おしらせ

 
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オールドレンズ写真学校11月ワークショップ
今月は11月23日(祝)に井の頭自然文化園で開催されます。すでに申し込みが殺到し、定員オーバーのためキャンセル待ちになっているようです。

オールドレンズ女子部
12月2日(土) 東京ドームシティ イルミネーション撮影散歩&お茶会 詳しくはこちら

TAIR-41Mのブログエントリーに写真を追加
Oo.ema.oOさんにオリンパスPENで撮影したタイ―ル41M(前記モデル)の写真を提供していただきました。

2010/01/21

Carl Zeiss Ultron 50mm/F1.8 (M42)
カールツァイス ウルトロン


豊かなボケと抜群の解像力が魅力の素晴しいレンズ

カールツァイス・ウルトロンのシンボルは前玉の凹レンズである。ウルトロンを崇拝する人々は口に出さずとも、この凹んだ前玉が優れた描写を生み出していると信じている。本当のところはどうなのか?興味津津だ。 

フィルター径:56mm(特殊), 重量285g, 焦点距離50mm, :絞り:F1.8~16, 最短撮影距離:0.45m, フォクトレンダーの台帳によるとレンズが生産されたのは1968(!)-1971年とある。M42マウント用。後玉が突き出しているのでフルサイズセンサーを搭載したEOS 5Dで使用する場合には後玉保護部を削る必要があるようだ。絞りリングにはクリック感が無く、絞り羽は無段階で開閉する。レンズ名の由来はラテン語の「極端な」を意味するUltraである

元々、このレンズは世界最古(1756年~)のカメラメーカーであるフォクトレンダー社が、レンジファインダーカメラ用のモデルとして開発した。フォクトレンダー社は1969年にツァイス・イコン(旧西独)に吸収合併される。それを機にツァイスの手によって設計が変更され、一眼レフカメラでも使用できるレンズとして生まれ変わったのが本品である。旧来の設計を生かしつつ前玉に凹レンズを加えることでバックフォーカスをかせぎ、ミラーボックスを内蔵した一眼レフカメラにうまく適合させた。設計には全く手を加えず光学系全体を大きくすることにより適合させるという選択もあったのだろうが、後玉がカメラ側のマウント規格内に収まるかどうかが問題だ。場合によってはTOMIOKA系列のF1.2みたいな大胆な設計が必要になっていたのかもしれない。本来は不要なレンズが1枚付け加わったのだから収差のコントロールはより高度になるし、内面反射が増え暗くもなる。凹レンズの設置は光学性能的にみれば冒険としか言いようがない。ウルトロンは当時のツァイスが社運をかけた看板レンズであったはず。しかし、こういう逆境下では素晴らしい名作ができるという歴史の教訓をなぞるように、完成したウルトロンの描写はピント部の解像感がずば抜けて高く、アウトフォーカス部のボケが極めて豊かな素晴らしい仕上がりとなった。こうしてツァイス銘のウルトロンは後世に名を残す銘玉の中の銘玉となったのだ。

このレンズの設計者について確実な情報は無いが、可能性として有力なのはZeissが1969年に吸収した元Voigtlander社のエンジニアEggert JoachimとFritz Uberhagen、および彼らをサポートした元祖Voigtlander Ultronの発明者A.W.Tronnierであろう。この3名はVoigtlander社がZeissに吸収される以前からダブルガウス型レンズの前方に凹メニスカスを据える設計の研究を続けており、3名は共同で関連特許を1968年にスイス、1969年に米国(US3612663)およびドイツ(DE1797435A1/DE1797435B2/DE6605774U)で出願している。また、Tronnierの息子が開示した情報にはTronnierが凹UltronおよびColor-Ultronの開発においてZeissに協力したとする記録が含まれており先の予想と整合する。

ツァイス/フォクトレンダーの純正ラバーフード(S56)。装着部は専用のバヨネット方式を採用しているので、フィルターをはじめ汎用品が装着できない。シクシク・・・。フードはなかなか手に入らないレアなアイテムなので、所持していない場合にはカブセ式フードの内径をフェルトなどで埋めて装着できるようにするのがよいだろう

