岐にわたっていた。現在は大判レンズと、KodakやLG電子のデジタルカメラ向け商品に小型レンズをOEM供給しているのみである。LG電子が発売している最近の携帯電話にはSchneider-Kreuznachと銘記された超小型レンズが搭載されており、オールドレンズファンにはたまらない魅力だ。
現在、 同社の傘下にはレンズメーカーのイスコ(ドイツ・ゲッティンゲン)、プラクティカ(イギリス・ロンドン)、ドイツ統一時に苦境に陥っていたペンタコン(ドイツ・ドレスデン)などがあり、グループ全体の従業員数は世界全体で650人(うちドイツ国内は345人)とのことだ。
今回入手したのはシュナイダー・クロイツナッハが1966年から67年頃に製造した広角レンズのCURTAGON(クルタゴン)35mm/F2.8である。シュナイダーの広角レンズといえば、何と言ってもライカのレンジファインダーカメラ用に供給された対称型の光学系を持つANGULON(アンギュロン)が有名である。対する本品は一眼レフカメラ用に製造されているのでバックフォーカスを稼ぐ関係からレトロフォーカス型の光学系である。同じ35mm/F2.8の他社製品よりも一回り以上コンパクトに造られているのが特徴であるが重量は他社製品と同程度なので、手にするとズシリと重く詰まっているなという印象をうける。ブランド名の由来はラテン語のCURTO(短くする)とギリシャ語系接尾語のGON(角)であり、いかにも広角レンズっぽい名だ。CURTAGONには本品の他に28mm/F4の製品と35mm/F4のシフトレンズPA-CURTAGONが存在する。マウント部付近が合皮で装飾されているなどデザインに高級感がある。カラーバリエーションはブラックと真鍮ゴールドの2種が用意されている他、EDIXA向けに製造されたゼブラ柄のEDIXA-CURTAGONもある。ブラックやゼブラのクルタゴンはeBayでもよく見かけるが、ゴールドの個体は大変珍しい。ソニーα330のブラウン系ボディつければ、さぞかし似合うだろう。
CURTAGONブランドは1980年代前半まで生産が続いていた。最後の製品はこれまたコンパクトな鏡胴を持つC-CURTAGONという名であり、28mmと35mmの2種の焦点距離が用意されていた。M42マウントのシュナイダー製品については、シュナイダーのホームページのこちらから当時の製品カタログを参照できる。カタログのCurtagonは5群5枚構成だが、今回紹介するCurtagonは6群6枚の設計となっている。
焦点距離35mm, 絞り値:F2.8-F22, 最短撮影距離: 30cm, フィルター径:49mm,  光学系の構成枚数は6群6枚, 光学系のUV吸収率:80%。ガラス表面のコーティング色は無色透明。EOS 5Dで使用する場合にはミラーへの干渉が起こるようだ。PENTAXのMZ-3ではミラーへの干渉はなかった。シュナイダーのシリアル番号票によると、本品は1966年から67年頃に製造されたことになっている

★入手の経緯
本品は2010年3月にeBayを介してポーランドの大手中古カメラ業者が160㌦の即決価格を設けて出品していた。この業者はレアな商品を含む多数の在庫を扱うが、品質管理にはかなり問題がある。商品に対する説明文は数行程度と簡素であり、いつも"Glass Condition Mint- .Cosmetic see picture"が決まり文句だ。eBayをよくご存知の方は大体察しがつくだろうが、商品解説の下の段に赤い文字で税関の情報をグダグダと記す業者だ。全商品に即決価格を設け、値切り交渉を受け付けてくれる販売形態はうれしいが、過去にクモリ玉のフレクトゴン初期玉や、ガラス内の清掃が必要なスコパレックスをMINT-との商品解説で買わされた。他にもヘリコイドにガタのあるトラベナーを買わされたり、商品解説どうりにフードやキャップが付いてこない事もあった。今までの取引成績は2勝5敗(5敗中3回は返品)と酷いが、私は返品覚悟で懲りずに取引を続けている。ハズレ商品を引いてしまった場合には即返品せずに、数日の間レンズの試し撮りを楽しませてもらうというわけだ。返品の場合、ポーランドまでの返送料は落札者が支払うという取引規定になっているので2000円程の損害は発生するが、レンズのレンタル代だと思えば安いものだ。
本品は出品時に値切り交渉を受け付けていたので、業者に対して日本までの送料40㌦分の値引きを提案したところOKの返事をもらった。送料込みの総額は160㌦(約14500円)である。商品の解説は光学系の状態がMINT-(新品に近い状態)とあり、それ以外に不具合等の解説は無かった。ところが届いた品はヘリコイドリングにややガタのある難あり品。返品しようかどうか迷ったが、今回の品は限定カラーのレアなレンズなので、どうしても手に入れたい気持ちが強かった。実用的には何ら問題が無い品なので、将来の定期メンテ時に緩みを修理してもらうことに決め、クレームは出さずに引き取った。


★テスト撮影
本レンズの特徴は柔らかいボケ味、クールトーン調の発色、透明感のある抜けの良い描写だろう。独特な清涼感のある青の発色(シュナイダー・ブルー)がこのレンズの個性となている。どんな条件下でも描写力が安定している素晴らしいレンズだ。ピント面のシャープネスはずば抜けて高いというわけではないが、この柔らかさにしてこれだけ解像力があれば充分高性能なレンズといえる。フードをつけ、しっかりハレ切り対策をしておけば、コントラストは適度に高く良好な撮影結果が得られる。ただし、逆光撮影時では暗部の階調表現に粘りがなく、ストンと黒潰れしてしまうことがしばしばある。また、緑の階調変化が不連続で、照度の高い場所で白とびのような粘りの無さが目立つ。シャドー部がやや青みがかることがあるようだ。
F2.8(EOS kiss x3) 色は鮮やかにしっかりと出てくれる。背景のボケ味がフワッと柔らかい
F4(銀塩Kodak GOLD100) 中遠景のボケ味は溶けるようで美しく、どこか印象派の絵画のように見えるところが面白い。コントラストは良好。結像は良く整っており端部でも流れるようなことはない。緑の発色はシュナイダーらしく、清涼感が溢れ出ている。衣服の発色が青に転んでいる

F2.8(銀塩Fujicolor S400) シャドー部が青みがるのはこのレンズを含めシュナイダー系レンズによくある発色傾向だ。緑の階調変化が不連続なのも同様
F2.8(EOS kiss x3) 開放絞りで近接撮影という厳しい条件でも、このように実用的なシャープネスを保っている
F4(銀塩:GOLD100) こちらは一段絞った撮影結果で、人物の手先あたりにピントを合わせている。ピント面の中央部は鋭くシャープだ

F5.6(銀塩Fuji Super PREMIUM400) こちらは逆光でコントラストの高い更にシビアな撮影条件だ。ややフレアが発生しているが許容範囲である。セオリーどうりにマイナス補正で撮影した。暗部がストンと黒潰れし諧調変化がなだらかではない。逆光時の諧調表現にはもう一粘り欲しいところだ
F4(銀塩Fuji Super PREMIUM400) 緑の階調変化が不連続で、日光が当たる部分が病的な黄緑色に変色する
上下段ともF4(EOS kiss x3) アウトフォーカス部にわざとガサガサした被写体を入れてみたがボケ味が柔らかいので目障りな結果にはならない
F5.6(EOS kiss x3) 最短撮影距離ではこれくらいの倍率になる

F5.6(EOS kiss x3) 鮮やかな発色と柔らかいボケ味、ヌケの良さを堪能した。

クルタゴンは癖がなく安定した描写力と柔らかいボケ味、適度に高いコントラストを持つ優れたレンズである。とても気に入った。

★撮影機材
銀塩:PENTAX MZ-3 +Schneider CURTAGON 35/2.8 + ハクバ ラバーフード + Kodak GOLD 100/Fujifilm Super Premium 400
デジタル: EOS Kiss x3 +Schneider CURTAGON 35/2.8 + PENTACON METAL HOOD(50mm用)



この時代の交換レンズのカラーはカメラ本体の配色に合わるのが常識で、例えばエディクサやエキザクタ用のレンズにはブラック基調のデザインやゼブラ、コダック・レチナならばシルバー基調が好まれた。本品のようなゴールド・カラーの交換レンズは革新的であったに違いない。しかし、中古市場における流通品の少なさから察するに、あまり売れなかったようである。最近のデジタル一眼レフカメラはカラーバリエーションが豊富になり、カジュアルで型破りなデザインのものが増えてきた。シュナイダー・クルタゴンのゴールドカラー版は、これからますます活躍する機会が増えそうで頼もしい。