ウルトロンには姉妹品で同じイカレックス用に開発された35mm広角レンズのスコパレックスと50mm標準レンズのテッサー50mm/F2.8、135mm望遠レンズのダイナレックスがある。

左はUltron 50/F1.8で右は姉妹品の広角レンズSkoparex 35mm/F3.4

入手の経緯
体温計は38度半ばを指している。私は風邪で寝込んでいたのだ。しかし、そんな事はおかまいなしにeBayでの入札締め切りは刻一刻と近づいていた。
本品は2009年10月上旬に米国の中古カメラ業者グラフレックスグラフィック(取引数771件・ポジティブ100%)が出品していたものだ。商品に対する解説には「使用感が少ない美しいウルトロン」とある。コンディションはMINT-(ほぼ新同品)。振ってもカラカラ音はない。鏡胴に極僅かな使用感あるが大きな傷はない。ヘリコイドリングの回転は滑らか。絞りリングの回転もスムースで軽い。光学系はクリーンでクリア。カビやクモリはない。文字盤の白色がクリーム色に変色しているとのことだが全く問題なし。キャップとフードがつくとのこと。めったに無いチャンスだ。
入札締め切り時刻が訪れたのは午前3時45分で外はまだ真っ暗であった。私は病体に鞭うって午前3時35分に家族の寝ているベットルームを抜け出した。肉体的、精神的には動けるはずもなく、私を影で支えていたのはお馴染みの物欲パワーであった。どうやって書斎のPCまで辿り着いたのか良く覚えていないが、手にはしっかりとキッチンタイマーを握り、途切れ途切れの意識の中でカウントダウンを開始していた。うぅ~、このままウルトロンに出会うことなく天国に行ってしまうのか。締め切り10分前の価格は225㌦で入札件数は僅か6件。恐らくこの品なら相場の350-400㌦は軽く超えるだろうと予想していた。ところが妙なことに5分を切っても、なかなか入札価格が上がってこない。私は500㌦(4.5万円)まで出すつもりでいた。動きがあったのは1分前で、突然345㌦まで価格が跳ね上がった。この時点の入札は16件であった。「フン、やっと来たか。来るなら来い」。ボコボコにされたボクサーのように頭をフラフラとさせながらキッチンタイマーを強く握り締めた。命がけの私には怖いものなど無かった。締め切り10秒前に500㌦を投入し、あっさり355㌦で競り落とした。円高パワーに背中を押されての快勝であった。送料込みでも総額375㌦(3.45万円)である。私は体の力を使い果たし、ゼーゼー言いながら残る力を振り絞ってPayPalで支払いを済ませ、ここで力尽きた。この商品の国内ヤフオク相場は4-5万円である。私はそのまま這ってベットまで戻っていった。
さて、落札から10日が経ったが、私は回復し元気だった。届いた商品は文句のつけようの無い美品。しばらくの間、凹レンズに施されたグリーンの美しいコーティングに見惚れていた。生きてて良かった。

★描写テスト
ウルトロンの持つ特異な描写力は数多くあるM42マウント用レンズの中でも突出していると言ってもよい。50mm/F1.8クラスのレンズに使い慣れている人ならば、数ショット撮っただけで違いに気づくであろう。(良い意味で)不可解な点もあるが、この描写力なら国内外に熱狂的なファンが多くいるのも解る気がする。前評判を箇条書きにまとめると、

●評判(1) 浅い被写界深度と極めて豊かなボケ味
ウルトロンは被写界深度が極端に浅く、かみそりの刃のように薄い面にしかピントが合わない。ピント面から外れた結像は急激にボケる。アウトフォーカス部のボケは同一仕様(50mm/F1.8)の他のレンズよりも明らかに豊かであり、2~3段絞っても依然として深いボケ(感覚的には同一仕様のレンズのF1.8相当)を保っている。これはウルトロンの持つ特異な性質といえる。被写界深度は焦点距離と絞り値(有効口径)によって理論的に決まるので、ウルトロンの被写界深度だけが突出して浅くなるなんて事は通常ありえない。良く知られているようにボケとは視差に由来する結像のブレが原因であり、同じ焦点距離のレンズを比較する場合、視差の大小は有効口径の大小のみに依存し、レンズ系の構成自体には左右されないはずである。この認識は例外なく正しいのだろうか?そして、ウルトロンには何かボケを豊かにする秘密でもあるのだろうか?
光学系(断面図)のスケッチ。入射したスペシューム光線は前玉の凹レンズ(黒い部分)によっていったん光軸よりも遠ざかる向きに屈折する。ここが他のレンズと異なるところ。その後、旧来のレンズ(灰色部)によって再び光軸付近に集められる

●評判(2) ピントがきっちり合ったところでは抜群の解像力を発揮する
被写界深度が極めて浅いのできちんと合焦させるのはシビアだが、ピントが合った場所の結像は物凄くシャープだ。球面収差、非点収差がキッチリと補正され、物点から出た像が1点収束に近づくようチューニングを徹底したのだと思われる。極めてシャープなピント面と極めて豊かなアウトフォーカス部が両立すれば、ある意味において最良の描写となる。ウルトロンはそれを実現しているという。

●評判(3) ボケ味は柔らかい?硬い?どっちなのだろうか
球面収差をきっちり補正すると副作用としてボケ味が硬めになるのが一般的な認識だ。下の図にあるように、アウトフォーカス部のボケた結像の輪郭部がフワッとしているのが柔らかいボケで、その逆が硬いボケというわけだ。ボケの硬さは前項の評判(2)とトレードオフの関係にあるため、ウルトロンのボケは硬いという理屈になる。一方、WEBサイトでは柔らかいという評判を多く目にする。本当はどうなっているのだろうか?

フォトショップで作成した点像のボケ。硬さを3通りに調整して描いた

被写界深度が浅い理由については解釈が全く追いつかない。以下に撮影サンプルを示してゆく。

F1.8 このとおり被写界深度は極度に浅い。どれだけ狭いのかを検証するために、同一スペックの他のレンズと比較してみた

 今現在、私の手元にはウルトロンと同一仕様のレンズが2本ある。Meyer Opt. ORESTON 50/1.8とMC PENTACON 50/1.8だ。これらのレンズを比較対象に抜擢し、ウルトロンの描写力をテストしてみた。なお今回は悪役であるが、ORESTONやPENTACONは高い描写力を持つ優秀なレンズとして認知されている。
下の上段の写真はULTRONとORESTONを用いて開放絞りF1.8で撮影し、両者の描写を比較した結果だ。ピントは画像の中央付近である。明らかにUltronの方がシャープであることがわかる。下部の草も一部ピント面に入っているが、両レンズには解像感の差がはっきりと表れている。アウトフォーカス部はUltronの方がボケが強い(深い)。
F1.8における撮影結果の比較
F5.6にける撮影結果の比較 
上の写真は絞り値をF5.6に選んで撮影し、両レンズの描写を比較した結果だ。両レンズとも開放絞りでの結果に比べ、合焦面のシャープネスがかなり向上している。アウトフォーカス部に目を向けると、Ultronはこの段階でもまだボケが深く、肉眼での比較ではあるがOrestonの開放絞りF1.8におけるボケの深さとほぼ同じ程度であることがわかる。対するOrestonのボケは既にだいぶ浅くなっている。
次に近接撮影でのボケ具合を比較してみた。下の写真をご覧いただきたい。写真の左列がUltronで右列がOrestonの撮影結果である。この場合でもUltronの方がボケが豊かであり2段絞っても依然として深いボケが得られている。背景のアウトフォーカス部に目を向けると、ULTRONのF4-F5.6がOrestonのF1.8とほぼ同レベルであることがわかる。

 
近接撮影でボケ具合を比較した例。左列がUltronで右列がOreston
今度はMC PENTACON 50mm/F1.8を悪役に選び、近景を撮影して両者の差異を比較してみた。下の写真をご覧いただきたい。
左列Ultronで右列MC PENTACONによる撮影結果

左列がULTRON 50/1.8、右列がMC PENTACON 50/1.8を用いた結果である。仏像の額の付近で合焦させている。シャープネスは両者とも開放絞りから素晴しい。左側アウトフォーカス部のコンクリートの切れ目に注目してほしい。MC PENTACONは開放絞りからきっちり結像し、はっきりとした輪郭が見えている。これに対し、ウルトロンは結像の錯乱が激しく、f4まで絞ってもまだ輪郭がはっきりしない。
次に画像周辺部と中央部におけるシャープネスを比べてみた。下の写真の赤い部分を拡大したのが、その更に下の撮影サンプルである。

周辺部(左上端)と中央部

中央部と周辺部の拡大写真
ウルトロンは画像周辺部において収差の影響が比較的きつく表れると言われている。開放絞りにおける周辺部の写真ではご覧の通り結像がかなり甘くなる様子がわかる。水平面からの歪みも若干見られるが、こちらは気になるレベルではない。中央と周辺のシャープネスの差は絞り値に換算して約1段分である。絞ってもアウトフォーカス部がなかなか先鋭化しなかったのとは対照に、ピント面は絞りを閉める程ハッキリと先鋭感が増している。

ボケ味の柔らかさと硬さは輪郭部に現れる
最後にボケ味の柔らかさ/硬さについて考察する。この種のボケ味は残存する球面収差の影響の大小によって決まる。ピント面の解像感を優先させたウルトロンの場合には球面収差がきっちり補正されているため、その副作用でボケ味が硬くなるはずである。ボケ味の評価を正しく行うためには収差の影響が視差の影響を上回る場所、すなわちピント面に極近いアウトフォーカス部(浅いアウトフォーカス部)を見るのがよさそうだ。
OrestonとUltronの描写の比較で用いた少し前の御節料理の写真に再度注目しよう。写真の中の赤い矢印で指し示した境界部を比較すると、ボケ味の硬さが容易に判断できる。

面白いことに、ウルトロンの方がボケが深いにも関わらず、ピント面に近い矢印の部位ではエッジがシャープに立ち上がり、オレストンよりも硬いボケ味になっている。ただし、硬いとは言っても深いアウトフォーカス部では狭い被写界深度と深くボケる性質(前項の(1))がはたらき、結像が大きく錯乱するため、ボケた部分は平滑化され、全体としては滑らかな美しいボケ味が得られている。このレンズのボケが高い評価を得ている秘密は「収差」に由来するのではなく、「視差」に由来する効果なのであろう。ボケ味は硬いが滑らかという認識が正しそうだ。

★以下、作例

F1.8  BMWだのHONDAの1800ccだのと外国製バイクがずらり並ぶ正月風景

●1~2段絞った場合のサンプル

F2.8  メラメラと燃えるダルマ。正月の高滝神社
 F2.8  棒切れでママをツンツン
F4 高滝神社前のベンチ ベンチの角に合焦させている。コントラストも適度に高い
F4 あれっ、なんだろう
F5.6 すべり台
F5.6 冬のコスモス。これだけ寄れれば不満はない
F5.6 こちらも最短距離での撮影結果。毛の一本一本が見事に解像されている



F8 高滝神社の格調高い屋根。周辺部の木が妖しい
雰囲気を出している



★撮影環境: EOS Kiss x3 + Carl Zeiss ULTRON 50/1.8 + 純正ラバーフード(S56)


このレンズの被写界深度が極めて浅い性質のワケを意地になって考えていたが、最後までわからず終いであった。どうやら、このレンズとは長い付き合いになりそうだ。どなたかご存知の方がいらっしゃいましたら、どうかウルトロンの秘密をこっそりと私に教えてくださいまし。
M42星雲の光の国からやってきたウルトラマンがビオゴン、ヘリゴン、フレクトゴンだの南海の大怪獣達の住むレンズ沼の降り立ち、抜群の描写力で今日も元気に活躍している。何はともあれ2010年もよろしくお願いいたします。発進!